管理サイトの更新履歴と思いつきネタや覚書の倉庫。一応サイト分けているのに更新履歴はひとまとめというざっくり感。
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抜けるような青空だ。
人がこぼれ落ちそうな歪みなどまるで見えない蒼穹を、善法寺はじっと睨みあげる。
保健室で眠る二人の現れた所。
あの後彼女らは、学園長の計らいでひわの回復まで引き続き保健室預かりとなった。今は新野先生と三反田がついている。彼は最低限各委員長には共有が必要だろう、と他の委員会の活動場所に向かおうとしているところだった。
「……何をやっているんだ、お前は」
不意に視界の青が遮られ、すっきりとしたシルエットが善法寺に呼び掛けた。
善法寺はへにゃりとした笑みで友人を見上げる。
「やあ、仙蔵、さっきぶり」
「足をくじいているのを忘れて外に出たな」
「あー、うん」
差し出された手に掴まって、嵌まっていた蛸壷からはい上がる。
仙蔵は細身でも、引き上げる力への不安はない。
「ありがとう、助かったよ」
パタパタと汚れを叩きながら礼を言う善法寺を、立花は呆れを隠さない冷たい目で見返した。
「お前が罠にかかるのは今更だけど、まさか開いたままの同じ蛸壷にはまることはないだろう」
「えっ?!」
言われて慌てて振り返ると、確かに。学園長を呼びに行こうとした時に善法寺が落ち込んだ蛸壷の場所だった。
目印を見落としたならまだしも、カモフラージュもされていない単なる縦穴に嵌まるのは不運とは言わない。ただの不注意だ。
善法寺は苦笑いして、それから肩を落とした。
「ごめん、考え事してた」
「「迎えはきっと来られない」か?」
「どうしてっ!」
善法寺はガバッと上体を起こした。弾みで捻った筋を刺激して、イテテと顔をしかめる。
立花は涼しい顔で応じる。
「聞いていたからな。喜八郎が珍しく興味を持ったようだし」
「て、もしかして喜八郎も?!」
「「ひな」は気付いていたぞ。喜八郎を睨んでいた」
「そんな、素人が気付いたのに気付かない僕って……」
「伊作はもう一人を看ていたからな」
「そんなの理由にならないよ」
善法寺は落ち込んだ。
救護に気を取られて室外の気配に気付かないようでは忍び失格だ。
立花はこっそり溜息をつくと、矛先を変えるように言葉を継いだ。
「あれだけ上質の着物と装身具を纏った娘を迎えに来られない状況に、心当たりはあるか」
「それはっ……言わせないで。そりゃ珍しい話ではないけどさ」
「陸奥は遠いからな」
「うん……ありがと、仙蔵」
善法寺は微笑んだ。
立花は肩を竦め、
「召集先は保健室で良いのか?」
「え? うん」
「文次郎には伝えといてやる。小平太は長次に言えば伝わるだろう」
ひらひらと手を振ると、善法寺の前から去って行った。
──確かに、生国が滅びれば捜索手配などしようにもないが……
浮かんだ疑念を語るのは、今ここである必要もない。
人がこぼれ落ちそうな歪みなどまるで見えない蒼穹を、善法寺はじっと睨みあげる。
保健室で眠る二人の現れた所。
あの後彼女らは、学園長の計らいでひわの回復まで引き続き保健室預かりとなった。今は新野先生と三反田がついている。彼は最低限各委員長には共有が必要だろう、と他の委員会の活動場所に向かおうとしているところだった。
「……何をやっているんだ、お前は」
不意に視界の青が遮られ、すっきりとしたシルエットが善法寺に呼び掛けた。
善法寺はへにゃりとした笑みで友人を見上げる。
「やあ、仙蔵、さっきぶり」
「足をくじいているのを忘れて外に出たな」
「あー、うん」
差し出された手に掴まって、嵌まっていた蛸壷からはい上がる。
仙蔵は細身でも、引き上げる力への不安はない。
「ありがとう、助かったよ」
パタパタと汚れを叩きながら礼を言う善法寺を、立花は呆れを隠さない冷たい目で見返した。
「お前が罠にかかるのは今更だけど、まさか開いたままの同じ蛸壷にはまることはないだろう」
「えっ?!」
言われて慌てて振り返ると、確かに。学園長を呼びに行こうとした時に善法寺が落ち込んだ蛸壷の場所だった。
目印を見落としたならまだしも、カモフラージュもされていない単なる縦穴に嵌まるのは不運とは言わない。ただの不注意だ。
善法寺は苦笑いして、それから肩を落とした。
「ごめん、考え事してた」
「「迎えはきっと来られない」か?」
「どうしてっ!」
善法寺はガバッと上体を起こした。弾みで捻った筋を刺激して、イテテと顔をしかめる。
立花は涼しい顔で応じる。
「聞いていたからな。喜八郎が珍しく興味を持ったようだし」
「て、もしかして喜八郎も?!」
「「ひな」は気付いていたぞ。喜八郎を睨んでいた」
「そんな、素人が気付いたのに気付かない僕って……」
「伊作はもう一人を看ていたからな」
「そんなの理由にならないよ」
善法寺は落ち込んだ。
救護に気を取られて室外の気配に気付かないようでは忍び失格だ。
立花はこっそり溜息をつくと、矛先を変えるように言葉を継いだ。
「あれだけ上質の着物と装身具を纏った娘を迎えに来られない状況に、心当たりはあるか」
「それはっ……言わせないで。そりゃ珍しい話ではないけどさ」
「陸奥は遠いからな」
「うん……ありがと、仙蔵」
善法寺は微笑んだ。
立花は肩を竦め、
「召集先は保健室で良いのか?」
「え? うん」
「文次郎には伝えといてやる。小平太は長次に言えば伝わるだろう」
ひらひらと手を振ると、善法寺の前から去って行った。
──確かに、生国が滅びれば捜索手配などしようにもないが……
浮かんだ疑念を語るのは、今ここである必要もない。
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「ひな」という少女が目を覚ましたという報告を上げたのは、綾部だった。正確には、伝えようと外に出て早々蛸壷と罠と塹壕に三連続で引っ掛かった保健委員長の代わりに、通りがかりの立花が遣わしただけだが。(善法寺は足をくじいたので、立花と保健室に逆戻りした)
「話はできそうかね?」
「さあ?」
「これこれ、娘が目を覚ましたと言ったのは御主じゃろう」
「……」
こてん、と首を傾げる綾部に、学園長は溜息をついた。
「……まあ、行ってみればわかることじゃしのう」
下がれ、というように手が振られたので、綾部は遠慮なく学園長の前を辞した。本当は作法室に向かう途中だったが、足を向けたのは保健室。授業の残り時間を 平と三年生の戯れを観察して過ごした綾部は、まだ落下物をきちんと見たことがない。起きて動いているなら見に行こうと単純に考えた。
「助けていただいてありがとうございます。あたくしはひな、こちらはひわ……とお呼び下さい」
学園長の来訪と聞くと、「ひな」は皆の制止も聞かず、寝床から起き上がって居住まいを正した。目覚めてすぐの彼女は、隣に寝かされた赤い着物の少女に 「あ……!」と声を上げて取り乱しかけたが、新野先生から熱はあるが大事ないと伝えられてどうにか気持ちを宥めたようだ。
今も、まだ辛いだろうにピンと背筋を伸ばし、まっすぐに学園長とむきあっている。自制心の強い子だと善法寺は関心した。
「ふむ、お主、如何にして学園に現れたか覚えているかのう?」
既に学園長は名乗り終えている。忍術学園と聞いた瞬間の反応を皆注視していたが、ひなはきょとんとも怪訝とも言える様子で、曖昧に「はあ」と頷くばかりだった。
「何故こうなったのかはあたくしにはわかりません。あたくしが覚えているのは、地割れに足を取られて落ちて行く感覚ばかりでしたから」
「お主らは学園の校庭に降って来たのじゃ。まさに落ちて来たわけじゃな。しかし、凧を見た者もおらんしのう」
「たこ、ですか?」
「そうぢゃ、校庭のど真ん中に落ちて来るなら、凧かカタパルトぐらいじゃろう」
「カタ……」
ひなは困惑の呈で繰り返す。学園長は顔色を変えずに「違うようじゃな」と呟いた。
その後も学園長とひなの問答は続き、居合わせた者は、彼女が相模よりも陸奥よりも更に北の辺境から、空間的な概念を捩曲げたかのようにこの地に落とされたのだと知った。
「ふむ……これはあれじゃな」
「あれ、とは?」
訳知り顔に頷く学園長を見る、ひなの目は真剣だ。
「誰かのぶち抜いた頁の穴から学園の校庭に転がり落ちたのぢゃ!」
「え……?」
真剣だったひなの目が、見事なまでに点になる。一方、彼女の体調を気にして見守っていた新野先生と、奥の寝台の「ひわ」を看ていた善法寺は、
「ああ、それならば辻褄が合いますね」
「足を踏み外したのはその破れ目だったということですね」
「あの……」
「どうぢゃ、ワシの完璧な推理は」
ついていけないひなをよそに、鼻高々な学園長。相槌を打った善法寺は、けれどすぐに眉を寄せる。
「原因がそれだとすると、少し厄介ですね」
「そうですねえ」
「あ……」
「校庭の真上の見えないところだなんて、仙蔵や作法委員の吹っ飛ぶシリーズでもきっと届かないですよ、送り返しようがない」
「まあそう急くこともあるまい。軍属のバサラ者ならばそのうち迎えが来るじゃろ」
しれっと応じた学園長の言葉に、ひなはハッとしたように肩を揺らした。
「迎えは……来ません。きっと、来れません」
痛みを堪えるような瞳は、物影から覗く紫色をじっと見つめていた。
「話はできそうかね?」
「さあ?」
「これこれ、娘が目を覚ましたと言ったのは御主じゃろう」
「……」
こてん、と首を傾げる綾部に、学園長は溜息をついた。
「……まあ、行ってみればわかることじゃしのう」
下がれ、というように手が振られたので、綾部は遠慮なく学園長の前を辞した。本当は作法室に向かう途中だったが、足を向けたのは保健室。授業の残り時間を 平と三年生の戯れを観察して過ごした綾部は、まだ落下物をきちんと見たことがない。起きて動いているなら見に行こうと単純に考えた。
「助けていただいてありがとうございます。あたくしはひな、こちらはひわ……とお呼び下さい」
学園長の来訪と聞くと、「ひな」は皆の制止も聞かず、寝床から起き上がって居住まいを正した。目覚めてすぐの彼女は、隣に寝かされた赤い着物の少女に 「あ……!」と声を上げて取り乱しかけたが、新野先生から熱はあるが大事ないと伝えられてどうにか気持ちを宥めたようだ。
今も、まだ辛いだろうにピンと背筋を伸ばし、まっすぐに学園長とむきあっている。自制心の強い子だと善法寺は関心した。
「ふむ、お主、如何にして学園に現れたか覚えているかのう?」
既に学園長は名乗り終えている。忍術学園と聞いた瞬間の反応を皆注視していたが、ひなはきょとんとも怪訝とも言える様子で、曖昧に「はあ」と頷くばかりだった。
「何故こうなったのかはあたくしにはわかりません。あたくしが覚えているのは、地割れに足を取られて落ちて行く感覚ばかりでしたから」
「お主らは学園の校庭に降って来たのじゃ。まさに落ちて来たわけじゃな。しかし、凧を見た者もおらんしのう」
「たこ、ですか?」
「そうぢゃ、校庭のど真ん中に落ちて来るなら、凧かカタパルトぐらいじゃろう」
「カタ……」
ひなは困惑の呈で繰り返す。学園長は顔色を変えずに「違うようじゃな」と呟いた。
その後も学園長とひなの問答は続き、居合わせた者は、彼女が相模よりも陸奥よりも更に北の辺境から、空間的な概念を捩曲げたかのようにこの地に落とされたのだと知った。
「ふむ……これはあれじゃな」
「あれ、とは?」
訳知り顔に頷く学園長を見る、ひなの目は真剣だ。
「誰かのぶち抜いた頁の穴から学園の校庭に転がり落ちたのぢゃ!」
「え……?」
真剣だったひなの目が、見事なまでに点になる。一方、彼女の体調を気にして見守っていた新野先生と、奥の寝台の「ひわ」を看ていた善法寺は、
「ああ、それならば辻褄が合いますね」
「足を踏み外したのはその破れ目だったということですね」
「あの……」
「どうぢゃ、ワシの完璧な推理は」
ついていけないひなをよそに、鼻高々な学園長。相槌を打った善法寺は、けれどすぐに眉を寄せる。
「原因がそれだとすると、少し厄介ですね」
「そうですねえ」
「あ……」
「校庭の真上の見えないところだなんて、仙蔵や作法委員の吹っ飛ぶシリーズでもきっと届かないですよ、送り返しようがない」
「まあそう急くこともあるまい。軍属のバサラ者ならばそのうち迎えが来るじゃろ」
しれっと応じた学園長の言葉に、ひなはハッとしたように肩を揺らした。
「迎えは……来ません。きっと、来れません」
痛みを堪えるような瞳は、物影から覗く紫色をじっと見つめていた。
「「「ええーっ?!」」」
誰かの叫ぶ声で彼女の意識は浮上した。全身のぎしぎしとした痛みと、ぼんやりと霞のかかった頭は決して本調子ではないが、思考を著しく妨げるほどではない。
──あたし……確か恐山の麓で……
目覚める前の出来事を反芻すると、不可解なことがあった。
「ここ……?」
「「「「「──?!」」」」」
ばばっと勢いよく振り返るいくつもの気配は、彼女の身に覚えがない。いや──その中の一つだけ。うっすらと開けた瞳に映り込む見慣れぬ人々。その見慣れぬ 中に、その時一つだけ面影を見出だせたのは、後から考えれば熱に浮されてぼんやり霞む視界の賜物だったかもしれないと彼女は言う。
それを見つけて、それを認識して、瞬間、真っ赤だった顔が真っ青になる。
「──斉藤、三反田、富松」
彼女の視線を追ったらしい男性が、「彼」を含む三人を呼んだ。彼女の直感を裏付ける呼称に、彼女の肩がビクリと震える。
「こちらはもういい。そろそろ授業も終わる時間だ、校庭の連中に解散を伝えて来い」
「「「はい、先生!」」」
三人は口を揃えて応えると、チラチラと彼女達を気にしながらも部屋から出ていった。
彼女の頭はグルグルと混乱の渦に巻き込まれていた。見た物が信じられない。けれど、うたぐったところで状況が好転する筈もない。彼女はふと、たった一人の彼女の同郷を思った。十年近く前のあの日、「彼女」もやはり、このように混乱したのだろうか。
ふっと彼女の上に影が落ちる。視線を転じれば、知り合いと似た──こちらは明らかに別人とわかる女性が屈み込んで問うてきた。
「名前は言える?」
「…………ひな」
つかえた喉の奥から、正しくも間違ってもいない呼び名が出たところで、彼女の意識は再び闇に沈んだ。
誰かの叫ぶ声で彼女の意識は浮上した。全身のぎしぎしとした痛みと、ぼんやりと霞のかかった頭は決して本調子ではないが、思考を著しく妨げるほどではない。
──あたし……確か恐山の麓で……
目覚める前の出来事を反芻すると、不可解なことがあった。
「ここ……?」
「「「「「──?!」」」」」
ばばっと勢いよく振り返るいくつもの気配は、彼女の身に覚えがない。いや──その中の一つだけ。うっすらと開けた瞳に映り込む見慣れぬ人々。その見慣れぬ 中に、その時一つだけ面影を見出だせたのは、後から考えれば熱に浮されてぼんやり霞む視界の賜物だったかもしれないと彼女は言う。
それを見つけて、それを認識して、瞬間、真っ赤だった顔が真っ青になる。
「──斉藤、三反田、富松」
彼女の視線を追ったらしい男性が、「彼」を含む三人を呼んだ。彼女の直感を裏付ける呼称に、彼女の肩がビクリと震える。
「こちらはもういい。そろそろ授業も終わる時間だ、校庭の連中に解散を伝えて来い」
「「「はい、先生!」」」
三人は口を揃えて応えると、チラチラと彼女達を気にしながらも部屋から出ていった。
彼女の頭はグルグルと混乱の渦に巻き込まれていた。見た物が信じられない。けれど、うたぐったところで状況が好転する筈もない。彼女はふと、たった一人の彼女の同郷を思った。十年近く前のあの日、「彼女」もやはり、このように混乱したのだろうか。
ふっと彼女の上に影が落ちる。視線を転じれば、知り合いと似た──こちらは明らかに別人とわかる女性が屈み込んで問うてきた。
「名前は言える?」
「…………ひな」
つかえた喉の奥から、正しくも間違ってもいない呼び名が出たところで、彼女の意識は再び闇に沈んだ。
ドサドサゴトンっ
校庭に落下音が響いたとき、その場にいたのは体術訓練中の三、四年生だった。
「なっ?」
「何奴っ!」
「何っ」
いくつもの声が叫び、それ以上の気配が息を呑む。寄りにも寄って、それが起こったのは校庭のど真ん中──咄嗟に組んでいた手を離し距離を置いた平と田村に代わり、担当教官である四條畷が落下地点へ接近する。
「……ん?」
教官はすぐに顔をしかめ、そこに駆け寄ると、片膝をついた。
「斉藤、田村、三反田、富松!」
「「「「はい!」」」」
呼ばれた四人は教官の元に駆け寄る。
当然、より克明になる落下物の正体に少年達は目を瞠る。
「女の子?」
「女ぁ?」
斉藤と田村の声を聞いて、遠巻きの他の生徒が揃って怪訝に声をあげる。
「「女の子ぉ?」」
「おやまあ」
元よりぱっちりしている目の約一名は、驚いたかどうか傍目にはよくわからない平坦な声で、彼なりの驚きを表した。
「三反田、富松、一先ず保健室に運ぶぞ。田村は学園長先生に報告だ。斉藤はシナ先生へ頼む」
「先生、この学園一優秀な天才、平滝夜叉丸を差し置いて凡才に頼るとはどういうことですか! なにしろこの私ときたら(ぐだぐだぐだぐだ)」
「馬鹿を言え、本当の天才は私のような者を言うんだ!」
「綾部! 平と二人で三年の組み手を見てやれ。時間までサボるなよ!」
「りょーかいでーす」
ケンカを始めそうになる二人の間から、泰然とした綾部に指示することで張り合いを止める。四條畷はぐったりとした少女の身体を抱き上げ、二人掛かりでもう一人の少女を抱えた三年生を従えて保健室を目指した。
四條畷の腕にいる上質な緋の着物を身に纏った少女と、自分達が運ぶ、藍の着物の少女。ダラリと垂れた左手の装飾品は繊細で、いかにも高価そうだ。
熱に浮され歪んだ赤い顔でも、肌の艶やみずみずしさは、衣食住に困らないどこかのお嬢さんであることを裏付けている。
富松は三反田がバランスを崩しそうになるのをフォローしながら、ちらっと四條畷を盗み見る。彼の見間違いでないなら、赤い着物の袷から覗いていたのは一振りの忍び刀だ。だからこそ四條畷は一番下にいた彼女を抱え、今一人を保健委員である三反田と、何かと面倒に慣れている富松とに連れて来させたのだとは彼にもわかる。
──ということは、トラパーの綾部先輩と、輪刀使いの滝夜叉丸先輩をその場に残したのは保険だろうな。田村先輩なら、火器を持ち出して遠距離対応もできるし。
「新野先生!」
富松が納得したところで、丁度保健室にたどり着いた。四條畷がガラッと扉を開けると、中では新野先生と山本シナ先生が待ち受けていた。
「確かにひどい熱のようだね。三反田君、水を」
「はい! わあっ!」
寝台に横たえた二人を、新野先生が早速診療にかかる。額に手を当て、瞼を裏返しつつ、保健委員の三反田に声をかけると、三反田は機敏に桶を担いでいく。
が、すぐに躓いて転びそうになったので、
「手伝う」
「あ、りがとう」
「すまん」
富松と四條畷は揃って溜息をついた。
バタバタと去っていく足音をよそ事に、次に脈をとろうとした新野先生は、
「おや」
少女の腕を飾る装身具に手を止めた。
「これは珍しい」
「珍しいって、何がですか?」
「そういえば斉藤君まだいましたね」
「上級生ならばいずれは知ることだ、かまわんでしょう」
頷いて見せる四條畷。本気で斉藤を忘れていたわけでもない新野先生は、改めて少女の右手をとった。
持ち上がることで、斉藤の視界にもそれは入る。
「……? 腕輪ですね」
「これは属性防御装飾という」
「はい?」
斉藤はきょとんと首を傾げた。彼の目から見ればただの綺麗な腕飾り。それを複雑そうに見る三人の先生の態度が斉藤には不思議だった。
「属性装飾を身につけているのは、天下取りに名をあげるような城の、武将クラスの人間か、その近親者──」
教官の説明に、斉藤が思い出したのはドクタケやウスタケ等の関係者だ。けれどすぐにその思考は拭い去られた。
「主に、バサラ者と呼ばれる連中だ」
「ばさら、もの?」
「属性防御はバサラ技対策。属性強化は、常人でも効果はあるが、バサラ者が使えば効果は絶大だ」
「はぇ?」
斉藤の口からおかしな声が漏れた。学園や身の回りではそれなりの脅威ともいえるドクタケやウスタケでも、天下を狙えるかと問われたら、本人達を含めた皆が首を横に振る。
天下取りに挑む武将達からは競合地域──緩衝地帯として遇されているからこそ、様々な流派・地域の子供達がこの地を学び屋とすることができる。それくらいは斉藤でさえしっている。ドクタケが狙うのは、学園の知識と技術と人脈──それらを含む権益。
なぜならこの緩衝地帯にバサラ者はいない。
各地で台頭する諸勢力は、どこもバサラ者の活躍に支えられている。それぞれの城にバサラ者がいて、その上で忍び 働きをするならば、今をもっても忍びの存在意義は大きい。けれど、一方に忍び、一方にバサラ者となればよほどの謀略、よほどの時運を持たなければ忍び側に 勝ち目はない。そういった場合、忍びはむしろ、バサラ者を擁する城にいかにして取り入るか、どのバサラ者の城につくのが得策かを調べる役を担う、らしい。
髪結い所にいる間に勝手に耳に入った情報と授業で習ったことを合わせ、斉藤が知るのはここまでだ。実際バサラ者とは何なのか、詳しいことはわからない。
「この腕輪は炎防御、この紐飾りは闇防御、首飾りは氷属性強化ですか……」
「この子は腕輪が雷属性、帯飾りが炎防御、耳飾りは氷防御ですわね」
新野先生とシナ先生が二人の少女を検分する。一つ属性装飾を見つける度に、先生方の表情は深刻になっていった。
「えーと、つまり?」
話についていけない斉藤は、その意味するところを問う。応じたのは四條畷だった。
「この二人は十中八九、バサラ者だということだ」
「「「ええーっ?!」」」
驚愕の声が重なったのは、水汲みにいった三年生が、タイミング良く(または悪く)保健室に戻ってきたためだった。
校庭に落下音が響いたとき、その場にいたのは体術訓練中の三、四年生だった。
「なっ?」
「何奴っ!」
「何っ」
いくつもの声が叫び、それ以上の気配が息を呑む。寄りにも寄って、それが起こったのは校庭のど真ん中──咄嗟に組んでいた手を離し距離を置いた平と田村に代わり、担当教官である四條畷が落下地点へ接近する。
「……ん?」
教官はすぐに顔をしかめ、そこに駆け寄ると、片膝をついた。
「斉藤、田村、三反田、富松!」
「「「「はい!」」」」
呼ばれた四人は教官の元に駆け寄る。
当然、より克明になる落下物の正体に少年達は目を瞠る。
「女の子?」
「女ぁ?」
斉藤と田村の声を聞いて、遠巻きの他の生徒が揃って怪訝に声をあげる。
「「女の子ぉ?」」
「おやまあ」
元よりぱっちりしている目の約一名は、驚いたかどうか傍目にはよくわからない平坦な声で、彼なりの驚きを表した。
「三反田、富松、一先ず保健室に運ぶぞ。田村は学園長先生に報告だ。斉藤はシナ先生へ頼む」
「先生、この学園一優秀な天才、平滝夜叉丸を差し置いて凡才に頼るとはどういうことですか! なにしろこの私ときたら(ぐだぐだぐだぐだ)」
「馬鹿を言え、本当の天才は私のような者を言うんだ!」
「綾部! 平と二人で三年の組み手を見てやれ。時間までサボるなよ!」
「りょーかいでーす」
ケンカを始めそうになる二人の間から、泰然とした綾部に指示することで張り合いを止める。四條畷はぐったりとした少女の身体を抱き上げ、二人掛かりでもう一人の少女を抱えた三年生を従えて保健室を目指した。
四條畷の腕にいる上質な緋の着物を身に纏った少女と、自分達が運ぶ、藍の着物の少女。ダラリと垂れた左手の装飾品は繊細で、いかにも高価そうだ。
熱に浮され歪んだ赤い顔でも、肌の艶やみずみずしさは、衣食住に困らないどこかのお嬢さんであることを裏付けている。
富松は三反田がバランスを崩しそうになるのをフォローしながら、ちらっと四條畷を盗み見る。彼の見間違いでないなら、赤い着物の袷から覗いていたのは一振りの忍び刀だ。だからこそ四條畷は一番下にいた彼女を抱え、今一人を保健委員である三反田と、何かと面倒に慣れている富松とに連れて来させたのだとは彼にもわかる。
──ということは、トラパーの綾部先輩と、輪刀使いの滝夜叉丸先輩をその場に残したのは保険だろうな。田村先輩なら、火器を持ち出して遠距離対応もできるし。
「新野先生!」
富松が納得したところで、丁度保健室にたどり着いた。四條畷がガラッと扉を開けると、中では新野先生と山本シナ先生が待ち受けていた。
「確かにひどい熱のようだね。三反田君、水を」
「はい! わあっ!」
寝台に横たえた二人を、新野先生が早速診療にかかる。額に手を当て、瞼を裏返しつつ、保健委員の三反田に声をかけると、三反田は機敏に桶を担いでいく。
が、すぐに躓いて転びそうになったので、
「手伝う」
「あ、りがとう」
「すまん」
富松と四條畷は揃って溜息をついた。
バタバタと去っていく足音をよそ事に、次に脈をとろうとした新野先生は、
「おや」
少女の腕を飾る装身具に手を止めた。
「これは珍しい」
「珍しいって、何がですか?」
「そういえば斉藤君まだいましたね」
「上級生ならばいずれは知ることだ、かまわんでしょう」
頷いて見せる四條畷。本気で斉藤を忘れていたわけでもない新野先生は、改めて少女の右手をとった。
持ち上がることで、斉藤の視界にもそれは入る。
「……? 腕輪ですね」
「これは属性防御装飾という」
「はい?」
斉藤はきょとんと首を傾げた。彼の目から見ればただの綺麗な腕飾り。それを複雑そうに見る三人の先生の態度が斉藤には不思議だった。
「属性装飾を身につけているのは、天下取りに名をあげるような城の、武将クラスの人間か、その近親者──」
教官の説明に、斉藤が思い出したのはドクタケやウスタケ等の関係者だ。けれどすぐにその思考は拭い去られた。
「主に、バサラ者と呼ばれる連中だ」
「ばさら、もの?」
「属性防御はバサラ技対策。属性強化は、常人でも効果はあるが、バサラ者が使えば効果は絶大だ」
「はぇ?」
斉藤の口からおかしな声が漏れた。学園や身の回りではそれなりの脅威ともいえるドクタケやウスタケでも、天下を狙えるかと問われたら、本人達を含めた皆が首を横に振る。
天下取りに挑む武将達からは競合地域──緩衝地帯として遇されているからこそ、様々な流派・地域の子供達がこの地を学び屋とすることができる。それくらいは斉藤でさえしっている。ドクタケが狙うのは、学園の知識と技術と人脈──それらを含む権益。
なぜならこの緩衝地帯にバサラ者はいない。
各地で台頭する諸勢力は、どこもバサラ者の活躍に支えられている。それぞれの城にバサラ者がいて、その上で忍び 働きをするならば、今をもっても忍びの存在意義は大きい。けれど、一方に忍び、一方にバサラ者となればよほどの謀略、よほどの時運を持たなければ忍び側に 勝ち目はない。そういった場合、忍びはむしろ、バサラ者を擁する城にいかにして取り入るか、どのバサラ者の城につくのが得策かを調べる役を担う、らしい。
髪結い所にいる間に勝手に耳に入った情報と授業で習ったことを合わせ、斉藤が知るのはここまでだ。実際バサラ者とは何なのか、詳しいことはわからない。
「この腕輪は炎防御、この紐飾りは闇防御、首飾りは氷属性強化ですか……」
「この子は腕輪が雷属性、帯飾りが炎防御、耳飾りは氷防御ですわね」
新野先生とシナ先生が二人の少女を検分する。一つ属性装飾を見つける度に、先生方の表情は深刻になっていった。
「えーと、つまり?」
話についていけない斉藤は、その意味するところを問う。応じたのは四條畷だった。
「この二人は十中八九、バサラ者だということだ」
「「「ええーっ?!」」」
驚愕の声が重なったのは、水汲みにいった三年生が、タイミング良く(または悪く)保健室に戻ってきたためだった。
プロフィール
HN:
真田霞
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