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インターミッション
2015 / 03 / 31 ( Tue )
 彼にしては落ち着きがないと、親兄弟どころか道場に通う門下生達にまで言わしめた衝撃的な出会いの翌日──テニスバッグを担いだ彼は、再びあの公園へと訪れていた。

 時刻は17時少し前。通い慣れた道とは違えども、彼の所属するテニススクールと自宅の間にあることに気付いて、つい足を向けてしまった。
 少し前までは高層マンションの建設ラッシュで、立ち入りを制限された一角だった。公園そのものは昔からあるらしいが、周囲のマンションの高級感に合わせて設備も整備されたらしい。ヨーロッパの宮廷庭園風に整えられた木立や、彫刻の施されたベンチ。薔薇のアーチ等は手入れを怠ると悲惨なことになりそうだが、今のところはあずまやへ続く道まできちんと気を配られているようだ。

 昨日演舞の繰り広げられていた広場には、今はブランド物のスウェットを着てストレッチする人や、大型犬を引き連れて散歩する人、ウォーキングに勤しむ老夫婦など、ごく普通の小金持ちの姿が見られた。
 今、此処にあるのは日常だ。彼はそれにホッとしたような、残念なような感想を抱く。

「……バカバカしい」
 彼は自分に呟いて、踵を返した。
 その時──

「むしろ、システムキッチンは渚の方が使い慣れてると思う」
 スーパーのビニール袋をぶら下げた、いかにもお使い帰りの少女だった。

 公園の茂みの前を、似た雰囲気の少女と並んで歩いていく。その、のんびりとした声に耳を疑った。
「そうは言っても、そんなの使ってる暇なかったし」
「ハイウィンドとかヒルダガルデは?」
「そう! すっごい整ってるの。キッチンも大きくて」
「じゃあ」
「専属のキッチンクルーもついてるわけ。こっちの出る幕なんて──」
 これだけじっと見ているのだ。彼女達が気づかないはずがない。もう一人の少女が言葉を途切れさせると、聞き覚えのある声の主も彼の方を振り返った。

「──っ」

 真っ直ぐに伸びた黒髪。焦げ茶色の眼を縁取るのは黒々とした長い睫毛。色彩は、日本人一般に有りがちな組み合わせだった。そのことが、むしろ、違和感を助長させた。

 どうする、そういいたげに連れを見る彼女。その連れは栗色のふわりとした髪に、青みがかった黒目の持ち主。軽く肩を竦めて、
「何か用ですか?」
「いや……その」
「何だか幽霊見たような顔してる」
「──っ?!」
彼は肩を跳ね上げた。

 思わずまじまじと彼女を見つめると、嫌そうに眉を寄せられる。
「渚」
「大丈夫、多分」
 彼女は首を振って黒髪の心配をおしのけた。
「失礼な君、名前は?」
「日吉……若……って、そうじゃない!」
 問われるまま名を名乗って、彼──若はガバッと身を乗り出した。
 思い出すのは昨日の恐怖。それでも逆らうことに抵抗が少ないのは、此処が日常の片隅だからか、彼女らの纏う色彩故か。

「あんたら、昨日は──」
「ガウム~」

──ドカンッ

「なっ?!」
 唐突に何かに跳ね飛ばされる。

「きゃっ! ごめんなさい。ぶつかってしまったわ」
「大変! 向こうで少し休んだ方良いよ」
 二人はわざとらしい声を上げる。
「っ!」
「ほら、こっち」
「荷物は、これね」
 状況を把握するより、引っ張られ、押される方が早かった。
 抵抗する暇などない。
 若は二人組によって緑のアーチで隔離されたあずまやへと連れ込まれてしまった。

「──これでよし」
 辺りを見回した渚が満足げに頷く。
 ドサリと買物袋諸々をベンチに置いた黒髪は、小型犬のようなちまっとした毛玉を抱き上げてその頭を撫でた。

「きゅ~っ♪」
 嬉しそうに鳴く毛玉。
 残りの買物袋と若のテニスバッグをベンチに並べる渚を、若は何とも言えない表情で見る。
 その細腕で、どうやって運んだ、とか、どうやって自分を押したのか、とか。
「大丈夫?」
 渚は首を傾げ、それから黒髪に視線を移す。

「この子だって手加減してるわよ」
「キュウッ!」
 誇らしげな毛玉の一鳴き。もしかしなくとも、先程若を突き飛ばしたのはこの毛玉なのだろう。見かけによらず凄いパワーだ。

「……って! わざとか!」

「あ、喋った」
「確かに──ダメージはたいしてなさそうだね、多分」
 渚はあらぬ方向を見つめて呟く。一体その焦点はどこに結ばれているのか──薄気味悪く思ったことは、若の喉元までで留め置いた。
 これみよがしな黒髪の溜息が、より彼の神経を逆撫でたので。

「うっかり何かが飛んで来たら危ないって、ちゃんと警告しておいたのに」
「今のそれは完璧わざとなんだろうが!」
 それ、という所で若は毛玉を指差した。毛玉はつぶらな瞳で若を見上げるが、彼はそんなことでぐらつきはしない。黒髪は眉を上げ、
「ま、良いか」
何を流したのかは彼女にしかわからない。

「あれだけガクブルしていた割に、威勢が良いな」
「馬鹿にしているのか?!」
 眦を吊り上げて振り返って、若ははっと気がついた。挟まれている。渚はその若の表情の変化すら面白そうににやりと笑う。

「──あんたらが昨日の事で俺に何かする気なら、とっくにやってるだろ」
 若は考え考え、状況を打破する言葉を探し紡いだ。

「隔離したここでも皮をかぶってるのは、俺に何か用があるんだ」
「何故?」
「退路なんて断たなくても、あんたに威圧されたら俺は動けない。あんたは分かってる。なのに目に見えるだけのやり方を選んだんだ」
「なかなかハイスペックな十二歳だと思わない?」
 渚が若の言葉に応じる代わり、反対側の黒髪が渚に声をかけた。
「言うと思った。まあ、及第点?」
「キュッ!」
 まるでやり取りを把握しているように相槌を打つ毛玉。若にはよくわからないが、彼女達が気に入る答えを返せていたようだ。

「こっちに用があると言うより、何かききたいことがあったのは君の方じゃないの?」
「え……」
 答えを搾り出すのに必死で、クスクス笑った渚が水を向けて来る理由がわからず、若はしばし固まった。
 五、六回意識的に瞬きを繰り返して渚を見返す。
 用事、というか若が彼女達を凝視していたのは、昨日の二人と本当に同一人物なのかと眼を疑ったからだ。既にその問題は解決している。いや、強いて言うなら──

「何で今はそんな格好なんだ?」
「普通は何であんなカッコしていたのかって聞くと思うんだけどね」
「だって昨日のあれが地毛なんだろ?」
「さあね」
 渚は肩を竦める。
「でも、もしそうだったらすごく目立つんじゃない?」
「だからってわざわざ日本人に色を合わせるのか? 聞いたことない、そんな妙な外人」
「は?」「え?」
 若の指摘に、二人は同時で怪訝な声をあげた。ぽかん、と眼を丸くして若を見つめる渚の表情は初めてだ。

「だから、無理して合わせる必要もないだろって言ってるんだ」
 何で俺がこんな事──思いながら若は二人に告げる。すると、渚はくしゃり、と大して違わない高さにある若の髪を撫で、
「元々はどっちもこんな感じだったからね。でも、確かに四六時中色を乗せてる必要もないのかも」
「っガキ扱いするな!」
若は頬を赤くしてその手をはねのけた。
 言われた言葉よりも、彼女の手つきが子供を褒めるときのそれを連想させて、悔しい。
 渚は若の反抗など気にした素振りもなく、にんまり笑って続けた。

「君のその発言に免じて、とっておきの秘密を教えてあげようか」
 若の眼には、彼女の瞳が青い燐光を放っているように見えた。

「私達はこの世界の人間じゃないんだよ」
 だから、そんな荒唐無稽で突拍子もない発言も、すとんと腹の中に落ちて行った。

 人間じゃなければ、年齢も見かけどおりではないのだろう──妖怪は実在したのだ。妖怪ならば小童とあしらわれるのも仕方がない。
 少しずれた納得をしたことで、後日彼は大変な目に遭うことになる。
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インターミッション
2012 / 07 / 12 ( Thu )
 その物音に彼が気付いたのは、入学式まであと一週間が迫った頃だった。

 いつものランニングコースが工事中で、方向転換しただけだった。

 カンッカンッパシッ

 硬いものがぶつかり合うような高い音と、何かを払いのけたような音。早朝の住宅街には不似合いで、眉をひそめた。
 彼は似たような音に聞き覚えがあった。高い音は木刀を使った武術の演舞だ。もう一つは──
「……?」
 思い出そうとして、しかし彼は他の事に気を取られた。

 早朝とは言え、犬の散歩や何かで人影はそこそこにある。その誰もがこの物音に興味関心を持たずに素通りして行くのが逆に不自然だった。
 殊に、犬猫だ。庭先に繋がれているのを含め、あれだけの音に反応しないのは、彼には信じられない。

 カッカッカッビシッベシッガンッ

 音は長く途切れることなく、断続的に響いて来る。
 どうにもそれが気になって、彼は進路を、その音のする方へと修正した。

 まさかこんな所に公園があると思わなかったのは、彼だけではないだろう。
 高層マンションに目隠しされた角を抜けて、いきなり緑が広がっていれば誰だって驚く。
 音は、この中から聞こえて来る。
 彼はなぜか足音を忍ばせてそこに足を踏み入れた。

「──!」
 声を上げずに済んだのは、幸運だった。

 木々の向こう側に、はたして音の発生源はあった。

 朝日をきらびやかに反射する金と銀。ぶつかり合う音は木刀よりも丈の長い杖や棍と呼べそうな武具で、操る物達の身長位の長さがある。それをすっかり身体の一部のように扱う二人は、防具を着けているようには見えない。
 にもかかわらず、単なる型式をなぞる「武術」の様式美から掛け離れた、かかり稽古のように荒々しい打ち合い、ぶつかり合いを繰り返している。
 急所への攻撃をかわすのは紙一重。時には腕や素手で攻撃を受け止め、足技も交えた攻防。粗野な喧嘩とは違う、実践的な武道──そう説明するには、二人の纏う清烈な空気を受け止める必要がある。二人の覇気は、まだ短い人生ながら彼の知るどんな武道家よりも鮮明で、かつ、乱れのないもの。荒々しくはあるが無駄に見える動きはなく、淀みない体捌きに彼は見とれずにいられなかった。

 ヒュンッ──ガッ


「わっ!」
 半ば恍惚と独占していた演舞は、唐突に終わりを告げた。

 彼の目の前、一歩でも踏み出していれば頭を直撃していた際どいところに飛来したのは、杖。踏み均された固い地面に深々と突き刺さり、びくともしないからには相当な力で飛ばされたのだろう。
 そんないらない分析をしたまま、彼が呆然と杖を見つめていると、タッタッタッと軽い足音が近づいてきた。

「ごめんなさい、まさか人が来るとは思わなくて」
「──?!」
 声をかけられた彼は、ビクッと肩を震わせる。

 無造作に流された背中までの髪は、近くで見ると銀ではなくごく淡い藤色。眉や睫毛まで同じならば染めたわけではないだろう。その淡い色彩に縁取られた双眸は、対称的に生々しい鮮血の赭。唇は友好的に弧を描いているが、そんなことでは少しも安心できない。
 相手は彼の反応には構わず、突き刺さった杖を片手で軽々引き抜いた。

「この辺りにはよく?」
「──いえ、今朝はたまたま、いつもの道が工事中で……」

「学生さん?」
「あぁ、この春、から、中学一年、に……」

「そう、学校は?」
「氷帝、学園」
 何をべらべらとしゃべっているんだと、頭の片隅で思わないでもなかった。
 けれど彼はその理由にも気付いている。

 気圧されているのだ。この尋問──そう、紛れもなく目の前の相手がしているのは尋問だ──に応じずにはいられないほどに。
 屈辱だった。

「ひょう、てい……」
 尋問者は慣れない言葉を確かめるように反芻した。都下どころか全国でも有名な学校に所属している自負のある彼は、カッと頭に血が上るのを感じる。しかし──

「っ?!」
 ぞわり、粟肌が立って彼は後ずさった。
 目の前の相手が何かしたわけではない。悪寒の元を辿ると、離れた所に佇む金髪。演舞のもう一人の担い手だ。
 杖か棍かを地面に立て、二人の方を見ている。
 視線だけで傍の赤目を上回る圧力を与えるのだから堪ったものではない。彼は萎縮した自分を奮い立たせるように相手を睨みつけた。

 にっ
 離れているのに、唇の端が上がったのがわかる。

「なかなか良い勘してるみたいね」
 そちらに気を取られていると、すぐ傍の赤目がニィと笑みを深めた。後ずさった分の距離を詰めて、頭のてっぺんからつま先、指先まで検分するように視線を這わせる。わざと、それとわかるようにしているのだろう。

「単に鍛えているだけじゃない──格闘技、ではなさそうだけど」
「っ家が、古武術の道場、で……」
「それだけ?」
「あと、はテニス、だ」
 掌に出来たタコに目を止められ、彼は言葉を搾り出す。離れた所からの金髪の視線は、依然彼をねめつけている。多方からの重圧は彼を針の筵で包まれている気にさせた。

「テニス……なるほどね」
「──っ?!」

「もう此処には来ないほうが良いよ。またうっかり何か飛んできて、今度こそ本当に怪我するかもしれないし」
 怯える彼をからかうことにあいたのか、赤目は不意に彼の肩に手を載せると、忠告とも脅しとも受け取れる言葉を残し、金髪の方に向かって歩きはじめた。

 さらりとした長い髪が風に靡きながら遠ざかる。背中を向けられても、金髪の視線が剥がれても、彼はそこからうごけなかった。

 肩に触れた手の感触が、二人が幻でなかったことを主張している。まばゆい二つの影が視界から消え去って、緊張でガチガチに強張った全身の筋肉が漸く弛緩する。同時に、どっと冷たい汗が噴き出した。

「なん……だったんだ?」
 彼は顎を伝う汗を腕で拭った。

 これが、誰よりも常識はずれな「双子」との最初の出会いだった。
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