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 夕食の支度ができたがどうするかと訪ねて来たのは茶髪の少年だった。

「……雷蔵君?」
 どちらか見分けられずに(ただ一人称が違ったなとだけ思い出した)ひなが眉を寄せると、彼は曖昧な笑みを浮かべる。

「そういえばさっきひわさんもひなちゃんも僕の顔を凝視してたけど、何かあった?」
「あれは──」

──ひわが気にしていたのは何だったんだろうって……

「うん、あれは?」
 ニコニコ顔で促す少年。すると下の方から、
「なんで鉢屋に答えなきゃいけない?」
「え、ひわさん!」
ひわが目を開けて、仰臥したまま少年を睨んだ。
 少年は一瞬息を呑み、いびつな苦笑でひわを見下ろす。

「やだなひわさん、僕は雷蔵だよ?」
「あんたは雷蔵じゃない。雰囲気からして似ても似つかないでしょう」
 ひわは断言した。
 ひなは少年とひわの顔を交互に見る。

 少年は顔に手を当てると、素早く動かして勘右衛門の顔を作った。
「そんなこと言われたのは生まれて初めてだ。気を抜き過ぎたかな?」
「雷蔵から滲み出る人の良さと、あんたから滲み出る胡散臭さは一目瞭然──ケホ」
「ああ、はい水ね」
 勘右衛門の顔をした三郎は水差しから注いだ水をひわに差し出す。
 ひなは起き上がるひわの背を支えた。

 ひわは暫くじっと器を見つめてから、水を口に含んだ。
 こくん、と喉が嚥下の動きを見せるのは、更に少し経ってから。

「ホントに動物的だね。格好だけ見ればお嬢さんなのに」
「煩い。敢えて雷蔵の振りをして、ひなから話を聞きだそうとする奴の差し出してきた水を、警戒するのは当然でしょう」
「でも、飲んだ」
 三郎はまた顔の前に手を遣って、雷蔵と同じ顔へ戻した。
「多少は心を開いてもらえたと思って良いのかな?」
「判断はそちらの自由」
 にっこり笑顔の問い掛けにもひわは動じない。ひなはじっと、装ってしまえば区別のつかない三郎の変わり身を見つめる。ひなには、最初の雷蔵を三郎とひわが見破れた理由がわからなかった。

──滲み出る云々は本気じゃないのはわかるけど……

「じゃあ好きに捉えとくよ」
 三郎も笑顔を崩さず切り返して、ちらっとひなに目をくれた。
「ひなちゃんは俺の華麗なるテクニックに夢中みたいだし」
「……妄想はそれくらいにしておいて、何の用?」
 ひわの眉間に皺が寄る。三郎の笑顔が苦笑に替わり、「手厳しー」とぼやく。ひなはそこで初めて、鉢屋三郎という少年の作り物ではない少年らしい表情を見た気がした。

 気を取り直して三郎は答える。
「二人は今日の夕飯どうするのか聞きに来たのさ」
「夕飯?」
「ここじゃ朝と昼は食堂のおばちゃんが作ってくれるけど、夜はグループごとに自炊なんだ。二人はまだ長屋のこともろくに聞いてないだろ? これでも気を使ったんだけど」
「その一言がなければ素直に感謝するのに……」
 つい溜息を吐いたひなだった。

 ひわは他のことに気を取られたようで、
「そのグループは雷蔵と竹谷の他はどうなってるわけ?」
「勘右衛門と兵助だよ」
「……その二人はい組で、あんた達はろ組だと名乗っていなかった?」
「あ」
ひなは目を瞬かせた。体調が戻っていないひわが気づいたのに、すっかり回復している自分が気付かなかったことが恥ずかしい。
 三郎も目を丸くした。
「あの状況でよく覚えてたな。
 下級生なんかは組ごとに当番が作るんだけどさ、上級生になると実習やら課題やらでばらばらになるから、気の合う連中でテキトーにまとめることになってんだ」

「ナルホド? あの二人も戦忍志望ってことね……」
 ひわは含みのある相槌の後で独りごちる。ひなはその台詞が気になったが、三郎の目を気にして聞き返せなかった。
 その代わりに尋ねるのは、
「ひわさんどうする? 動くの辛くない?」
「そうね……今日のところはお言葉に甘えておこう? 竹谷や久々知には世話をかけた礼を言ってなかったし」
「二人限定?」
「というわけでもないけど、どちらかといえば尾浜には驚かせた詫びをして、雷蔵には心配かけたことを謝る方が適当」

「うーん」
 二人の会話を聞いていた三郎が首を捻った。
 ひなは彼が疑問を口にする前にと、急いでひわに言う。
「行くなら早く行こう? 待たせたら悪いよ」
「そうだね──?」
「ひわさん?」
「……何でもない」
 ひわは手早く髪や服の乱れを直して立ち上がった。

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 一応モブキャラっぽい上級生がいろいろいる設定です、ハイ。
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