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「え、何ちょっとそれ本気!?」
 モニターの前で、彼女は期待を込めた声を発した。

──態々こんなところに引き込んで、冗談と言うのは大掛かりすぎだと思いますが。
 やれやれ、と言いたげなペンギンのイラストから、皮肉げな文字が吐き出される。

──鈴木菊様。確かに当機関のvariabletravelに当籤されておいでです。

 モニターとそれを乗せる台しかない、奇妙な空間だった。
 椅子もなく、モニターは彼女の顔の高さなので仕方なく、立ったままペンギンの説明を眺めていた。
 曰く、幸せ探しの異世界旅行権に当籤したのだと。

「異世界トリップってことは、向こうと釣り合う年齢に若返ったり、トクベツな力がもらえたりする感じ?」

──若返り……と気にされるほどのお歳ではないのでは?

「十三、四の子達から見たら二十歳過ぎてる時点でおばさんなの!!」

──つまり、そのような年齢層のお相手を希望されるということですね。理解しました。

「何かムカつくわね。例えばよ、例えば!」

──訪れていただく世界の状況に応じて、旅立たれた先の開始年齢は変更されます。少なくとも、現在の年齢より歳上からのスタートはございません。

「んー……場合によっては若返るってことね、ならいいわ」

──特殊能力についてですが、魔術師特性や剣士特性等を選んでいただけます。

「魔術師……? 何か打たれ弱そうでやだな。剣士とかって、脳筋職って感じだし」

──この二つは人気の定番特性なのですが……

「折角釣り合う年齢になるんなら、それを堪能できる設定が良いわね。どんな世界に行けるの?」

──……左様ですね、世界の片鱗を御覧頂く方が、特性付加の必要性をご理解頂けるやもしれません。

 ペンギンは頭を押さえ、画面からフェードアウトした。
 代わってモニタに映し出されたのは──


「決めた!」
 彼女が叫んだ瞬間、見ていた映像は掻き消えて、再びペンギンが現れる。

「そういう世界なら、王道は決まってるじゃない!」

──と、仰られますと?

「学園の中のやさしいお姉さん! それっきゃないわ」

──家政婦属性やメイド属性を御希望でしょうか?

「は? 誰がそんな下働き」

──それではどの様な?

「だから、折角あんなステキな所に行けるんなら、みんなと平等に仲良くなりたいでしょ」

──……それは所謂、逆ハーレム属性ということでしょうか?

「そんな節操ないこと言わないわ。外に出る必要なんてないもの。学園の中──生徒と担任の先生方位までで良いわ」

──……生徒と、担任の先生方、ですか。

「あ、もちろん女の子は別よ。女の子達に囲まれたせいで仲良くなるチャンス持ってかれるなんてナンセンス」

──成る程。しかし、感情に作用する設定は、その他の特性よりも色々と制限事項がございます。

「例えば?」

──元々特定の相手と強い絆を持つ相手には殆ど効果がありません。

「……まあ、仕方ないわね」

──それから、特異な経験をしてきた者の中には、こちらの干渉に耐性をつけている場合があり、やはり効果は期待できなくなります。

「それってどのくらい? 流石に八割とか言われたら考えるわ」

──…………一割程度でしょうか。

「なら誤差と思って諦めるわ」

──そして、干渉を受けていない者との強い絆を想起させる出来事があると、効果が解けてしまう場合がございます。

「は? 何それどういうこと?」

──例えば、殴りあいで友情を確かめ合うケース等。相手が干渉の外にいる者であった場合、常日頃のコミュニケーションとして殴りあいを実行した後、干渉が解けてしまう事がございます。

「……両方が影響受けてたら関係無いわけよね?」

──……左様ですね。

「なら大丈夫でしょ。あ、影響解けたらどうなるの? いきなり嫌われとか両極端なのはやなんだけど」

──反動が起きるかどうかは夫々でございます。干渉エネルギーの総量は一定ですので、残りの対象への呪縛はより強まることもございます。

「ヘエええ。裏切り者が出た分!気持ちが高まるって感じ? そういうのも素敵かも!」

──そのほか、
「あ、もう良いわ、これ以上聞いても覚えてらんないし」
 彼女はペンギンの台詞が出揃う前に手を払った。

「いっそ印刷して渡してくれない? あ、でも女の子とかに盗み読みとかされたくないからローマ字で」

──御希望でしたら、フランス語やドイツ語、アラビア語等にてお渡しすることも可能ですが……

「あんたね、私が読めないって解ってるでしょ!? いーのよ、ローマ字で!」

──これは失礼いたしました。では、此方に対象範囲だけご確認お願い致します。

慇懃に頭を下げたペンギンに代わって、対象範囲がカテゴリー表示で表された。彼女は満足そうに頷いて、承諾のボタンをタップする。


 一気に排出された設定資料を手に、彼女の姿は消えてなくなった。

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同日某所

「それでは儚い人の夢を」
「ゴロク、お前また悪どい顔をして」
「人聞きが悪いな、ゼロイチ。私は職務を全うしただけじゃないか」
「その割には重要なところほど適当な案内だったみたいだけれど?」
「あれは相手のレベルに合わせてやっただけだ。聞く気があればちゃんと話したさ」
「よく言うよ」
「ああいう手合いは、痛い目を見てからでないと理解しないのさ。お前だって、ほぼノーヒントで送り出すじゃないか」
「俺は少なくとも、痛い目を見りゃいいなんて気持ちで出し惜しみしてる訳じゃない」
「まあ、そりゃそうだろうな」
「ゴロク? どこいくんだ?」
「暇潰し。どうせ初っ端は失敗するに決まってるからな。余計な口出しせんようにゲームオーバーまで彷徨いてくるわ」
「うわ、身も蓋もな」

 ゴロクの去ったモニターには、自信満々の笑みで少年達に応対する15、6の少女がいた。
 少女は名乗った。偽りの名を。既にそこから綻びが始まっているとも知らずに。
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