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 夕食の支度ができたがどうするかと訪ねて来たのは茶髪の少年だった。

「……雷蔵君?」
 どちらか見分けられずに(ただ一人称が違ったなとだけ思い出した)ひなが眉を寄せると、彼は曖昧な笑みを浮かべる。

「そういえばさっきひわさんもひなちゃんも僕の顔を凝視してたけど、何かあった?」
「あれは──」

──ひわが気にしていたのは何だったんだろうって……

「うん、あれは?」
 ニコニコ顔で促す少年。すると下の方から、
「なんで鉢屋に答えなきゃいけない?」
「え、ひわさん!」
ひわが目を開けて、仰臥したまま少年を睨んだ。
 少年は一瞬息を呑み、いびつな苦笑でひわを見下ろす。

「やだなひわさん、僕は雷蔵だよ?」
「あんたは雷蔵じゃない。雰囲気からして似ても似つかないでしょう」
 ひわは断言した。
 ひなは少年とひわの顔を交互に見る。

 少年は顔に手を当てると、素早く動かして勘右衛門の顔を作った。
「そんなこと言われたのは生まれて初めてだ。気を抜き過ぎたかな?」
「雷蔵から滲み出る人の良さと、あんたから滲み出る胡散臭さは一目瞭然──ケホ」
「ああ、はい水ね」
 勘右衛門の顔をした三郎は水差しから注いだ水をひわに差し出す。
 ひなは起き上がるひわの背を支えた。

 ひわは暫くじっと器を見つめてから、水を口に含んだ。
 こくん、と喉が嚥下の動きを見せるのは、更に少し経ってから。

「ホントに動物的だね。格好だけ見ればお嬢さんなのに」
「煩い。敢えて雷蔵の振りをして、ひなから話を聞きだそうとする奴の差し出してきた水を、警戒するのは当然でしょう」
「でも、飲んだ」
 三郎はまた顔の前に手を遣って、雷蔵と同じ顔へ戻した。
「多少は心を開いてもらえたと思って良いのかな?」
「判断はそちらの自由」
 にっこり笑顔の問い掛けにもひわは動じない。ひなはじっと、装ってしまえば区別のつかない三郎の変わり身を見つめる。ひなには、最初の雷蔵を三郎とひわが見破れた理由がわからなかった。

──滲み出る云々は本気じゃないのはわかるけど……

「じゃあ好きに捉えとくよ」
 三郎も笑顔を崩さず切り返して、ちらっとひなに目をくれた。
「ひなちゃんは俺の華麗なるテクニックに夢中みたいだし」
「……妄想はそれくらいにしておいて、何の用?」
 ひわの眉間に皺が寄る。三郎の笑顔が苦笑に替わり、「手厳しー」とぼやく。ひなはそこで初めて、鉢屋三郎という少年の作り物ではない少年らしい表情を見た気がした。

 気を取り直して三郎は答える。
「二人は今日の夕飯どうするのか聞きに来たのさ」
「夕飯?」
「ここじゃ朝と昼は食堂のおばちゃんが作ってくれるけど、夜はグループごとに自炊なんだ。二人はまだ長屋のこともろくに聞いてないだろ? これでも気を使ったんだけど」
「その一言がなければ素直に感謝するのに……」
 つい溜息を吐いたひなだった。

 ひわは他のことに気を取られたようで、
「そのグループは雷蔵と竹谷の他はどうなってるわけ?」
「勘右衛門と兵助だよ」
「……その二人はい組で、あんた達はろ組だと名乗っていなかった?」
「あ」
ひなは目を瞬かせた。体調が戻っていないひわが気づいたのに、すっかり回復している自分が気付かなかったことが恥ずかしい。
 三郎も目を丸くした。
「あの状況でよく覚えてたな。
 下級生なんかは組ごとに当番が作るんだけどさ、上級生になると実習やら課題やらでばらばらになるから、気の合う連中でテキトーにまとめることになってんだ」

「ナルホド? あの二人も戦忍志望ってことね……」
 ひわは含みのある相槌の後で独りごちる。ひなはその台詞が気になったが、三郎の目を気にして聞き返せなかった。
 その代わりに尋ねるのは、
「ひわさんどうする? 動くの辛くない?」
「そうね……今日のところはお言葉に甘えておこう? 竹谷や久々知には世話をかけた礼を言ってなかったし」
「二人限定?」
「というわけでもないけど、どちらかといえば尾浜には驚かせた詫びをして、雷蔵には心配かけたことを謝る方が適当」

「うーん」
 二人の会話を聞いていた三郎が首を捻った。
 ひなは彼が疑問を口にする前にと、急いでひわに言う。
「行くなら早く行こう? 待たせたら悪いよ」
「そうだね──?」
「ひわさん?」
「……何でもない」
 ひわは手早く髪や服の乱れを直して立ち上がった。

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 残された三人はと言うと、実はやることがなかった。

 八左ヱ門がひわを運び込むと、ひなは既に少ない手荷物から薄布を敷布がわりに広げており、そこに寝かせるように誘導された。
 その上に一枚着物を広げ掛けるのは、旅人が木賃宿を利用するときのやり方だ。
 勘右衛門が布団を持って来ることを提案したが、ひなはそれを拒んだ。

「その方良いなら無理強いしないけど、保健室が嫌ならせめてちゃんと休めるようにした方が良くない?」
「よせよ勘右衛門。したら俺らが布団なしだぜ、そこまでするこたねーって」
「どうしよう兵助、珍しく八左ヱ門が冷たい……」
「そうか?」
 兵助はキョトンとする。勘右衛門はもどかしげに、
「だって相手は病人だよ!」
「だからだろ」
兵助の答えは簡潔だ。

「え?」

「ずっと仕舞ってた布団なんて干さなきゃかび臭いし、野郎の汗が染み込んだ布団なんて使いたがらないだろ? 運ぶだけ無駄」
「自虐的だな、おい」
 滔々と語る兵助に勘右衛門は苦笑いで突っ込む。八左ヱ門は手を左右に振って、
「いや」
「八左ヱ門?」
神妙な顔で続ける。

「手負いの動物は慣れない気配と臭いに敏感なんだ。警戒しつづけて休めなくなる」

「「おい!」」
い組の二人は声を揃えた。

「お前なー、いくら生物委員だからってそりゃないだろ」
「人と野性動物一緒にするなよ~」

「八左ヱ門君」
 ひなの声には咎める響きがあった。

 それで二人はますます冷たい目で八左ヱ門を見遣った。例え彼がそう思っていたとしても、本人達の前で言う話ではない──けれど。

「予想したならそれに見合う行動はしてもらえませんか?」

「へ?」
 勘右衛門が間抜けな顔で聞き返す。八左ヱ門はその頭を押さえて、半眼で口角を吊り上げる。

「ほんっとあんたら可愛いげねえな」

 それから勘右衛門の肩を掴んで、
「おら、勘右衛門、邪魔だとよ。とっとと引き上げるぞ」
「へ? え?」
飲み込めていない彼を引きずり歩きだした。

 兵助はやり取りの大意を理解したものの、どうしても気になったことを尋ねる。

「動物扱いってフツー怒るとこじゃないの?」

 ひなは肩を竦めた。
「ひわさんはそんなことで怒りませんよ。察していただいたことはむしろ感謝しています」
「はは、そっか。面白いな、二人とも」
「兵助君──」
「水汲みくらいしておいた方がいいだろ? ひなちゃんはひわさんについててあげなよ」
 兵助は退場宣告が下される前にひらひらと手を振って、桶を掴むと中庭へと歩きだした。

「全く……」
 ひなは溜息で彼を見送った。
 それからふと、己の手と、横たわるひわとを見比べる。

──ひわ「さん」と、ひな「ちゃん」かぁ……幾つに見られてるんだろう?

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「じゃ、今日からここがあんた達二人の寝所だよ」
「「ありがとうございます」」
 事務のおばちゃんに案内されたのは、長屋の隅の一部屋だった。
 思い立ったら即実行の学園長は、すぐに二人が過ごすための手筈を食満に整えさせた。手筈といっても、具体的に彼がしたのは先生方と事務方への伝令だが。

 長屋は職員長屋の一角……ではなくて、空きのある五年生長屋の一角。
 簡単に誰かが片付けたようだが不十分で埃っぽいそこを、ひなとひわは丁寧テキパキと掃除する。
 かと思っていると、

「…………ひわさん、お願い」
「わかった──はなれて」
ひなの呼びかけに応じたひわが、鉄扇を取り出して部屋の中央に立った。

「────はぁっ!」

「うわあっ!」

 びゅん、と吹いた風が巻き上げた埃ごと室外に飛び出すのと、誰かの悲鳴が重なった。
 ひなとひわは目を交わして、そのまま部屋の手入れを続行する。

「ひなさんそっち持って」
「うん、いくよ」
「「せーの」」

「ちょっとちょっと待ってお二人さん!」

 ついたてを動かそうと両端を持ったところで、青の忍び装束に身を包んだ少年達が飛び込んで来る。そのうち一人だけがやたらと埃っぽい。

「……」
「ぎゃあっ」
 ひわはその一人目掛けて叩きを放り投げた。
 埃を払って注意の逸れた横っ面に、それは見事にぶち当たる。

「「ハチ!」」
「いきなり何しやがる!」
 友の身を案じて叫ぶ者、その場に足を止めて文句を言う者、涙目で起き上がる者。

「くーっははははっ!」
 それから、腹を押さえて大声で笑う者。

 それぞれの反応を見せた少年達に、ひなとひわはついたての移動を中断して入口に顔を向けた。

「掃除中、に…………」
 ひわの言葉が途中で切れる。埃っぽい少年と彼を助け起こす少年達のいずれかを見て、彼女の無表情が固まった。

「うん?」
 それに気付いた少年が眉を寄せる。

「掃除中にずかずか入り込まないで下さい」
 ひわが言うはずの言葉はひなが代わりに告げた。
 応じるのは、まだ笑いが引かない一番手前の少年。
「だったら周りにゴミ巻き散らかさないでくれる?」
「巻き散らかしてはいないでしょう」
 ひなが言い返すと、彼は後ろを振り返り、
「じゃ、訂正。ゴミやものを人にぶつけるのはやめてくれる? びっくりするからさー」
「三郎! そういう問題じゃ……」
「女性の部屋をこそこそ伺ってるような男は、ゴミとして排除するよう言われています」
「ゴミとして排除、ね……なかなか過激なきょーいくほーしん」
埃っぽい少年を助け起こしていた黒髪の少年は苦笑い。その反対側で友人の埃を払う、茶髪で大きな鼻が特徴の少年は、対処に困ったように顔を引き攣らせている。

 その間にひわは復活したらしい。面倒そうに取り出した鉄扇で、三人の少年の辺りへ一仰ぎ──ひゅん。

「「「うわあっ!」」」

 三人は揃って顔をかばったので、少年達のうち、起きた出来事を見られたのは手前の二人だけだった。

 通り道にいたくせっ毛の黒髪の少年にはそよ風が通り抜けた程度。それが三人に当たる瞬間威力を増して、目に見える空気の渦に化けた。速度がつけば鎌鼬のような現象も引き起こせるだろう。
 ただし今はそれには至らず、少年達の髪を巻き上げてそこに入り込んだ埃や塵を吹き飛ばすに留まった。

「なん……だぁ?」
 くせっ毛(黒)の少年は目をぱちくりさせる。先頭の少年──双子のように茶髪の少年と似た顔をしている──はクシャリと顔を歪め、嫌そうに呟く。

「バサラ者はバサラ者でも、よりによって風属性なんてね」

「バサラっ?! じゃあ今のがバサラ技?」
「多分ね。俺も近くで見るのは初めてだ」
「バサラ者ってのは本当だったんだな。なあ、こっそり伺うんじゃなきゃ入っても良いだろ? 掃除手伝ってやるよ」
 くせっ毛(黒)の少年は最初の怒りはどこへやら、興味津々でひわに尋ねた。
 腕まくりして、早くも上がり込む勢いだ。

「別にまだ何もないから構わないけど、先に名前くらい名乗るべきじゃないの?」
「おっと、悪い。俺は五年い組久々知兵助、こっちはろ組の鉢屋三郎。この長屋は俺達五年生の使ってる長屋なんだ、よろしくな」
「私はひわ、こっちはひな。呼び間違いは厳禁でよろしく」
 勝手にそばの友人まで紹介する兵助に倣って、ひわも二人分まとめての紹介をした。愛想はないが、兵助は気にせずニコニコ「おう」と相槌を打った。
 それからひわは三郎に目を転じる。

「他の風属性と私は違う。あんたの主君筋とは知るかぎり繋がらない──気にしなくていい、むしろ気にするな?」
「何のことかなー? なんて。ひわ姐さんホントに昼まで倒れてた人?」
「そうね、ひわさん病み上がりなんだから、三郎君、絡む暇あったらさっさと兵助君と手伝ってくれないかな?」
 探りを入れる三郎を、真顔のひなが遮る。
 兵助はと言うと、早速彼女達が動かそうとしていたついたてをずらして、鼻歌混じりに床を拭いている。

「兵助っ!」
「早く片付いた方時間も取れるだろ? 三郎も手伝えよ」
 なかなかに良い笑顔である。
 三郎は肩を落として、ひなから雑巾を受け取った。

「ってこらーっ!」
「こっち放置してそりゃないだろ!」
「三郎~、兵助~!」
 怒鳴るのは当然、室外の三人だ。面倒そうな顔を露骨に、何かを手にしたひわが外へ出る。
 三郎はそれを横目に、床掃除を始めた。

「「「!」」」

 三人が動かないのには訳があった。その理由で以て身を寄せた三人は、下りて来るひわに今度は何をされるのかと身構える。

 けれど。

「動かないで」

「へっ?」
 黒髪の少年の脇にしゃがみ込んだひわは、彼のその長い髪に手をかけて丁寧に梳きはじめた。
 彼の黒髪と、隣の少年のくせっ毛が、ひわの手の中で綺麗に解けていく。少年達はチラチラとひわの顔を盗み見た。
 赤く染まる頬、伏せられた睫。保健室で彼女が伏せっている間に見る機会のあった者も、角度と距離の違いにどぎまぎしてしまう。

「……立って。もう解けた」
「え? あ、りがと」
 近くで聞く彼女の声は少しかすれていて、短く告げられた意味を理解した少年は戸惑いがちに礼を言った。
 視界の隅で彼女の指先からすり抜けて行く己の髪。それが逆であったらまだ様になったのにと苦笑する。少年はその笑顔のままに、

「俺はい組の尾浜勘右衛門。何か手伝えることがあったら教えてね」
人のよさをアピールした。
 ひわはコクリ頷き、すぐに隣のくせっ毛の少年の後ろに回る。

「……あはははは」
 無視はされないが素っ気ない対応は少年のナイーブな心を傷つけたようだ。乾いた笑い声を上げて立ち上がった勘右衛門は、足元の叩きを拾い、
「三郎ーこれ片付けてー」

「……もう少しぐらい愛想良くしても罰は当たらんだろうに」
「ハチ!」
茶髪の少年がくせっ毛の少年を宥める。それから横目に、真剣により複雑に絡み合う自分達の髪を解くひわを伺い見た。

「…………何?」
「絡まって大変でしょ? ちょっと位切っちゃっても良いよ」
「平気──こっちがやりすぎたことだし」
「あはは、確かにビックリしたけどね」
 茶髪の少年は笑った後、不思議そうに首を傾げる。その表情が見えるくせっ毛の少年は、逆に眉間にシワを寄せて不機嫌さを増していった。

「雷蔵……」
「?」
「何一人だけ和んでんだよ!」
「あ!」
「いてぇ!」
 茶髪の少年を振り向こうとしたくせっ毛の少年は、涙目になって頭を押さえた。

「ハチ……」
「大丈夫、抜けてはいないから」
「て、慰めになってねえ!」
 些かピントのズレたひわのフォローに、くせっ毛の少年は腹の底からツッコミする。ひわは淡々とそれを流した。

「もう少しで梳き終わるから、じっとしてて」
「頼むぜ全く……」
 茶髪の少年は不思議なものを見る目で友人を見た。けれど声にだしては何も言わず、ひなの指揮の下清掃と居住空間の整備に勤しむ他の三人へ視線を転じた。

 嫌ならば、後は自分で髪を梳かせば良いだけなのに、流れに逆らえずひわに従っている友人と、大人しく順番を待つ意味がないことを故意に無視している自分と。視線は室内を向いていても、彼が考えているのはそんなことだ。

「これでいいでしょ。もともとへにょい髪だし」
「酷っ!」
「はい、次」
「え?」
 とん、とくすんだ色のくせっ毛が押し出されて、茶髪の少年は目を瞬かせる。友人が傾いだ分空いたスペースに肩を滑り込ませて、ひわが彼の髪を整えはじめる。

 自分の番が来て初めて感じるむず痒さ。この距離に迫るのが同性ではなく同じ年頃の異性であるというだけで、照れ臭さが段違いなのは何故だろう。

「そういえば」
「え?」
 ボソリと少年の耳元で、ひわ。横目に彼女を見れば、朱い頬に手元を一心に見つめる瞳が艶めかしく思え、慌てて余所へと視線を転じる。斜め前にしゃがみ込んだ友人が、ニヤリと彼を見返す。
 二人の攻防には構わず、ひわは髪を梳く手を進めながらゆっくり口を開く。

「二人の名前は、まだ、聞いていない」
 意地悪い笑みを浮かべていたくせっ毛の少年はキョトンとして、それから三郎達の方を向いてぼそぼそ答えた。
「竹谷八左ヱ門」
「…………そう」
 ひわは随分相槌をためた。その間に櫛を進めて、もう反対側を梳きにかかっている。
「何だよ、その間は」
「べつに」
「あーもうハチ、喧嘩腰いい加減やめろってば」
 最後の少年は八左ヱ門が言い返す前に遮った。
 身を乗り出しては先程の彼の二の舞になるのだが。
 つん、と髪を引かれる感覚でそれに気づき、少年はすぐ元の体勢に戻る。ざまあみろと言いたげに笑った八左ヱ門は、彼が大して痛がりもしなかったので舌打ちした。

「ハチ~!」
 少年は恨みがましく友人を呼んだ。八左ヱ門は舌を出してそっぽを向く。
「さっきのお返しだろ」
「全く!」
「……」
「あ、ごめん。僕は不破雷蔵。三郎やハチと同じろ組だよ」
「…………」
「ひわさん?」
 いつの間にかひわの手が止まっていた。
 雷蔵は不思議に思って彼女を呼び、八左ヱ門も何かに気付いて腰を浮かせた。

──ぽすん。
「え?」
 雷蔵の左肩にかかる重み。ひわの手からこぼれ落ちた櫛を、八左ヱ門が地面に着く前にキャッチする。
 ひわの頭はそのままずるりと雷蔵の肩を滑り落ちる。

「ええっ?」
 わたわた腕を出した雷蔵の脇から、八左ヱ門はひわの手首を掴んだ。
「──脈に異常はねえな」
「でもすごい熱だよ! 保健室っ! 保健委員、善法寺せんぱいぃっ?!」
 ぐい、と手を掴まれた雷蔵は声を裏返らせた。掴んだのは半ば彼に抱えられたひわ。雷蔵の腕の中からうっすら目を開けて、小さく首を振る。
「無駄」
「無駄って!」
「部屋で休む方がいい?」
「え?」
 横から声をかけて来たのはひなだ。質の良い着物が汚れるのも厭わず、膝をついて、雷蔵に支えられるひわを見ている。
 少しだけ、ひわの表情が緩んだ。ひなはコクリとひわに頷いて、雷蔵を正面から見ること暫し──
「そこまで運んでもらえますか? 部屋の準備は終わりましたから」
首を巡らすと、兵助と勘右衛門がひらひらと手を振った。三郎の姿はない。
 雷蔵はそれでも顔を曇らせて、
「先生に診てもらった方が良いんじゃない?」
「本人達がいーってんだからいーんじゃね?」
「ハチ!」
「不運委員がバタバタしてる中で休めるか?」
櫛を片手に弄びながら、八左ヱ門の指摘はある意味冷静だ。
「う、それは……でも、うーん…………」
 正当性を認められる分判断に迷って、雷蔵はその場に固まってしまった。先に戻ったひなが、何をしているのかと振り返る。彼女は彼の迷い癖を知らない。
 八左ヱ門は、櫛を懐に放り込んで足を踏み出す。

「あーめんどくせえ! 俺が運んだる!」
「あ」
 強引にひわを抱え上げた八左ヱ門が、ずかずかとひなの許へ歩いていく数歩を、雷蔵は何も言えずに見送った。
 八左ヱ門に持っていかれるギリギリまで、雷蔵の手を掴んでいたひわの右手──

「信頼を裏切ってしまったような、心にぽっかりと穴が空いたような青い春の出来事だった」

 びくぅっ! 
 雷蔵は斜めに跳び下がった。

「三郎っ! 変な脚色やめてよね!」
 声のした場所に親友の姿を認めた雷蔵は、顔を赤くして叱り付ける。くすくす笑った三郎は、ぽふぽふ雷蔵の髪を触って、
「よし、だいたい同じ感じ」
「そこまでこだわるの?」
「新野先生に普通のご飯で良いか確認してきたんだ。ここはあいつらに任せて飯の支度にいこうぜ」
「三郎?」
何を企んでいるかと些か疑わしげな雷蔵。三郎はただ「いーからいーから」と笑顔で雷蔵の腕を引く。雷蔵は溜息をついて、
「ちょっと行ってくるね」
と室内の四人に声をかけた。

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「改めて自己紹介してくれんかな?」

 三反田の知らせを受けた学園長は、はじめ二人を学園長室に呼び出そうとして三反田と善法寺と、たまたま居合わせた食満から却下を喰らった。

「意識回復したばかりの病人歩かせるって学園長あんた何考えてるんだ!」
「そんなこと言ったってわしは年寄りなんじゃぞ! 少し労ってくれても良かろうに」
「ほぉ、昨日まだまだ若いもんには負けんと年甲斐もなくはしゃいで、生垣とヘムヘムの小屋をぶち破ったお方の言葉とはとても思えないですね」
「ヘム!」
 怨みがましいヘムヘムの一声も生徒達に味方する。三反田はまだ無惨な様を晒す庭の一角に、そんな理由だったのかと虚ろな視線をくれた。

 三人と一匹の説得で渋々腰をあげた学園長は、それでも保健室に着くと威厳を取り繕うように背筋をしゃんと伸ばして尋ねた。

「わしがこの忍術学園の学園長、大川平次太秦ぢゃ。娘達よ、改めて自己紹介してくれんかな?」

 ひなとひわは顔を見合わせ、後者がコクンと首を動かしてから口を開いた。
「お目にかかれましたこと、望外の喜びと存じます。わたくし遠方を旅しておりました、ひわと申します。この度は不測の事態に御慈悲をいただきましたこと、まこと感謝に堪えません」
「ひなでございます。改めまして御礼申し上げます」
 相似の表情、穏やかで丁寧だけれど平淡な声。着物は変わらず藍と緋だったが、上衣は軽く羽織るだけ、装飾も取り払った今は、眠りに就いていた時よりも線の細さが際立った。

 まるで、色違いの人形のように。

「ふむ、そこまで畏まられると逆に落ち着かんのう」
 学園長が呟いたのは、最前の食満達とのやり取りを連想したのだろう。二人の反応は、眉根がぴくりと動いたのみ。静かなみなものように凪いだ視線は、戯れに付き合うつもりはないようだ。

「ふむ」
 学園長は居心地悪げに身じろぎした。

「バサラ者のお主らならば、この時勢、引く手数多、がっぽり儲けて左団扇も夢ではなかろう。望みの城があるならば、送り届けてやらんこともないんじゃが……」
 ちらり、学園長は片目で二人を見遣る。
「……その前に、ちぃとばかしお主らのバサラ技を見せて貰えんかのう」

「「学園長!」」
 善法寺と食満はダブルで叫んだ!
 三反田がそうしなかったのは、多少なりと学園長の思いつきに惹かれたからだったりする。少し前にひわ一人の怒気に気圧された筈だが、それとコレとはまた別のようだ。

「何考えてるんですか! 全くミーハーなんだから」
「その交換条件は明らかにおかしいでしょうが! 病み上がりなのに二人とも困惑してるじゃないですか!」
 食満が指差すとおり、ひわの目は反応に惑ったように揺らいでいた。ひなは顔色を悪くして目を伏せ、着物の端をギュッと握り締めている。

「学園長」
「「──いえ」」
 善法寺が説得の言葉を口にしようとするのに被さって、凛とした声が彼らの思惑を否定した。
 俯いたままのひなと、視線を真っ直ぐ学園長に定めたひわと。

「今この日ノ本であたくし達の属すべき城はありません」
「帰るべき場所へ還る道筋は、わたくし達自身で見出ださなければならないでしょう」
 宣言する声は変わらず平坦。だがそれはどうやら感情を押し殺したもので、二人の真摯さを損ねるものではなかった。

「ふむ……ならばどうぢゃ? 時が来るまでこの学園に身を寄せるのは」
「学園長?!」
 今度の反対を含む声は、食満だけからあがった。
「なんじゃ、お主はさっきからいちいちわしの言葉に反対して」

「あの」
「なんじゃ」
「属すべき城がなくて、帰るべき場所はあるんですか?」
 恐る恐るの声をあげたのは三反田。学園長は眉を上げ、二人の少女へと視線を移す。
 ひなに至っては泣き出すかもと善法寺は身構えた。

 ひわの右手がひなの手に重ねられる。

「今はまだ──見出だされていないけれど」
「見つけ出すと互いに誓っていますから」
 ひなの顔が上がった。
 涙は浮かんでいない。
 その年齢の少女が見せるには深い感情を秘めた眼差しが、真っ直ぐ学園長を見据える。
 二対の視線を身に受けた学園長は、珍しく真面目に彼女達を見返し──

 ぽっ

 頬を赤く染めて頭を掻いた。
「そんなに見つめられると照れるのう」

──がくがくがくっ
 食満と三反田と善法寺は、一斉にその場にずりこけた。ついでに棚から落っこちた救急箱が、善法寺と三反田の頭に相次いでバウンドする。

「学園長ぉ……」
「珍しくシリアスだったのに……」
 涙を流す最上級生をよそに、学園長はふぉっふぉっふぉと笑ってひなとひわに続けた。

「それならばなおのこと、学園に留まるのが良かろう。今なら三食昼寝にわしのブロマイド付きぢゃ!」
「……その対価としてこちらが支払うものは?」
「ひわちゃんは冷静ぢゃのう」
「……」
「…………ぅほん。そうぢゃな、お主らをばさらについての特別講師として雇おうかの」

「「「なんだってぇ?!」」」
 ガバッと起き上がったうち、善法寺は先程の救急箱に手をついて再び床に転がった。それにも特にリアクションせず、二人の少女は瞬きだけで学園長へ視線を戻す。

「あたくしにバサラ能力の適性は殆どありませんが?」
「戦闘たいぷはひわちゃんの方かのう?」
「わたくしもバサラ者としては三軍以下ですが──」
 水を向けられたひわも淡々と返す。ちょっぴり期待していた三反田はしょんぼりし、食満は引き攣った笑みで、こんな子供のバサラ者なんておかしいと思ったとうそぶく。ひわはちらっと食満を見た。

「──バサラ技を何も見ないで実戦にしくじるよりは、確かに生還率には影響するかも知れませんね」
「はっ! ……はぁっ?!」
 ひわの言葉を鼻で笑った食満は直後、怪訝な顔で振り向いた。

「油断、大敵」

「え? ひなちゃん?」
 三反田は目を擦った。ひなは変わらずひわの隣に姿勢正しく座しているのに、いつの間にか食満の真横にもひながいて、頭巾の隙間へ花を一輪差し込んでいた。

「分身の術?! ではないみたいだね」
「御明察。蜃気のようなめくらましの術技──花は本物」
「何っ!」
 淡々と言われた食満は慌てて頭に手をやる。ひなは静かに元の場所へ戻る。食満に気を取られている間に、ひわの隣の幻は消えている。

「……」
 食満は花とひなを微妙な表情で見比べた。ひなは善法寺に目を向け、
「善法寺殿、あなたは冷静ですね」
「アハハ、何年か上の先輩に、よくからかわれていたからね」
「佐助先輩か……」
「「──!」」
善法寺の答えと食満の相槌で、初めて明確にひなとひわの表情が動いた。

──ふむ。
 学園長は片目で二人を観察する。

 単純に動揺の色を滲ませたひな、痛みのような悲しみのような色を3秒かけて飲み込んで、無表情ぶりに拍車のかかったひわ。そのひわが溜息の後に食満を冷たく見る。

「……バサラ者を見知っていながら侮るなんて、気楽者だな」
「えっ! その佐助先輩ってバサラ者だったんですか?」
「我々の三学年上だから、丁度数馬とは入れ違いかな。上月佐助先輩。バサラ者の才能を開花させて、結構立派な大名のところに就職したはずだよ」
 三反田の問いに答えるのは善法寺。食満は、
「佐助先輩と才蔵先輩はバサラ技等に頼らなくても優秀な忍びだ、格が違う」
クルクルと抜き取った花を弄びながら負け惜しむ。

「その二人が共闘してもままならないことが起きるのがバサラの戦。機会があるならばバサラに慣れておいて損はないと私は思う」
「何っ?!」
「留さんっ! 二人が言うのも一理あるよ」
 一定の調子で言葉を発するひわに身を乗り出した食満を、善法寺が慌てて抑える。

「てめえ伊作どっちの味方だ!」
「味方とか敵だとかそういうんじゃなくてさ」

「これからの戦は、敵にも味方にも複数のバサラ者がいるのが当たり前になっていくということ」
「学園長殿の考えは、教え子の生存率を上げる意味で不適当とは言えない──授業で対応をしくじってもやり直しはできるけれど、戦場でしくじって命の保証はないのだから」
「くっ……!」
 善法寺の言葉を継いで、ひなとひわが食満を諭す。
 三反田は二人の言葉を噛み締めるようにして俯いた。

 忍びとしての覚悟を決めた者だけが、後半の学年へと進んで行ける。まだ三年生の彼には遠く思えていた「その先」を、いきなり目の前に突き付けられたように思えたのだ。己と同じ歳に見えるひなの言葉が特に重い。
 食満と三反田の重い空気に構わず、学園長はひなとひわに向かい、

「そう言うからには、特別講師の話──」
「……お請け、します」
「微力ながら」

「それならこれからは先生と呼ばなきゃね」
ほわんと笑って、善法寺は食満の神経を逆なでした。

「傍から見て先生は変でしょう」
 揃ってせんせー、せんせーと声を上げ意図なく食満をからかう善法寺と三反田を止めたのは、溜息混じりのひわの言葉だった。

「というかそもそも私は学園長殿の名しか聞いていない気がするんだけど」
「「「あ」」」

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「……ここ、は……」
 もう一人が目を覚ましたとき、保健室にいたのは三反田一人だった。
 勿論、ひなは変わらず寝台に臥していたが、深い眠りの底にあるようだった。

「あっ!気が付いたんだね!」
「生き……てる……?」
 嬉々として枕元に近づく三反田の声が聞こえないように、彼女は茫洋とした表情で呟いた。
 三反田はそれに気を留めることなく、動いたことで彼女の額からずり落ちた手ぬぐいを拾い上げる。

「ひなちゃんの話聞いたけど、地割れから学園の上にワープしたんでしょ? 大きな怪我はなかったけど、ひわさんなかなか気が付かないから心配してたんだ」
 じゃぶじゃぶ、手ぬぐいを冷水に浸して絞り上げる。三反田が喋っている間、彼女は手を眼前に伸ばし、握ったり開いたりを繰り返した。

「……ひな?」
 それからこぼれ落ちた名は何故か困惑を含んで、三反田は冷たい手ぬぐいを彼女の額に戻してやりながら、そっと身体をずらして反対で眠るひなの姿を見せた。

「ひな──?!」
「ひなちゃんは眠ってるだけだよ」
「ひな……ういう……こと……?」

 ひなの姿は目に入っただろうに、彼女はかえって探るように辺りに目を走らせる。ここにいたのが善法寺であれば、それがひなと同じ反応だと気付いただろう。けれどひなの目覚めたときにはバサラ者という言葉に気を取られていた三反田は、単純に高熱の名残の不安と片付けてしまった。

「二人は僕達が鍛練してる校庭に落っこちて来たんだよ。ひなちゃんから事情を聞いて、学園で養生してもらうことになったんだ」
「……そ、う」
「──?!」
 彼女は睫を伏せた。
 普通の体勢ならば悲しみを堪えでもしているように見えたかも知れない。けれど、寝台で仰向けになっている今は、冷たく座った彼女の瞳が隠されることなく三反田の目に映る。

──お、怒ってる?!

 三反田は冷汗が噴き出すのを感じた。普段怒らない善法寺や立花を怒らせた時のような冷気。相手は病人なのに、三反田は身動きできなくなる。

「……ひな。本当は起きてるでしょ」
「え?」
 呪縛が解けたのは、彼女が目を閉じてゆっくり息を吐きだした後。思いもかけない呼び掛けにきょとんとして、三反田は背後を振り返った。

「今起きたばかりだよ」
「ええーっ?!」
 それにしてはぱっちり開いたひなの両目。
 驚いた声をあげる三反田に、ひなは少し困ったように笑って言った。
「多分どなたか先生にお知らせした方がいいんじゃない?」
「あ……うん」


 体よく三反田を追い払ったひなは、するりと寝台を抜け出した。
「飛鳥さん!」
「待って、今の状況どうなってるか──」
「全部はわからない……けど、多分あの世界の過去に来たんだと思うの」
「過去?」
 眉をひそめるもう一人は、額の上から手ぬぐいを取り上げて上体を起こした。
 しゃらん、と首飾りが涼やかな音を立てる。物いいたげな視線が胸元に下りたが、彼女はすぐにひなを向いた。
 ひなはコクリと頷く。

「出立する前に髪を整えてくれた人が、あたし達同様若返って当たり前に生徒をしてた──いくらあたしでも顔も名前も覚えてる政宗さんお気に入りの部下の人」
「それで?」
「バサラ者をみんな知ってる。だけど知ってると言っても都市伝説みたいな、属性装飾がどんなものかも良く知らないレベル。バサラ者が活躍始めてそんなにたってないみたい」
「それで、コレ」
 彼女は着物の衿を摘んだ。

 赤い着物は寝崩れてよれていたが、転落したその時から変わらない重ねのままだ。
「……それで、「ひな」と「ひわ」ね」
 ひなはまた頷いた。

「悪い人達じゃないと思うけど、忍びの学校で今あたし達の名前がバサラ者として広まったら、ややこしいことになりそうだから」
「了解。伊達の髪結いがいるってことは、ここは奥州?」
「それが……」
 聞かれたひなの顔が曇る。「飛鳥」と呼ばれた「ひわ」は、片手に弄んでいた手ぬぐいを水桶に放り込んだ。
 ひなは眉を八の字に下げつつ、自分の転落した状況と現在地を説明する。

「いつきちゃんが落ちなかったのは、良かった。けど、播磨や但馬に近い、政治的緩衝地帯……?」
「小競り合いはあるけど、内部で割と完結してるって。飛鳥さんいつか言ってたじゃない? バサラ屋の拠点ももしかしたらこういうところにできたんじゃないかって」
「だけどここの連中はバサラ者に関して無知……過去、だからか…………そうか」
「飛鳥さん?」

「私が地割れに呑まれたのは、「ここ」に来る途中だったみたいだ」
 彼女は言いながら、身につけていた属性装飾を一つ一つ外しはじめた。ひなは慌てて問う。
「え、どういう?!」
「瀬戸内や常陸方面から、復活した魔王軍が緩衝地帯への進軍を画策しているって情報が入ってね、表向きな理由が十分作れるアイツと私が緩衝地帯側の代表勢力に会いに行くことになっていたんだ」
「それがホントなら、いくらなんでも二人じゃ危険じゃない!」
「いつきちゃんと二人で津軽潜入した日向さんには言われたくな──」
 彼女は口を閉ざして額を押さえた。

「いつきちゃんが同行者? あいつら絶対早まりそうだ……」
「そんなこと……! ナイデスヨ、多分」
 口では否定するが、ひなの顔は青ざめている。指摘した側はなお難しい顔で、
「結果的にこっちが軍を動かさなかったのは正解だけど、パピヨンがなぁ……四郎様や筧さん達に期待するしかないか」
「それで、飛鳥さん達の名分て?」
「……アイツの恩師に、報告」
「──何がなんでも、元に戻って、帰らなきゃ、ね」
答えを聞いたひなは、神妙に呟く。属性装飾をすべて外し終えて、もう一人は沈んだ瞳を瞼に隠した。

「そう。もう一度十代から十年近くもやり直すつもりはない。還る方法を見つけるまで、例え二人だけの時でも、ひわとひなと呼び合った方がいい。飛鳥も日向も、あの場所で生きるべき名前なんだから」


 天井裏に潜んでいた四條畷先生達は、目を見交わすと音も立てずにその場を離れた。
「先生、今の話どう思われますか?」
 声に出すのは、別棟の屋根まで移動してから。問われたシナ先生は今も若い姿で、流麗な眉を寄せて応じる。
「あの子達、くのいち教室に来てほしいくらいだけれど、そうも行かないみたいね」
「シナ先生?!」
 ずっこけたのは小林先生と土井先生だ。四條畷先生は確かに、と頷いて、
「怒気で冷静さを失わせ、虚を突き悟らせず数馬を追い払ったあの怒車の術は見事でした」
「そういうことを論じている場合ではないでしょう。あの二人が信頼に値するかどうか──ひなという娘、学園長に嘘をついていたわけですよね」
「あの子達が信頼に値するかどうかなんて、今すぐ決める必要はないでしょう。潜入調査に出た者ならば、語れないことがあるのは当然。私達の目の前で装備を解いたのは、こちらを一応信用するという意思表示のようですよ」
 シナ先生はニッコリと土井先生に笑顔を向ける。
「やはり先生はお気づきでしたか」
 土井先生の眉間にシワが寄る。

「ひわというあの娘の話、あれは半ば我々に聞かせるためのものだと気付いた上で、様子を見たいんですね」
「あれで単なる怒気なんだから、末恐ろしい。監視をするにも護衛するにも人数を割ける忍たまの方がいいというところですか」
 小林先生も苦笑混じりに納得の頷きを返した。
 この場での会合など、決定権はない。けれど、学園長はきっと同じことを決めているだろう、と土井先生は胃の腑の辺りを手で押さえた。

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