管理サイトの更新履歴と思いつきネタや覚書の倉庫。一応サイト分けているのに更新履歴はひとまとめというざっくり感。
本棟:https://hazzywood.hanagasumi.net/
香月亭:https://shashanglouge.web.fc2.com/
〓 Admin 〓
「じゃ、今日からここがあんた達二人の寝所だよ」
「「ありがとうございます」」
事務のおばちゃんに案内されたのは、長屋の隅の一部屋だった。
思い立ったら即実行の学園長は、すぐに二人が過ごすための手筈を食満に整えさせた。手筈といっても、具体的に彼がしたのは先生方と事務方への伝令だが。
長屋は職員長屋の一角……ではなくて、空きのある五年生長屋の一角。
簡単に誰かが片付けたようだが不十分で埃っぽいそこを、ひなとひわは丁寧テキパキと掃除する。
かと思っていると、
「…………ひわさん、お願い」
「わかった──はなれて」
ひなの呼びかけに応じたひわが、鉄扇を取り出して部屋の中央に立った。
「────はぁっ!」
「うわあっ!」
びゅん、と吹いた風が巻き上げた埃ごと室外に飛び出すのと、誰かの悲鳴が重なった。
ひなとひわは目を交わして、そのまま部屋の手入れを続行する。
「ひなさんそっち持って」
「うん、いくよ」
「「せーの」」
「ちょっとちょっと待ってお二人さん!」
ついたてを動かそうと両端を持ったところで、青の忍び装束に身を包んだ少年達が飛び込んで来る。そのうち一人だけがやたらと埃っぽい。
「……」
「ぎゃあっ」
ひわはその一人目掛けて叩きを放り投げた。
埃を払って注意の逸れた横っ面に、それは見事にぶち当たる。
「「ハチ!」」
「いきなり何しやがる!」
友の身を案じて叫ぶ者、その場に足を止めて文句を言う者、涙目で起き上がる者。
「くーっははははっ!」
それから、腹を押さえて大声で笑う者。
それぞれの反応を見せた少年達に、ひなとひわはついたての移動を中断して入口に顔を向けた。
「掃除中、に…………」
ひわの言葉が途中で切れる。埃っぽい少年と彼を助け起こす少年達のいずれかを見て、彼女の無表情が固まった。
「うん?」
それに気付いた少年が眉を寄せる。
「掃除中にずかずか入り込まないで下さい」
ひわが言うはずの言葉はひなが代わりに告げた。
応じるのは、まだ笑いが引かない一番手前の少年。
「だったら周りにゴミ巻き散らかさないでくれる?」
「巻き散らかしてはいないでしょう」
ひなが言い返すと、彼は後ろを振り返り、
「じゃ、訂正。ゴミやものを人にぶつけるのはやめてくれる? びっくりするからさー」
「三郎! そういう問題じゃ……」
「女性の部屋をこそこそ伺ってるような男は、ゴミとして排除するよう言われています」
「ゴミとして排除、ね……なかなか過激なきょーいくほーしん」
埃っぽい少年を助け起こしていた黒髪の少年は苦笑い。その反対側で友人の埃を払う、茶髪で大きな鼻が特徴の少年は、対処に困ったように顔を引き攣らせている。
その間にひわは復活したらしい。面倒そうに取り出した鉄扇で、三人の少年の辺りへ一仰ぎ──ひゅん。
「「「うわあっ!」」」
三人は揃って顔をかばったので、少年達のうち、起きた出来事を見られたのは手前の二人だけだった。
通り道にいたくせっ毛の黒髪の少年にはそよ風が通り抜けた程度。それが三人に当たる瞬間威力を増して、目に見える空気の渦に化けた。速度がつけば鎌鼬のような現象も引き起こせるだろう。
ただし今はそれには至らず、少年達の髪を巻き上げてそこに入り込んだ埃や塵を吹き飛ばすに留まった。
「なん……だぁ?」
くせっ毛(黒)の少年は目をぱちくりさせる。先頭の少年──双子のように茶髪の少年と似た顔をしている──はクシャリと顔を歪め、嫌そうに呟く。
「バサラ者はバサラ者でも、よりによって風属性なんてね」
「バサラっ?! じゃあ今のがバサラ技?」
「多分ね。俺も近くで見るのは初めてだ」
「バサラ者ってのは本当だったんだな。なあ、こっそり伺うんじゃなきゃ入っても良いだろ? 掃除手伝ってやるよ」
くせっ毛(黒)の少年は最初の怒りはどこへやら、興味津々でひわに尋ねた。
腕まくりして、早くも上がり込む勢いだ。
「別にまだ何もないから構わないけど、先に名前くらい名乗るべきじゃないの?」
「おっと、悪い。俺は五年い組久々知兵助、こっちはろ組の鉢屋三郎。この長屋は俺達五年生の使ってる長屋なんだ、よろしくな」
「私はひわ、こっちはひな。呼び間違いは厳禁でよろしく」
勝手にそばの友人まで紹介する兵助に倣って、ひわも二人分まとめての紹介をした。愛想はないが、兵助は気にせずニコニコ「おう」と相槌を打った。
それからひわは三郎に目を転じる。
「他の風属性と私は違う。あんたの主君筋とは知るかぎり繋がらない──気にしなくていい、むしろ気にするな?」
「何のことかなー? なんて。ひわ姐さんホントに昼まで倒れてた人?」
「そうね、ひわさん病み上がりなんだから、三郎君、絡む暇あったらさっさと兵助君と手伝ってくれないかな?」
探りを入れる三郎を、真顔のひなが遮る。
兵助はと言うと、早速彼女達が動かそうとしていたついたてをずらして、鼻歌混じりに床を拭いている。
「兵助っ!」
「早く片付いた方時間も取れるだろ? 三郎も手伝えよ」
なかなかに良い笑顔である。
三郎は肩を落として、ひなから雑巾を受け取った。
「ってこらーっ!」
「こっち放置してそりゃないだろ!」
「三郎~、兵助~!」
怒鳴るのは当然、室外の三人だ。面倒そうな顔を露骨に、何かを手にしたひわが外へ出る。
三郎はそれを横目に、床掃除を始めた。
「「「!」」」
三人が動かないのには訳があった。その理由で以て身を寄せた三人は、下りて来るひわに今度は何をされるのかと身構える。
けれど。
「動かないで」
「へっ?」
黒髪の少年の脇にしゃがみ込んだひわは、彼のその長い髪に手をかけて丁寧に梳きはじめた。
彼の黒髪と、隣の少年のくせっ毛が、ひわの手の中で綺麗に解けていく。少年達はチラチラとひわの顔を盗み見た。
赤く染まる頬、伏せられた睫。保健室で彼女が伏せっている間に見る機会のあった者も、角度と距離の違いにどぎまぎしてしまう。
「……立って。もう解けた」
「え? あ、りがと」
近くで聞く彼女の声は少しかすれていて、短く告げられた意味を理解した少年は戸惑いがちに礼を言った。
視界の隅で彼女の指先からすり抜けて行く己の髪。それが逆であったらまだ様になったのにと苦笑する。少年はその笑顔のままに、
「俺はい組の尾浜勘右衛門。何か手伝えることがあったら教えてね」
人のよさをアピールした。
ひわはコクリ頷き、すぐに隣のくせっ毛の少年の後ろに回る。
「……あはははは」
無視はされないが素っ気ない対応は少年のナイーブな心を傷つけたようだ。乾いた笑い声を上げて立ち上がった勘右衛門は、足元の叩きを拾い、
「三郎ーこれ片付けてー」
「……もう少しぐらい愛想良くしても罰は当たらんだろうに」
「ハチ!」
茶髪の少年がくせっ毛の少年を宥める。それから横目に、真剣により複雑に絡み合う自分達の髪を解くひわを伺い見た。
「…………何?」
「絡まって大変でしょ? ちょっと位切っちゃっても良いよ」
「平気──こっちがやりすぎたことだし」
「あはは、確かにビックリしたけどね」
茶髪の少年は笑った後、不思議そうに首を傾げる。その表情が見えるくせっ毛の少年は、逆に眉間にシワを寄せて不機嫌さを増していった。
「雷蔵……」
「?」
「何一人だけ和んでんだよ!」
「あ!」
「いてぇ!」
茶髪の少年を振り向こうとしたくせっ毛の少年は、涙目になって頭を押さえた。
「ハチ……」
「大丈夫、抜けてはいないから」
「て、慰めになってねえ!」
些かピントのズレたひわのフォローに、くせっ毛の少年は腹の底からツッコミする。ひわは淡々とそれを流した。
「もう少しで梳き終わるから、じっとしてて」
「頼むぜ全く……」
茶髪の少年は不思議なものを見る目で友人を見た。けれど声にだしては何も言わず、ひなの指揮の下清掃と居住空間の整備に勤しむ他の三人へ視線を転じた。
嫌ならば、後は自分で髪を梳かせば良いだけなのに、流れに逆らえずひわに従っている友人と、大人しく順番を待つ意味がないことを故意に無視している自分と。視線は室内を向いていても、彼が考えているのはそんなことだ。
「これでいいでしょ。もともとへにょい髪だし」
「酷っ!」
「はい、次」
「え?」
とん、とくすんだ色のくせっ毛が押し出されて、茶髪の少年は目を瞬かせる。友人が傾いだ分空いたスペースに肩を滑り込ませて、ひわが彼の髪を整えはじめる。
自分の番が来て初めて感じるむず痒さ。この距離に迫るのが同性ではなく同じ年頃の異性であるというだけで、照れ臭さが段違いなのは何故だろう。
「そういえば」
「え?」
ボソリと少年の耳元で、ひわ。横目に彼女を見れば、朱い頬に手元を一心に見つめる瞳が艶めかしく思え、慌てて余所へと視線を転じる。斜め前にしゃがみ込んだ友人が、ニヤリと彼を見返す。
二人の攻防には構わず、ひわは髪を梳く手を進めながらゆっくり口を開く。
「二人の名前は、まだ、聞いていない」
意地悪い笑みを浮かべていたくせっ毛の少年はキョトンとして、それから三郎達の方を向いてぼそぼそ答えた。
「竹谷八左ヱ門」
「…………そう」
ひわは随分相槌をためた。その間に櫛を進めて、もう反対側を梳きにかかっている。
「何だよ、その間は」
「べつに」
「あーもうハチ、喧嘩腰いい加減やめろってば」
最後の少年は八左ヱ門が言い返す前に遮った。
身を乗り出しては先程の彼の二の舞になるのだが。
つん、と髪を引かれる感覚でそれに気づき、少年はすぐ元の体勢に戻る。ざまあみろと言いたげに笑った八左ヱ門は、彼が大して痛がりもしなかったので舌打ちした。
「ハチ~!」
少年は恨みがましく友人を呼んだ。八左ヱ門は舌を出してそっぽを向く。
「さっきのお返しだろ」
「全く!」
「……」
「あ、ごめん。僕は不破雷蔵。三郎やハチと同じろ組だよ」
「…………」
「ひわさん?」
いつの間にかひわの手が止まっていた。
雷蔵は不思議に思って彼女を呼び、八左ヱ門も何かに気付いて腰を浮かせた。
──ぽすん。
「え?」
雷蔵の左肩にかかる重み。ひわの手からこぼれ落ちた櫛を、八左ヱ門が地面に着く前にキャッチする。
ひわの頭はそのままずるりと雷蔵の肩を滑り落ちる。
「ええっ?」
わたわた腕を出した雷蔵の脇から、八左ヱ門はひわの手首を掴んだ。
「──脈に異常はねえな」
「でもすごい熱だよ! 保健室っ! 保健委員、善法寺せんぱいぃっ?!」
ぐい、と手を掴まれた雷蔵は声を裏返らせた。掴んだのは半ば彼に抱えられたひわ。雷蔵の腕の中からうっすら目を開けて、小さく首を振る。
「無駄」
「無駄って!」
「部屋で休む方がいい?」
「え?」
横から声をかけて来たのはひなだ。質の良い着物が汚れるのも厭わず、膝をついて、雷蔵に支えられるひわを見ている。
少しだけ、ひわの表情が緩んだ。ひなはコクリとひわに頷いて、雷蔵を正面から見ること暫し──
「そこまで運んでもらえますか? 部屋の準備は終わりましたから」
首を巡らすと、兵助と勘右衛門がひらひらと手を振った。三郎の姿はない。
雷蔵はそれでも顔を曇らせて、
「先生に診てもらった方が良いんじゃない?」
「本人達がいーってんだからいーんじゃね?」
「ハチ!」
「不運委員がバタバタしてる中で休めるか?」
櫛を片手に弄びながら、八左ヱ門の指摘はある意味冷静だ。
「う、それは……でも、うーん…………」
正当性を認められる分判断に迷って、雷蔵はその場に固まってしまった。先に戻ったひなが、何をしているのかと振り返る。彼女は彼の迷い癖を知らない。
八左ヱ門は、櫛を懐に放り込んで足を踏み出す。
「あーめんどくせえ! 俺が運んだる!」
「あ」
強引にひわを抱え上げた八左ヱ門が、ずかずかとひなの許へ歩いていく数歩を、雷蔵は何も言えずに見送った。
八左ヱ門に持っていかれるギリギリまで、雷蔵の手を掴んでいたひわの右手──
「信頼を裏切ってしまったような、心にぽっかりと穴が空いたような青い春の出来事だった」
びくぅっ!
雷蔵は斜めに跳び下がった。
「三郎っ! 変な脚色やめてよね!」
声のした場所に親友の姿を認めた雷蔵は、顔を赤くして叱り付ける。くすくす笑った三郎は、ぽふぽふ雷蔵の髪を触って、
「よし、だいたい同じ感じ」
「そこまでこだわるの?」
「新野先生に普通のご飯で良いか確認してきたんだ。ここはあいつらに任せて飯の支度にいこうぜ」
「三郎?」
何を企んでいるかと些か疑わしげな雷蔵。三郎はただ「いーからいーから」と笑顔で雷蔵の腕を引く。雷蔵は溜息をついて、
「ちょっと行ってくるね」
と室内の四人に声をかけた。
「「ありがとうございます」」
事務のおばちゃんに案内されたのは、長屋の隅の一部屋だった。
思い立ったら即実行の学園長は、すぐに二人が過ごすための手筈を食満に整えさせた。手筈といっても、具体的に彼がしたのは先生方と事務方への伝令だが。
長屋は職員長屋の一角……ではなくて、空きのある五年生長屋の一角。
簡単に誰かが片付けたようだが不十分で埃っぽいそこを、ひなとひわは丁寧テキパキと掃除する。
かと思っていると、
「…………ひわさん、お願い」
「わかった──はなれて」
ひなの呼びかけに応じたひわが、鉄扇を取り出して部屋の中央に立った。
「────はぁっ!」
「うわあっ!」
びゅん、と吹いた風が巻き上げた埃ごと室外に飛び出すのと、誰かの悲鳴が重なった。
ひなとひわは目を交わして、そのまま部屋の手入れを続行する。
「ひなさんそっち持って」
「うん、いくよ」
「「せーの」」
「ちょっとちょっと待ってお二人さん!」
ついたてを動かそうと両端を持ったところで、青の忍び装束に身を包んだ少年達が飛び込んで来る。そのうち一人だけがやたらと埃っぽい。
「……」
「ぎゃあっ」
ひわはその一人目掛けて叩きを放り投げた。
埃を払って注意の逸れた横っ面に、それは見事にぶち当たる。
「「ハチ!」」
「いきなり何しやがる!」
友の身を案じて叫ぶ者、その場に足を止めて文句を言う者、涙目で起き上がる者。
「くーっははははっ!」
それから、腹を押さえて大声で笑う者。
それぞれの反応を見せた少年達に、ひなとひわはついたての移動を中断して入口に顔を向けた。
「掃除中、に…………」
ひわの言葉が途中で切れる。埃っぽい少年と彼を助け起こす少年達のいずれかを見て、彼女の無表情が固まった。
「うん?」
それに気付いた少年が眉を寄せる。
「掃除中にずかずか入り込まないで下さい」
ひわが言うはずの言葉はひなが代わりに告げた。
応じるのは、まだ笑いが引かない一番手前の少年。
「だったら周りにゴミ巻き散らかさないでくれる?」
「巻き散らかしてはいないでしょう」
ひなが言い返すと、彼は後ろを振り返り、
「じゃ、訂正。ゴミやものを人にぶつけるのはやめてくれる? びっくりするからさー」
「三郎! そういう問題じゃ……」
「女性の部屋をこそこそ伺ってるような男は、ゴミとして排除するよう言われています」
「ゴミとして排除、ね……なかなか過激なきょーいくほーしん」
埃っぽい少年を助け起こしていた黒髪の少年は苦笑い。その反対側で友人の埃を払う、茶髪で大きな鼻が特徴の少年は、対処に困ったように顔を引き攣らせている。
その間にひわは復活したらしい。面倒そうに取り出した鉄扇で、三人の少年の辺りへ一仰ぎ──ひゅん。
「「「うわあっ!」」」
三人は揃って顔をかばったので、少年達のうち、起きた出来事を見られたのは手前の二人だけだった。
通り道にいたくせっ毛の黒髪の少年にはそよ風が通り抜けた程度。それが三人に当たる瞬間威力を増して、目に見える空気の渦に化けた。速度がつけば鎌鼬のような現象も引き起こせるだろう。
ただし今はそれには至らず、少年達の髪を巻き上げてそこに入り込んだ埃や塵を吹き飛ばすに留まった。
「なん……だぁ?」
くせっ毛(黒)の少年は目をぱちくりさせる。先頭の少年──双子のように茶髪の少年と似た顔をしている──はクシャリと顔を歪め、嫌そうに呟く。
「バサラ者はバサラ者でも、よりによって風属性なんてね」
「バサラっ?! じゃあ今のがバサラ技?」
「多分ね。俺も近くで見るのは初めてだ」
「バサラ者ってのは本当だったんだな。なあ、こっそり伺うんじゃなきゃ入っても良いだろ? 掃除手伝ってやるよ」
くせっ毛(黒)の少年は最初の怒りはどこへやら、興味津々でひわに尋ねた。
腕まくりして、早くも上がり込む勢いだ。
「別にまだ何もないから構わないけど、先に名前くらい名乗るべきじゃないの?」
「おっと、悪い。俺は五年い組久々知兵助、こっちはろ組の鉢屋三郎。この長屋は俺達五年生の使ってる長屋なんだ、よろしくな」
「私はひわ、こっちはひな。呼び間違いは厳禁でよろしく」
勝手にそばの友人まで紹介する兵助に倣って、ひわも二人分まとめての紹介をした。愛想はないが、兵助は気にせずニコニコ「おう」と相槌を打った。
それからひわは三郎に目を転じる。
「他の風属性と私は違う。あんたの主君筋とは知るかぎり繋がらない──気にしなくていい、むしろ気にするな?」
「何のことかなー? なんて。ひわ姐さんホントに昼まで倒れてた人?」
「そうね、ひわさん病み上がりなんだから、三郎君、絡む暇あったらさっさと兵助君と手伝ってくれないかな?」
探りを入れる三郎を、真顔のひなが遮る。
兵助はと言うと、早速彼女達が動かそうとしていたついたてをずらして、鼻歌混じりに床を拭いている。
「兵助っ!」
「早く片付いた方時間も取れるだろ? 三郎も手伝えよ」
なかなかに良い笑顔である。
三郎は肩を落として、ひなから雑巾を受け取った。
「ってこらーっ!」
「こっち放置してそりゃないだろ!」
「三郎~、兵助~!」
怒鳴るのは当然、室外の三人だ。面倒そうな顔を露骨に、何かを手にしたひわが外へ出る。
三郎はそれを横目に、床掃除を始めた。
「「「!」」」
三人が動かないのには訳があった。その理由で以て身を寄せた三人は、下りて来るひわに今度は何をされるのかと身構える。
けれど。
「動かないで」
「へっ?」
黒髪の少年の脇にしゃがみ込んだひわは、彼のその長い髪に手をかけて丁寧に梳きはじめた。
彼の黒髪と、隣の少年のくせっ毛が、ひわの手の中で綺麗に解けていく。少年達はチラチラとひわの顔を盗み見た。
赤く染まる頬、伏せられた睫。保健室で彼女が伏せっている間に見る機会のあった者も、角度と距離の違いにどぎまぎしてしまう。
「……立って。もう解けた」
「え? あ、りがと」
近くで聞く彼女の声は少しかすれていて、短く告げられた意味を理解した少年は戸惑いがちに礼を言った。
視界の隅で彼女の指先からすり抜けて行く己の髪。それが逆であったらまだ様になったのにと苦笑する。少年はその笑顔のままに、
「俺はい組の尾浜勘右衛門。何か手伝えることがあったら教えてね」
人のよさをアピールした。
ひわはコクリ頷き、すぐに隣のくせっ毛の少年の後ろに回る。
「……あはははは」
無視はされないが素っ気ない対応は少年のナイーブな心を傷つけたようだ。乾いた笑い声を上げて立ち上がった勘右衛門は、足元の叩きを拾い、
「三郎ーこれ片付けてー」
「……もう少しぐらい愛想良くしても罰は当たらんだろうに」
「ハチ!」
茶髪の少年がくせっ毛の少年を宥める。それから横目に、真剣により複雑に絡み合う自分達の髪を解くひわを伺い見た。
「…………何?」
「絡まって大変でしょ? ちょっと位切っちゃっても良いよ」
「平気──こっちがやりすぎたことだし」
「あはは、確かにビックリしたけどね」
茶髪の少年は笑った後、不思議そうに首を傾げる。その表情が見えるくせっ毛の少年は、逆に眉間にシワを寄せて不機嫌さを増していった。
「雷蔵……」
「?」
「何一人だけ和んでんだよ!」
「あ!」
「いてぇ!」
茶髪の少年を振り向こうとしたくせっ毛の少年は、涙目になって頭を押さえた。
「ハチ……」
「大丈夫、抜けてはいないから」
「て、慰めになってねえ!」
些かピントのズレたひわのフォローに、くせっ毛の少年は腹の底からツッコミする。ひわは淡々とそれを流した。
「もう少しで梳き終わるから、じっとしてて」
「頼むぜ全く……」
茶髪の少年は不思議なものを見る目で友人を見た。けれど声にだしては何も言わず、ひなの指揮の下清掃と居住空間の整備に勤しむ他の三人へ視線を転じた。
嫌ならば、後は自分で髪を梳かせば良いだけなのに、流れに逆らえずひわに従っている友人と、大人しく順番を待つ意味がないことを故意に無視している自分と。視線は室内を向いていても、彼が考えているのはそんなことだ。
「これでいいでしょ。もともとへにょい髪だし」
「酷っ!」
「はい、次」
「え?」
とん、とくすんだ色のくせっ毛が押し出されて、茶髪の少年は目を瞬かせる。友人が傾いだ分空いたスペースに肩を滑り込ませて、ひわが彼の髪を整えはじめる。
自分の番が来て初めて感じるむず痒さ。この距離に迫るのが同性ではなく同じ年頃の異性であるというだけで、照れ臭さが段違いなのは何故だろう。
「そういえば」
「え?」
ボソリと少年の耳元で、ひわ。横目に彼女を見れば、朱い頬に手元を一心に見つめる瞳が艶めかしく思え、慌てて余所へと視線を転じる。斜め前にしゃがみ込んだ友人が、ニヤリと彼を見返す。
二人の攻防には構わず、ひわは髪を梳く手を進めながらゆっくり口を開く。
「二人の名前は、まだ、聞いていない」
意地悪い笑みを浮かべていたくせっ毛の少年はキョトンとして、それから三郎達の方を向いてぼそぼそ答えた。
「竹谷八左ヱ門」
「…………そう」
ひわは随分相槌をためた。その間に櫛を進めて、もう反対側を梳きにかかっている。
「何だよ、その間は」
「べつに」
「あーもうハチ、喧嘩腰いい加減やめろってば」
最後の少年は八左ヱ門が言い返す前に遮った。
身を乗り出しては先程の彼の二の舞になるのだが。
つん、と髪を引かれる感覚でそれに気づき、少年はすぐ元の体勢に戻る。ざまあみろと言いたげに笑った八左ヱ門は、彼が大して痛がりもしなかったので舌打ちした。
「ハチ~!」
少年は恨みがましく友人を呼んだ。八左ヱ門は舌を出してそっぽを向く。
「さっきのお返しだろ」
「全く!」
「……」
「あ、ごめん。僕は不破雷蔵。三郎やハチと同じろ組だよ」
「…………」
「ひわさん?」
いつの間にかひわの手が止まっていた。
雷蔵は不思議に思って彼女を呼び、八左ヱ門も何かに気付いて腰を浮かせた。
──ぽすん。
「え?」
雷蔵の左肩にかかる重み。ひわの手からこぼれ落ちた櫛を、八左ヱ門が地面に着く前にキャッチする。
ひわの頭はそのままずるりと雷蔵の肩を滑り落ちる。
「ええっ?」
わたわた腕を出した雷蔵の脇から、八左ヱ門はひわの手首を掴んだ。
「──脈に異常はねえな」
「でもすごい熱だよ! 保健室っ! 保健委員、善法寺せんぱいぃっ?!」
ぐい、と手を掴まれた雷蔵は声を裏返らせた。掴んだのは半ば彼に抱えられたひわ。雷蔵の腕の中からうっすら目を開けて、小さく首を振る。
「無駄」
「無駄って!」
「部屋で休む方がいい?」
「え?」
横から声をかけて来たのはひなだ。質の良い着物が汚れるのも厭わず、膝をついて、雷蔵に支えられるひわを見ている。
少しだけ、ひわの表情が緩んだ。ひなはコクリとひわに頷いて、雷蔵を正面から見ること暫し──
「そこまで運んでもらえますか? 部屋の準備は終わりましたから」
首を巡らすと、兵助と勘右衛門がひらひらと手を振った。三郎の姿はない。
雷蔵はそれでも顔を曇らせて、
「先生に診てもらった方が良いんじゃない?」
「本人達がいーってんだからいーんじゃね?」
「ハチ!」
「不運委員がバタバタしてる中で休めるか?」
櫛を片手に弄びながら、八左ヱ門の指摘はある意味冷静だ。
「う、それは……でも、うーん…………」
正当性を認められる分判断に迷って、雷蔵はその場に固まってしまった。先に戻ったひなが、何をしているのかと振り返る。彼女は彼の迷い癖を知らない。
八左ヱ門は、櫛を懐に放り込んで足を踏み出す。
「あーめんどくせえ! 俺が運んだる!」
「あ」
強引にひわを抱え上げた八左ヱ門が、ずかずかとひなの許へ歩いていく数歩を、雷蔵は何も言えずに見送った。
八左ヱ門に持っていかれるギリギリまで、雷蔵の手を掴んでいたひわの右手──
「信頼を裏切ってしまったような、心にぽっかりと穴が空いたような青い春の出来事だった」
びくぅっ!
雷蔵は斜めに跳び下がった。
「三郎っ! 変な脚色やめてよね!」
声のした場所に親友の姿を認めた雷蔵は、顔を赤くして叱り付ける。くすくす笑った三郎は、ぽふぽふ雷蔵の髪を触って、
「よし、だいたい同じ感じ」
「そこまでこだわるの?」
「新野先生に普通のご飯で良いか確認してきたんだ。ここはあいつらに任せて飯の支度にいこうぜ」
「三郎?」
何を企んでいるかと些か疑わしげな雷蔵。三郎はただ「いーからいーから」と笑顔で雷蔵の腕を引く。雷蔵は溜息をついて、
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