管理サイトの更新履歴と思いつきネタや覚書の倉庫。一応サイト分けているのに更新履歴はひとまとめというざっくり感。
本棟:https://hazzywood.hanagasumi.net/
香月亭:https://shashanglouge.web.fc2.com/
〓 Admin 〓
その日に何か特別なことがあったかといえば、何もなかった。
適当にネットサーフィンをしたり動画サイトを巡ったりしていて遅い時間になって、ふとパソコンの脇に置いてあったテレビの画面に汚れがついているのに気付いた。
埃、だろうか?
そう思ってOA機器用のクロスを片手にテレビに近づいた──
むにょ。
擬音をつけるなら、そんな感じ。
画面の表面を撫でるはずのクロス越しの指先が、画面の中にめり込んだ。
「は?」
当然私は硬直して、画面とそこに埋まった自分の手を凝視した。
それから手を引いて、もう一度触れてみる──
トプン。
今度はもっと思いきり突き出してみたからだろうか。先程よりは気持ち悪くない、多少重めの液体に手を突っ込んだような感触。画面にも水面のような波紋が広がり、薄型のテレビの裏側を覗いても、突き出るはずの指先は見えて来ず。
「ぅえぇっと、ぉ、これはいったいどうしろと……?」
もう一度、画面に嵌った腕を抜き出そうとした、その時に。
「っ?! うわぎゃあっ!!」
何故か、足を滑らせた。
バランスを崩した私は腕を抜くどころか、全身で勢いよく画面にダイブ。
わあっ! 買い換えてまだ一年も経ってないのに自損デスカ?!
自分の怪我よりまずそんなことを思った。
思ったけど、衝撃のタイミングはおかしかった。
足を滑らせてから画面に到達するまでの推定所要時間、一秒。
実際に私がドサンっと固い平面に衝突したのは、十秒以上後。
なぜそんなことがわかるのかといえば、足を滑らせるのと同じくらいに、パソコンからニコ割が聞こえてきたからだ。
私は殆ど時報の終わりと同時に固い地面にたたきつけられた。
衝突した平面は画面ではなくて、リノリウム張りみたいな床面だった。
「ったた……はぁ?!」
すぐに身を起して、胡乱な声が出たのは仕方ない。
私は変な空間にいた。
空の一角に四角く切り取られた穴──多分、そこから落ちてきたものと思われる。
穴以外の空は子供が絵具をぐちゃぐちゃに広げ伸ばしたような一定しない混沌に覆われて、それなのに天井じゃなくて空だと思ったのは、突き当たる感じがしなかったからだ。
訳の分からない空の有様に比べれば、落ちた床面は単一色の単純な平面。そして、空と床面との間には、奇妙なオブジェが聳えていた。
「…………はァ?!」
私はオブジェを凝視して、さっきより腹に力の入った声を発した。
オブジェは、レトロなブラウン管テレビをいくつも積み重ねて塔のように仕立てたものだった。
私は引っ越してないし「いらっさーせー」なんてガソスタの兄ちゃんに声なんてかけられてない。夢の中で鼻の長いギョロメのおっさんに遭遇してもいないし、「我は汝、汝は我」なんて謎の声を聞いてもいない。
けれどこのシチュエーションはあれだ、他に考え付かない。私はおかしな夢を見ているのか? いやそうだとしても。
「何でいきなりぺる4展開になるんだよ」
私は起き上がったばかりの床に、べっとりと崩れ落ちた。
「おーい、クマぁ……どうあがいてもクマには見えない首元チャック付きのクマはいませんかぁ」
暫く放心した後、私はむくり起き上がり虚ろな声でこの空間のナビゲート役を呼んだ。
この場がペルソナ4のマヨナカTVのターミナルなら、侵入者に気付いた奴が現れても良い頃だ。正直、金髪美少年の熊田クマよりも不思議着ぐるみのクマにこそ会ってみたい。
そんなことを思って声を出しても、あの素敵なアンバランスボディは一向に影も形もなかった。
私は床に胡坐をかいて肩を落とす。
「なんだよー、クマいなくて眼鏡もなくてペルソナいなかったらシャドウに遭った途端瞬殺コースじゃんか」
アニメは見ていないけど、ゲームはやったのでそこそこの知識はある。基本的にアクマやシャドウに対応できるのはペルソナ使いなのがシリーズのお約束。たまに例外はあるけれど、自分がその例外にあてはまるとは到底思えない。卑下とかじゃなくて、例外が突飛な強さの持ち主だったりするから。
「そもそもクマいなかったらどうやってこの空間から脱出するんよ」
私はぐちぐちと続けた。
知識持ち、というのは必ずしもいい事ではない。「そう」でなければ行き詰るということをあらかじめ知っているわけだから、「そう」ならなければどうしたらいいのか却ってわからない。
「……ま、いーけどね」
愚痴を吐き出した私は最後に、溜息とともにそう呟いた。
──ブォン……
まるで、その一言がキーワードだったとでも言うように、目の前のテレビタワーに電源が入った。
『おめでとうございます!』
画面には目の痛くなりそうな蛍光色で文字が躍った。
『あなたは当機関の募集する valuable travel に見事当選いたしました』
「は?」
私でなくても顔を歪めると思う。
なんだその悪質サイト誘導のメールテンプレみたいなメッセージは。
『あなたにはこれから当機関が選定する任意の世界へと旅立っていただきます』
「何で」
『あなたが幸運な当選者だからです』
「これそっちはチャットなのかよ」
『そのようなものです』
「じゃあその当選辞退するから家に帰して」
『と ん で も ご ざ い ま せ ん !』
わざわざ太字フォントで強調してきやがった。
『当選チケットはすでにあなたの魂に織り込まれています。今更辞退を望まれても手遅れなのです』
「なにそれどんな宅配詐欺?!」
『詐欺? いいえ、そんな滅相もない。
この valuable travel は当選者の極端な不利益になるようなことは一切ございません』
「帰れない時点で十分すぎる不利益なんだけど?」
『当機関の統計によりますと、体験後帰還を望まれた方はほんの僅かですが、
条件を満たしていただければ最終的に故郷へお帰りいただくことも可能です』
「んじゃその条件って何」
『そのためにはまず当選された方への旅の特典からご説明いたします』
「それより条件って何」
『当選された方は、次の世界に渡るとき、
これまでの記憶と経験的に得た能力、身に着けられる範囲の物+鞄一つ分の荷物
を引き継ぐことが可能です』
「次の世界? どういうこと、それ」
『当選された方が降り立った世界で、必ずしも幸せな結末を得られるとは限りません』
「そりゃそうだろうね」
──特に押し付けられた行先で、なんて。
『このため、当機関ではバックアップとして、
幸せな結末に至らないことが確認された時点で次の訪問先への転移を手配する
仕組みとなっております』
「はァ? 何その小さな親切大きなお世話機能」
『勿論、そのまま肉体年齢が加算されてしまっては回を重ねるメリットがなくなってしまいますので、
世界を渡るたびに肉体年齢は修正させていただきます』
「そういうのって成長が止まるとか、普通そういうんじゃないの」
『成長が止まりますと世界に溶け込めなくなってしまいます。
当選された方に幸せを掴んでいただくためにも、当機関では肉体逆行サービスを提供しております。
イメージとしては、その世界に生まれ直すものとして考えていただいても結構です』
「へぇ」
『肉体年齢が逆行した際、リセットされるのは基礎体力や筋力のみです。
技術や知識などは引き継がれますので、前の世界で失敗してしまった場合でも次の世界に活用いただけます』
「ほぉ」
『さ ら に』
私がお座なりになったのを悟ったようにまた使ってくる強調文字。
『不慣れな世界に旅立っていただく当選者へのオプションとして、成長ボーナスを設定させていただきます』
「成長ボーナスぅ?」
『端的に申し上げますと、物理特化と魔法特化
阪上様にとっては 基本称号 と申し上げる方がわかり易いでしょうか』
「あー……KHの攻撃・防御・魔法 とかFFのジョブ設定とかそんな感じ?」
『そんな感じ です』
「だったらさ、中間で魔法剣士 とかも選択可能?」
私はわざと提示外の選択肢を持ち出してやった。
物理特化──魔防が紙
魔法特化──装甲が紙
わざわざ物理だの魔法だの上げてくれた以上、飛ばされる先は剣と魔法のファンタジー系な世界なんだろう。だとしたらどっちかの守りが紙なんてことは願い下げだった。
答えはしばらく返らなかった。
することもないので、私は胡坐に頬杖で半分眠りながら反応を待つ。願わくは、こんな面倒なやつ願い下げだと家へ帰してくれること。
けれど。
『魔法剣士も選択は可能です。
ただし、能力特化型よりも各成長速度が遅く、成長限界も低目な器用貧乏と言えるでしょう』
「じゃあそれでいいよ」
『よろしいので?』
「それでいい。技術や能力が引き継がれるってことは剣技とかも引き継ぎ対象ってことだよね」
『確かに、引き継がれます』
「ならジョブは魔法剣士でいいから、いい加減条件」
『では、基本パラメータの詳細設定を』
…………長かった。
終わりがやっと見えたかと思う話はそのあとさらに延々と続いた。
あまり長くなりすぎたので、条件の事はまたの機会に話したい。
とにかく私はこの胡散臭い罠によって、異世界トリッパー(魔法剣士)の称号を押し付けられたのだった。
適当にネットサーフィンをしたり動画サイトを巡ったりしていて遅い時間になって、ふとパソコンの脇に置いてあったテレビの画面に汚れがついているのに気付いた。
埃、だろうか?
そう思ってOA機器用のクロスを片手にテレビに近づいた──
むにょ。
擬音をつけるなら、そんな感じ。
画面の表面を撫でるはずのクロス越しの指先が、画面の中にめり込んだ。
「は?」
当然私は硬直して、画面とそこに埋まった自分の手を凝視した。
それから手を引いて、もう一度触れてみる──
トプン。
今度はもっと思いきり突き出してみたからだろうか。先程よりは気持ち悪くない、多少重めの液体に手を突っ込んだような感触。画面にも水面のような波紋が広がり、薄型のテレビの裏側を覗いても、突き出るはずの指先は見えて来ず。
「ぅえぇっと、ぉ、これはいったいどうしろと……?」
もう一度、画面に嵌った腕を抜き出そうとした、その時に。
「っ?! うわぎゃあっ!!」
何故か、足を滑らせた。
バランスを崩した私は腕を抜くどころか、全身で勢いよく画面にダイブ。
わあっ! 買い換えてまだ一年も経ってないのに自損デスカ?!
自分の怪我よりまずそんなことを思った。
思ったけど、衝撃のタイミングはおかしかった。
足を滑らせてから画面に到達するまでの推定所要時間、一秒。
実際に私がドサンっと固い平面に衝突したのは、十秒以上後。
なぜそんなことがわかるのかといえば、足を滑らせるのと同じくらいに、パソコンからニコ割が聞こえてきたからだ。
私は殆ど時報の終わりと同時に固い地面にたたきつけられた。
衝突した平面は画面ではなくて、リノリウム張りみたいな床面だった。
「ったた……はぁ?!」
すぐに身を起して、胡乱な声が出たのは仕方ない。
私は変な空間にいた。
空の一角に四角く切り取られた穴──多分、そこから落ちてきたものと思われる。
穴以外の空は子供が絵具をぐちゃぐちゃに広げ伸ばしたような一定しない混沌に覆われて、それなのに天井じゃなくて空だと思ったのは、突き当たる感じがしなかったからだ。
訳の分からない空の有様に比べれば、落ちた床面は単一色の単純な平面。そして、空と床面との間には、奇妙なオブジェが聳えていた。
「…………はァ?!」
私はオブジェを凝視して、さっきより腹に力の入った声を発した。
オブジェは、レトロなブラウン管テレビをいくつも積み重ねて塔のように仕立てたものだった。
私は引っ越してないし「いらっさーせー」なんてガソスタの兄ちゃんに声なんてかけられてない。夢の中で鼻の長いギョロメのおっさんに遭遇してもいないし、「我は汝、汝は我」なんて謎の声を聞いてもいない。
けれどこのシチュエーションはあれだ、他に考え付かない。私はおかしな夢を見ているのか? いやそうだとしても。
「何でいきなりぺる4展開になるんだよ」
私は起き上がったばかりの床に、べっとりと崩れ落ちた。
「おーい、クマぁ……どうあがいてもクマには見えない首元チャック付きのクマはいませんかぁ」
暫く放心した後、私はむくり起き上がり虚ろな声でこの空間のナビゲート役を呼んだ。
この場がペルソナ4のマヨナカTVのターミナルなら、侵入者に気付いた奴が現れても良い頃だ。正直、金髪美少年の熊田クマよりも不思議着ぐるみのクマにこそ会ってみたい。
そんなことを思って声を出しても、あの素敵なアンバランスボディは一向に影も形もなかった。
私は床に胡坐をかいて肩を落とす。
「なんだよー、クマいなくて眼鏡もなくてペルソナいなかったらシャドウに遭った途端瞬殺コースじゃんか」
アニメは見ていないけど、ゲームはやったのでそこそこの知識はある。基本的にアクマやシャドウに対応できるのはペルソナ使いなのがシリーズのお約束。たまに例外はあるけれど、自分がその例外にあてはまるとは到底思えない。卑下とかじゃなくて、例外が突飛な強さの持ち主だったりするから。
「そもそもクマいなかったらどうやってこの空間から脱出するんよ」
私はぐちぐちと続けた。
知識持ち、というのは必ずしもいい事ではない。「そう」でなければ行き詰るということをあらかじめ知っているわけだから、「そう」ならなければどうしたらいいのか却ってわからない。
「……ま、いーけどね」
愚痴を吐き出した私は最後に、溜息とともにそう呟いた。
──ブォン……
まるで、その一言がキーワードだったとでも言うように、目の前のテレビタワーに電源が入った。
『おめでとうございます!』
画面には目の痛くなりそうな蛍光色で文字が躍った。
『あなたは当機関の募集する valuable travel に見事当選いたしました』
「は?」
私でなくても顔を歪めると思う。
なんだその悪質サイト誘導のメールテンプレみたいなメッセージは。
『あなたにはこれから当機関が選定する任意の世界へと旅立っていただきます』
「何で」
『あなたが幸運な当選者だからです』
「これそっちはチャットなのかよ」
『そのようなものです』
「じゃあその当選辞退するから家に帰して」
『と ん で も ご ざ い ま せ ん !』
わざわざ太字フォントで強調してきやがった。
『当選チケットはすでにあなたの魂に織り込まれています。今更辞退を望まれても手遅れなのです』
「なにそれどんな宅配詐欺?!」
『詐欺? いいえ、そんな滅相もない。
この valuable travel は当選者の極端な不利益になるようなことは一切ございません』
「帰れない時点で十分すぎる不利益なんだけど?」
『当機関の統計によりますと、体験後帰還を望まれた方はほんの僅かですが、
条件を満たしていただければ最終的に故郷へお帰りいただくことも可能です』
「んじゃその条件って何」
『そのためにはまず当選された方への旅の特典からご説明いたします』
「それより条件って何」
『当選された方は、次の世界に渡るとき、
これまでの記憶と経験的に得た能力、身に着けられる範囲の物+鞄一つ分の荷物
を引き継ぐことが可能です』
「次の世界? どういうこと、それ」
『当選された方が降り立った世界で、必ずしも幸せな結末を得られるとは限りません』
「そりゃそうだろうね」
──特に押し付けられた行先で、なんて。
『このため、当機関ではバックアップとして、
幸せな結末に至らないことが確認された時点で次の訪問先への転移を手配する
仕組みとなっております』
「はァ? 何その小さな親切大きなお世話機能」
『勿論、そのまま肉体年齢が加算されてしまっては回を重ねるメリットがなくなってしまいますので、
世界を渡るたびに肉体年齢は修正させていただきます』
「そういうのって成長が止まるとか、普通そういうんじゃないの」
『成長が止まりますと世界に溶け込めなくなってしまいます。
当選された方に幸せを掴んでいただくためにも、当機関では肉体逆行サービスを提供しております。
イメージとしては、その世界に生まれ直すものとして考えていただいても結構です』
「へぇ」
『肉体年齢が逆行した際、リセットされるのは基礎体力や筋力のみです。
技術や知識などは引き継がれますので、前の世界で失敗してしまった場合でも次の世界に活用いただけます』
「ほぉ」
『さ ら に』
私がお座なりになったのを悟ったようにまた使ってくる強調文字。
『不慣れな世界に旅立っていただく当選者へのオプションとして、成長ボーナスを設定させていただきます』
「成長ボーナスぅ?」
『端的に申し上げますと、物理特化と魔法特化
阪上様にとっては 基本称号 と申し上げる方がわかり易いでしょうか』
「あー……KHの攻撃・防御・魔法 とかFFのジョブ設定とかそんな感じ?」
『そんな感じ です』
「だったらさ、中間で魔法剣士 とかも選択可能?」
私はわざと提示外の選択肢を持ち出してやった。
物理特化──魔防が紙
魔法特化──装甲が紙
わざわざ物理だの魔法だの上げてくれた以上、飛ばされる先は剣と魔法のファンタジー系な世界なんだろう。だとしたらどっちかの守りが紙なんてことは願い下げだった。
答えはしばらく返らなかった。
することもないので、私は胡坐に頬杖で半分眠りながら反応を待つ。願わくは、こんな面倒なやつ願い下げだと家へ帰してくれること。
けれど。
『魔法剣士も選択は可能です。
ただし、能力特化型よりも各成長速度が遅く、成長限界も低目な器用貧乏と言えるでしょう』
「じゃあそれでいいよ」
『よろしいので?』
「それでいい。技術や能力が引き継がれるってことは剣技とかも引き継ぎ対象ってことだよね」
『確かに、引き継がれます』
「ならジョブは魔法剣士でいいから、いい加減条件」
『では、基本パラメータの詳細設定を』
…………長かった。
終わりがやっと見えたかと思う話はそのあとさらに延々と続いた。
あまり長くなりすぎたので、条件の事はまたの機会に話したい。
とにかく私はこの胡散臭い罠によって、異世界トリッパー(魔法剣士)の称号を押し付けられたのだった。
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