管理サイトの更新履歴と思いつきネタや覚書の倉庫。一応サイト分けているのに更新履歴はひとまとめというざっくり感。
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「……ここ、は……」
もう一人が目を覚ましたとき、保健室にいたのは三反田一人だった。
勿論、ひなは変わらず寝台に臥していたが、深い眠りの底にあるようだった。
「あっ!気が付いたんだね!」
「生き……てる……?」
嬉々として枕元に近づく三反田の声が聞こえないように、彼女は茫洋とした表情で呟いた。
三反田はそれに気を留めることなく、動いたことで彼女の額からずり落ちた手ぬぐいを拾い上げる。
「ひなちゃんの話聞いたけど、地割れから学園の上にワープしたんでしょ? 大きな怪我はなかったけど、ひわさんなかなか気が付かないから心配してたんだ」
じゃぶじゃぶ、手ぬぐいを冷水に浸して絞り上げる。三反田が喋っている間、彼女は手を眼前に伸ばし、握ったり開いたりを繰り返した。
「……ひな?」
それからこぼれ落ちた名は何故か困惑を含んで、三反田は冷たい手ぬぐいを彼女の額に戻してやりながら、そっと身体をずらして反対で眠るひなの姿を見せた。
「ひな──?!」
「ひなちゃんは眠ってるだけだよ」
「ひな……ういう……こと……?」
ひなの姿は目に入っただろうに、彼女はかえって探るように辺りに目を走らせる。ここにいたのが善法寺であれば、それがひなと同じ反応だと気付いただろう。けれどひなの目覚めたときにはバサラ者という言葉に気を取られていた三反田は、単純に高熱の名残の不安と片付けてしまった。
「二人は僕達が鍛練してる校庭に落っこちて来たんだよ。ひなちゃんから事情を聞いて、学園で養生してもらうことになったんだ」
「……そ、う」
「──?!」
彼女は睫を伏せた。
普通の体勢ならば悲しみを堪えでもしているように見えたかも知れない。けれど、寝台で仰向けになっている今は、冷たく座った彼女の瞳が隠されることなく三反田の目に映る。
──お、怒ってる?!
三反田は冷汗が噴き出すのを感じた。普段怒らない善法寺や立花を怒らせた時のような冷気。相手は病人なのに、三反田は身動きできなくなる。
「……ひな。本当は起きてるでしょ」
「え?」
呪縛が解けたのは、彼女が目を閉じてゆっくり息を吐きだした後。思いもかけない呼び掛けにきょとんとして、三反田は背後を振り返った。
「今起きたばかりだよ」
「ええーっ?!」
それにしてはぱっちり開いたひなの両目。
驚いた声をあげる三反田に、ひなは少し困ったように笑って言った。
「多分どなたか先生にお知らせした方がいいんじゃない?」
「あ……うん」
体よく三反田を追い払ったひなは、するりと寝台を抜け出した。
「飛鳥さん!」
「待って、今の状況どうなってるか──」
「全部はわからない……けど、多分あの世界の過去に来たんだと思うの」
「過去?」
眉をひそめるもう一人は、額の上から手ぬぐいを取り上げて上体を起こした。
しゃらん、と首飾りが涼やかな音を立てる。物いいたげな視線が胸元に下りたが、彼女はすぐにひなを向いた。
ひなはコクリと頷く。
「出立する前に髪を整えてくれた人が、あたし達同様若返って当たり前に生徒をしてた──いくらあたしでも顔も名前も覚えてる政宗さんお気に入りの部下の人」
「それで?」
「バサラ者をみんな知ってる。だけど知ってると言っても都市伝説みたいな、属性装飾がどんなものかも良く知らないレベル。バサラ者が活躍始めてそんなにたってないみたい」
「それで、コレ」
彼女は着物の衿を摘んだ。
赤い着物は寝崩れてよれていたが、転落したその時から変わらない重ねのままだ。
「……それで、「ひな」と「ひわ」ね」
ひなはまた頷いた。
「悪い人達じゃないと思うけど、忍びの学校で今あたし達の名前がバサラ者として広まったら、ややこしいことになりそうだから」
「了解。伊達の髪結いがいるってことは、ここは奥州?」
「それが……」
聞かれたひなの顔が曇る。「飛鳥」と呼ばれた「ひわ」は、片手に弄んでいた手ぬぐいを水桶に放り込んだ。
ひなは眉を八の字に下げつつ、自分の転落した状況と現在地を説明する。
「いつきちゃんが落ちなかったのは、良かった。けど、播磨や但馬に近い、政治的緩衝地帯……?」
「小競り合いはあるけど、内部で割と完結してるって。飛鳥さんいつか言ってたじゃない? バサラ屋の拠点ももしかしたらこういうところにできたんじゃないかって」
「だけどここの連中はバサラ者に関して無知……過去、だからか…………そうか」
「飛鳥さん?」
「私が地割れに呑まれたのは、「ここ」に来る途中だったみたいだ」
彼女は言いながら、身につけていた属性装飾を一つ一つ外しはじめた。ひなは慌てて問う。
「え、どういう?!」
「瀬戸内や常陸方面から、復活した魔王軍が緩衝地帯への進軍を画策しているって情報が入ってね、表向きな理由が十分作れるアイツと私が緩衝地帯側の代表勢力に会いに行くことになっていたんだ」
「それがホントなら、いくらなんでも二人じゃ危険じゃない!」
「いつきちゃんと二人で津軽潜入した日向さんには言われたくな──」
彼女は口を閉ざして額を押さえた。
「いつきちゃんが同行者? あいつら絶対早まりそうだ……」
「そんなこと……! ナイデスヨ、多分」
口では否定するが、ひなの顔は青ざめている。指摘した側はなお難しい顔で、
「結果的にこっちが軍を動かさなかったのは正解だけど、パピヨンがなぁ……四郎様や筧さん達に期待するしかないか」
「それで、飛鳥さん達の名分て?」
「……アイツの恩師に、報告」
「──何がなんでも、元に戻って、帰らなきゃ、ね」
答えを聞いたひなは、神妙に呟く。属性装飾をすべて外し終えて、もう一人は沈んだ瞳を瞼に隠した。
「そう。もう一度十代から十年近くもやり直すつもりはない。還る方法を見つけるまで、例え二人だけの時でも、ひわとひなと呼び合った方がいい。飛鳥も日向も、あの場所で生きるべき名前なんだから」
天井裏に潜んでいた四條畷先生達は、目を見交わすと音も立てずにその場を離れた。
「先生、今の話どう思われますか?」
声に出すのは、別棟の屋根まで移動してから。問われたシナ先生は今も若い姿で、流麗な眉を寄せて応じる。
「あの子達、くのいち教室に来てほしいくらいだけれど、そうも行かないみたいね」
「シナ先生?!」
ずっこけたのは小林先生と土井先生だ。四條畷先生は確かに、と頷いて、
「怒気で冷静さを失わせ、虚を突き悟らせず数馬を追い払ったあの怒車の術は見事でした」
「そういうことを論じている場合ではないでしょう。あの二人が信頼に値するかどうか──ひなという娘、学園長に嘘をついていたわけですよね」
「あの子達が信頼に値するかどうかなんて、今すぐ決める必要はないでしょう。潜入調査に出た者ならば、語れないことがあるのは当然。私達の目の前で装備を解いたのは、こちらを一応信用するという意思表示のようですよ」
シナ先生はニッコリと土井先生に笑顔を向ける。
「やはり先生はお気づきでしたか」
土井先生の眉間にシワが寄る。
「ひわというあの娘の話、あれは半ば我々に聞かせるためのものだと気付いた上で、様子を見たいんですね」
「あれで単なる怒気なんだから、末恐ろしい。監視をするにも護衛するにも人数を割ける忍たまの方がいいというところですか」
小林先生も苦笑混じりに納得の頷きを返した。
この場での会合など、決定権はない。けれど、学園長はきっと同じことを決めているだろう、と土井先生は胃の腑の辺りを手で押さえた。
もう一人が目を覚ましたとき、保健室にいたのは三反田一人だった。
勿論、ひなは変わらず寝台に臥していたが、深い眠りの底にあるようだった。
「あっ!気が付いたんだね!」
「生き……てる……?」
嬉々として枕元に近づく三反田の声が聞こえないように、彼女は茫洋とした表情で呟いた。
三反田はそれに気を留めることなく、動いたことで彼女の額からずり落ちた手ぬぐいを拾い上げる。
「ひなちゃんの話聞いたけど、地割れから学園の上にワープしたんでしょ? 大きな怪我はなかったけど、ひわさんなかなか気が付かないから心配してたんだ」
じゃぶじゃぶ、手ぬぐいを冷水に浸して絞り上げる。三反田が喋っている間、彼女は手を眼前に伸ばし、握ったり開いたりを繰り返した。
「……ひな?」
それからこぼれ落ちた名は何故か困惑を含んで、三反田は冷たい手ぬぐいを彼女の額に戻してやりながら、そっと身体をずらして反対で眠るひなの姿を見せた。
「ひな──?!」
「ひなちゃんは眠ってるだけだよ」
「ひな……ういう……こと……?」
ひなの姿は目に入っただろうに、彼女はかえって探るように辺りに目を走らせる。ここにいたのが善法寺であれば、それがひなと同じ反応だと気付いただろう。けれどひなの目覚めたときにはバサラ者という言葉に気を取られていた三反田は、単純に高熱の名残の不安と片付けてしまった。
「二人は僕達が鍛練してる校庭に落っこちて来たんだよ。ひなちゃんから事情を聞いて、学園で養生してもらうことになったんだ」
「……そ、う」
「──?!」
彼女は睫を伏せた。
普通の体勢ならば悲しみを堪えでもしているように見えたかも知れない。けれど、寝台で仰向けになっている今は、冷たく座った彼女の瞳が隠されることなく三反田の目に映る。
──お、怒ってる?!
三反田は冷汗が噴き出すのを感じた。普段怒らない善法寺や立花を怒らせた時のような冷気。相手は病人なのに、三反田は身動きできなくなる。
「……ひな。本当は起きてるでしょ」
「え?」
呪縛が解けたのは、彼女が目を閉じてゆっくり息を吐きだした後。思いもかけない呼び掛けにきょとんとして、三反田は背後を振り返った。
「今起きたばかりだよ」
「ええーっ?!」
それにしてはぱっちり開いたひなの両目。
驚いた声をあげる三反田に、ひなは少し困ったように笑って言った。
「多分どなたか先生にお知らせした方がいいんじゃない?」
「あ……うん」
体よく三反田を追い払ったひなは、するりと寝台を抜け出した。
「飛鳥さん!」
「待って、今の状況どうなってるか──」
「全部はわからない……けど、多分あの世界の過去に来たんだと思うの」
「過去?」
眉をひそめるもう一人は、額の上から手ぬぐいを取り上げて上体を起こした。
しゃらん、と首飾りが涼やかな音を立てる。物いいたげな視線が胸元に下りたが、彼女はすぐにひなを向いた。
ひなはコクリと頷く。
「出立する前に髪を整えてくれた人が、あたし達同様若返って当たり前に生徒をしてた──いくらあたしでも顔も名前も覚えてる政宗さんお気に入りの部下の人」
「それで?」
「バサラ者をみんな知ってる。だけど知ってると言っても都市伝説みたいな、属性装飾がどんなものかも良く知らないレベル。バサラ者が活躍始めてそんなにたってないみたい」
「それで、コレ」
彼女は着物の衿を摘んだ。
赤い着物は寝崩れてよれていたが、転落したその時から変わらない重ねのままだ。
「……それで、「ひな」と「ひわ」ね」
ひなはまた頷いた。
「悪い人達じゃないと思うけど、忍びの学校で今あたし達の名前がバサラ者として広まったら、ややこしいことになりそうだから」
「了解。伊達の髪結いがいるってことは、ここは奥州?」
「それが……」
聞かれたひなの顔が曇る。「飛鳥」と呼ばれた「ひわ」は、片手に弄んでいた手ぬぐいを水桶に放り込んだ。
ひなは眉を八の字に下げつつ、自分の転落した状況と現在地を説明する。
「いつきちゃんが落ちなかったのは、良かった。けど、播磨や但馬に近い、政治的緩衝地帯……?」
「小競り合いはあるけど、内部で割と完結してるって。飛鳥さんいつか言ってたじゃない? バサラ屋の拠点ももしかしたらこういうところにできたんじゃないかって」
「だけどここの連中はバサラ者に関して無知……過去、だからか…………そうか」
「飛鳥さん?」
「私が地割れに呑まれたのは、「ここ」に来る途中だったみたいだ」
彼女は言いながら、身につけていた属性装飾を一つ一つ外しはじめた。ひなは慌てて問う。
「え、どういう?!」
「瀬戸内や常陸方面から、復活した魔王軍が緩衝地帯への進軍を画策しているって情報が入ってね、表向きな理由が十分作れるアイツと私が緩衝地帯側の代表勢力に会いに行くことになっていたんだ」
「それがホントなら、いくらなんでも二人じゃ危険じゃない!」
「いつきちゃんと二人で津軽潜入した日向さんには言われたくな──」
彼女は口を閉ざして額を押さえた。
「いつきちゃんが同行者? あいつら絶対早まりそうだ……」
「そんなこと……! ナイデスヨ、多分」
口では否定するが、ひなの顔は青ざめている。指摘した側はなお難しい顔で、
「結果的にこっちが軍を動かさなかったのは正解だけど、パピヨンがなぁ……四郎様や筧さん達に期待するしかないか」
「それで、飛鳥さん達の名分て?」
「……アイツの恩師に、報告」
「──何がなんでも、元に戻って、帰らなきゃ、ね」
答えを聞いたひなは、神妙に呟く。属性装飾をすべて外し終えて、もう一人は沈んだ瞳を瞼に隠した。
「そう。もう一度十代から十年近くもやり直すつもりはない。還る方法を見つけるまで、例え二人だけの時でも、ひわとひなと呼び合った方がいい。飛鳥も日向も、あの場所で生きるべき名前なんだから」
天井裏に潜んでいた四條畷先生達は、目を見交わすと音も立てずにその場を離れた。
「先生、今の話どう思われますか?」
声に出すのは、別棟の屋根まで移動してから。問われたシナ先生は今も若い姿で、流麗な眉を寄せて応じる。
「あの子達、くのいち教室に来てほしいくらいだけれど、そうも行かないみたいね」
「シナ先生?!」
ずっこけたのは小林先生と土井先生だ。四條畷先生は確かに、と頷いて、
「怒気で冷静さを失わせ、虚を突き悟らせず数馬を追い払ったあの怒車の術は見事でした」
「そういうことを論じている場合ではないでしょう。あの二人が信頼に値するかどうか──ひなという娘、学園長に嘘をついていたわけですよね」
「あの子達が信頼に値するかどうかなんて、今すぐ決める必要はないでしょう。潜入調査に出た者ならば、語れないことがあるのは当然。私達の目の前で装備を解いたのは、こちらを一応信用するという意思表示のようですよ」
シナ先生はニッコリと土井先生に笑顔を向ける。
「やはり先生はお気づきでしたか」
土井先生の眉間にシワが寄る。
「ひわというあの娘の話、あれは半ば我々に聞かせるためのものだと気付いた上で、様子を見たいんですね」
「あれで単なる怒気なんだから、末恐ろしい。監視をするにも護衛するにも人数を割ける忍たまの方がいいというところですか」
小林先生も苦笑混じりに納得の頷きを返した。
この場での会合など、決定権はない。けれど、学園長はきっと同じことを決めているだろう、と土井先生は胃の腑の辺りを手で押さえた。
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