管理サイトの更新履歴と思いつきネタや覚書の倉庫。一応サイト分けているのに更新履歴はひとまとめというざっくり感。
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部屋に差し込む光と、雀の声でひなは目を覚ました。ふと横を向くと、ひわの姿はない。
夜具がわりの着物は片付いており、既に起床していることが判った。
──まだ本調子じゃないのに……
眉をひそめて、ひなも支度を整える。
入口の引き戸を開けると、朝の空気が入るとともに、外をうろうろするひわの姿を見つけた。
「どうしたの? ひわさん」
「あ──ひな」
声をかけると、珍しく憔悴したようなひわの顔。
「見つからないの。ここに落ちてると思ったのに」
「て、何が?」
同じ場所にひなも降りる。途方に暮れたひわの視線は地面や叢を何度もさ迷って、そうしながら彼女は答える。
「櫛……」
「櫛?」
「あの……がくれた、……の櫛」
所々聞き取りづらいのは、ひわが屈んで叢を掻き分けたり、土を払ったりしながら喋るからだ。それこそ、着物が汚れたり爪の間に土が入り込むのを頓着する様子もない。
ひなは聞き取れなかった部分を脳内で補完して、
「あれ、まだ使ってたんだ?」
思い浮かべる事ができたのは、それがまだ二人同じ陣営にいた頃の出来事だったから。自分達の体感では、もう七、八年になるだろうか。それだけ古い櫛だ。
ひわは少しバツが悪そうに目を泳がせて、
「……れは、ぃぞぅが──」
「え、何?」
──びくっと二人揃って飛び上がった。
振り返ると、青の忍服を纏った少年が、目をぱちくりさせて二人を見ている。今度は雷蔵と三郎、どちらだろうか──ひなが迷っていると、ひわが答えをくれる。
「あ……雷蔵」
「う、うん、どうかした?」
おっかなびっくり尋ねるのは、どうやら確かに雷蔵らしい。ひわは彼の名を呼んだ後、遠くを見るような目つきで暫し黙り込んだ。
「あの、雷蔵君、ひわの櫛を知りませんか? 倒れた時に落としてしまったようで、二人で探していたんです」
ひわが言わないので、ひなが雷蔵へ問い掛ける。何処から聞かれたかわからないが、音に出したのが雷蔵の名前だけならば、昨日の出来事と結び付き、問題はないはずだ。
「え、櫛? うーん、ごめん、よく覚えていないや」
雷蔵は記憶を辿った後、首を振った。
「あの時近くにいたのはハチと三郎だし、二人のどっちかは何か見てるんじゃないかな」
「そうですね、ありがとうございます」
ひなは雷蔵の思いつきに頷いて礼を言った。ひわはまだ意識を遠くに飛ばしたままだ。
雷蔵はそれを気にするように窺い見て、
「それって、そんなに大事な物だったの?」
「ええまあ……」
ひなはひわにちらりと視線をくれ、肯定する。
「大切な思い出の品、だったと思います」
「そうなんだ。それはこまったね。食堂で会えるだろうから、二人とも井戸に回ってから食堂に行って訊いてみよう」
雷蔵は遠慮がちに笑いかける。
「そうね……」
ひわは上の空で呟いた。それから長屋の屋根を見上げて、
「値段も年季を考えても、壊したり無くしたりしても惜しくない物かもしれないけれどね、金銭的価値と個人の価値観は必ずしも一致しないから」
「えっ?」
驚く雷蔵にやっと視線が戻る。
「今はわからなくて良いよ──もしもがあったら、「後で」見てなさいって、そこいらに張り付いてる暇人に言っただけだと思ってて」
「え、そこいらって……」
ひなは弾かれたように辺りを見回した。
木々の影、屋根の上、縁の下、隣室の扉──そういえばそこが誰の部屋なのかまだ聞いていない──気配を探るが、ひなには誰がどこにいるのかわからない。
一方、雷蔵は苦笑いして肩を落とした。
「本当に気付いちゃうんだ? ひわさんてくのいちみたいだね」
「ワクワクして本気で隠れていなかったのは勘右衛門? でなくとも、あれだけガン見されてたら、気配に聡い人ならすぐ気付くでしょ」
ひわが睨むと、木陰と扉の影から楽しそうな勘右衛門と悔しそうな八左ヱ門が顔を覗かせる。
「いつの間に……」
ひなは驚いた。木の陰など、ひわは先程近くを探していたはずだ。その時に気付いていたなら、ひわはそれでも櫛の話を続けたろうか──雷蔵が現れた時の驚きは本当だったのに。
ひわは髪をかきあげようとして、その手の汚れに顔をしかめ、手首で落ちかかる髪を押しやった。
「愚問だよ、ひな。あれだけガサガサ捜し回ってるのに、曲がりなりにも忍び予備軍が出てこないほうがおかしい」
「あははー、何か一所懸命だったから、声かけにくくてさ」
勘右衛門に悪びれる様子はない。
「あ、ほら髪に泥ついちゃうよ」
懐から取り出した手ぬぐいでひわの額についた土を払うと、勘右衛門は彼女の手を取ってその汚れを拭き取りはじめた。
あまりにも自然な振る舞いに、ひわも暫しされるがまま勘右衛門の行動を眺めてしまう。
「……って! そのくらい自分でやるって!」
我に返ったひわは慌てて手を引っ込めた。爪の間はともかく、腕や手の平、指の土汚れはもうほとんど拭われている。
「ははは、ひなちゃんも、はい、濡れ手ぬぐい」
「えっ? あ、兵助君」
珍しいひわの反応を見ていたひなは、目の前に手ぬぐいを突き付けられ、ぎょっとした。
それがまたいつの間にか現れた兵助の差し出した物だったので、ひなの声も気が抜けてしまう。素直にそれを受け取ると、腕や手についた汚れを拭き取った。
「ありがとうございます」
「……りがとう、何処で洗えば良い?」
ひなが言うのに続けて、勘右衛門から手ぬぐいを奪い取ったひわもツンデレ気味な礼を述べる。
「じゃあ改めて、井戸に寄って朝ごはんに行こうか」
クスクスと雷蔵が笑って、手をあまらせた勘右衛門は指をわきわきさせた後でダランと腕を下ろす。
不覚を取った彼を、八左ヱ門が鼻で笑った。
夜具がわりの着物は片付いており、既に起床していることが判った。
──まだ本調子じゃないのに……
眉をひそめて、ひなも支度を整える。
入口の引き戸を開けると、朝の空気が入るとともに、外をうろうろするひわの姿を見つけた。
「どうしたの? ひわさん」
「あ──ひな」
声をかけると、珍しく憔悴したようなひわの顔。
「見つからないの。ここに落ちてると思ったのに」
「て、何が?」
同じ場所にひなも降りる。途方に暮れたひわの視線は地面や叢を何度もさ迷って、そうしながら彼女は答える。
「櫛……」
「櫛?」
「あの……がくれた、……の櫛」
所々聞き取りづらいのは、ひわが屈んで叢を掻き分けたり、土を払ったりしながら喋るからだ。それこそ、着物が汚れたり爪の間に土が入り込むのを頓着する様子もない。
ひなは聞き取れなかった部分を脳内で補完して、
「あれ、まだ使ってたんだ?」
思い浮かべる事ができたのは、それがまだ二人同じ陣営にいた頃の出来事だったから。自分達の体感では、もう七、八年になるだろうか。それだけ古い櫛だ。
ひわは少しバツが悪そうに目を泳がせて、
「……れは、ぃぞぅが──」
「え、何?」
──びくっと二人揃って飛び上がった。
振り返ると、青の忍服を纏った少年が、目をぱちくりさせて二人を見ている。今度は雷蔵と三郎、どちらだろうか──ひなが迷っていると、ひわが答えをくれる。
「あ……雷蔵」
「う、うん、どうかした?」
おっかなびっくり尋ねるのは、どうやら確かに雷蔵らしい。ひわは彼の名を呼んだ後、遠くを見るような目つきで暫し黙り込んだ。
「あの、雷蔵君、ひわの櫛を知りませんか? 倒れた時に落としてしまったようで、二人で探していたんです」
ひわが言わないので、ひなが雷蔵へ問い掛ける。何処から聞かれたかわからないが、音に出したのが雷蔵の名前だけならば、昨日の出来事と結び付き、問題はないはずだ。
「え、櫛? うーん、ごめん、よく覚えていないや」
雷蔵は記憶を辿った後、首を振った。
「あの時近くにいたのはハチと三郎だし、二人のどっちかは何か見てるんじゃないかな」
「そうですね、ありがとうございます」
ひなは雷蔵の思いつきに頷いて礼を言った。ひわはまだ意識を遠くに飛ばしたままだ。
雷蔵はそれを気にするように窺い見て、
「それって、そんなに大事な物だったの?」
「ええまあ……」
ひなはひわにちらりと視線をくれ、肯定する。
「大切な思い出の品、だったと思います」
「そうなんだ。それはこまったね。食堂で会えるだろうから、二人とも井戸に回ってから食堂に行って訊いてみよう」
雷蔵は遠慮がちに笑いかける。
「そうね……」
ひわは上の空で呟いた。それから長屋の屋根を見上げて、
「値段も年季を考えても、壊したり無くしたりしても惜しくない物かもしれないけれどね、金銭的価値と個人の価値観は必ずしも一致しないから」
「えっ?」
驚く雷蔵にやっと視線が戻る。
「今はわからなくて良いよ──もしもがあったら、「後で」見てなさいって、そこいらに張り付いてる暇人に言っただけだと思ってて」
「え、そこいらって……」
ひなは弾かれたように辺りを見回した。
木々の影、屋根の上、縁の下、隣室の扉──そういえばそこが誰の部屋なのかまだ聞いていない──気配を探るが、ひなには誰がどこにいるのかわからない。
一方、雷蔵は苦笑いして肩を落とした。
「本当に気付いちゃうんだ? ひわさんてくのいちみたいだね」
「ワクワクして本気で隠れていなかったのは勘右衛門? でなくとも、あれだけガン見されてたら、気配に聡い人ならすぐ気付くでしょ」
ひわが睨むと、木陰と扉の影から楽しそうな勘右衛門と悔しそうな八左ヱ門が顔を覗かせる。
「いつの間に……」
ひなは驚いた。木の陰など、ひわは先程近くを探していたはずだ。その時に気付いていたなら、ひわはそれでも櫛の話を続けたろうか──雷蔵が現れた時の驚きは本当だったのに。
ひわは髪をかきあげようとして、その手の汚れに顔をしかめ、手首で落ちかかる髪を押しやった。
「愚問だよ、ひな。あれだけガサガサ捜し回ってるのに、曲がりなりにも忍び予備軍が出てこないほうがおかしい」
「あははー、何か一所懸命だったから、声かけにくくてさ」
勘右衛門に悪びれる様子はない。
「あ、ほら髪に泥ついちゃうよ」
懐から取り出した手ぬぐいでひわの額についた土を払うと、勘右衛門は彼女の手を取ってその汚れを拭き取りはじめた。
あまりにも自然な振る舞いに、ひわも暫しされるがまま勘右衛門の行動を眺めてしまう。
「……って! そのくらい自分でやるって!」
我に返ったひわは慌てて手を引っ込めた。爪の間はともかく、腕や手の平、指の土汚れはもうほとんど拭われている。
「ははは、ひなちゃんも、はい、濡れ手ぬぐい」
「えっ? あ、兵助君」
珍しいひわの反応を見ていたひなは、目の前に手ぬぐいを突き付けられ、ぎょっとした。
それがまたいつの間にか現れた兵助の差し出した物だったので、ひなの声も気が抜けてしまう。素直にそれを受け取ると、腕や手についた汚れを拭き取った。
「ありがとうございます」
「……りがとう、何処で洗えば良い?」
ひなが言うのに続けて、勘右衛門から手ぬぐいを奪い取ったひわもツンデレ気味な礼を述べる。
「じゃあ改めて、井戸に寄って朝ごはんに行こうか」
クスクスと雷蔵が笑って、手をあまらせた勘右衛門は指をわきわきさせた後でダランと腕を下ろす。
不覚を取った彼を、八左ヱ門が鼻で笑った。
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