管理サイトの更新履歴と思いつきネタや覚書の倉庫。一応サイト分けているのに更新履歴はひとまとめというざっくり感。
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結局ひな達と一緒に食堂を出ることになった留三郎は、釈然としない表情で彼女達を見下ろした。
それぞれの教室へ向かった五年生。彼等とのやり取りは気安く、たった一日で随分馴染んでいるのがまず一点。
初っ端からバサラ技で諌められた留三郎には、ひなをちゃん付けする五年生の感性が理解できない。そしてそれをひなもひわも受け入れているのが、意外だ。
留三郎だけが残ると、あからさまな程ではないが二人の纏う空気が固くなった。彼には間違ってもひなやひわの手を無理矢理引っつかむような真似はできそうにない。
「じゃあ、こっちだ」
留三郎は指で方角を指し示し、二人へ移動を促した。
二人は黙々とついてくる。時折ひわが首を巡らすのは、敷地内の位置関係を確かめているからだろう。ひなはその横を真っ直ぐ歩いている。
後ろに気を取られていると足元が疎かになるので、常に伺うわけにも行かないが、ひなが罠──落とし穴等に踏み込もうとすると、ひわが袖を引いてそれを止める。ひわ自身が罠を発動させることもない。
留三郎がひわのバサラ技を見たことはないが、純粋に立ち居振る舞いを見ると、彼女はバサラ者というよりくのいちと言われた方が近い。だからだろうか、彼女の警戒を認識しやすいのは。一方ひなは、本当に何を考えているのか計り知れなくて苦手だった。
「あー、そういえば、二人とも昨日はあの長屋できちんと眠れたのか?」
留三郎は気まずさを押しのけるように尋ねる。
五年生とあれだけ打ち解けていたからには問題はないのだろうが。
「……まあ、布団なしで眠るのにも慣れていますから」
「は?」
まさかのひなからの回答に、留三郎は足を止めて振り返った。
ひわは遅れることなく足を止め、ひなもそれに倣って立ち止まる。
二人とも、昨日と同じ表情に乏しい顔つきで、冗談を言っているようには見えない。
「なんで布団がないんだ?」
「普通、それを聞きたいのはこちらの方だと思いますが」
「あ、いやそれもそうだ。久々知も備品がそろってない部屋だと言っていたな。けど布団ぐらいあった筈だが……」
留三郎は眉を顰めた。
しまいっぱなしの布団が使用に耐えうる状況化はともかくとして、各部屋には二組ずつ布団が備わっている筈だった。わざわざ使っていない部屋の布団を持ち出す訳が分からない。
「今ここでそれを言っても仕方がないことでしょう。それより──」
実にもっともな指摘を入れたひなが、言いかけた言葉を止めて口をつぐんだ。
どどどどどどどど
文字に起こすとすればそうとしか表現できない物音が、こちらに向かって急接近したためだ。
「うげっ!」
留三郎は頬を引き攣らせて迫りくる土埃を見る。それからひなとひわに視線を移し──賞賛すべき判断力で校舎の壁沿いに退避していたので、再び土埃の主に視線を戻した。
「留三郎おぅぉぅぉぅ~!」
ご丁寧に彼の名を叫びながら猛スピードでやってくる、小平太。ややこしいことになりそうだと留三郎は頭を押さえる。
「なあ留三郎聞いたかっ?!」
きゅきぃぃぃぃっとその目の前で急ブレーキをかけた小平太は、満面の笑みで勝手にしゃべり始めた。
「五のいの竹谷八左ヱ門が学園に女連れ込んでいきなりプロポーズしたんだと!」
「はあ?!」
「なんかこう、いきなりがしっと手をひっつかんで、「さっさと俺の気持ち受け取れよ」ってやったらしいぜ」
言いながら、小平太は実際に留三郎の手を握って見せる。力加減されないせいで、骨がみしっと音を立てた。
留三郎は力いっぱいに小平太の手を振り払う。
「余計な身振りはいらんっ! 痛いだろうが手を離せっ!」
「大袈裟なやつだなっ」
「それはこっちの台詞だっだいたい、どっからそんな話仕入れてきたんだっ?!」
痛む手にふうふう息を吹きかけながら、ふり払われた手に不満げな小平太に突っ込むと、
「そこらで塹壕掘ってたら、二年坊が興奮して話してるのが聞こえたんだ」
「そうか、また無駄に俺たちの仕事を増やしたな?」
「何言ってる、塹壕は野戦の実習の基本だろ!」
「なんだと?!」
「──食満殿」
つかみ合いに発展しそうなところで、静かなひなの声が飛んだ。
留三郎はぎくりと肩を強張らせる。
小平太はそれでようやく、留三郎の近くに二人がいることに気付いた。
「そーいや留三郎、こんなところで何やってるんだ? どしたの? この子達」
「……保健室で説明受けただろうが! 三、四年の訓練中に落下してきた二人組だ! 俺ぁ案内頼まれたんだよ!」
ぽへ、と気の抜けた顔で首をかしげる小平太に、留三郎の米神に血管が浮き上がった。
小平太はさらに首を捻り、間をおいてからぽん、と手を叩いた。
「おー。そういや元気になったんだってな!」
にかっと笑い、ふるふる震える留三郎は横に置いて、
「俺は六年ろ組七松小平太! 花形の体育委員会委員長だ、よろしくな!」
「ろくろ……?」
「そう略す時もあるな! なあ、伊作から聞いてるけど、改めて名前聞いてもいいか?」
勝手に自己紹介タイムに入る。勢いに引いたのか、ひわはひなの袖をギュッと握り、呆然とした顔で小平太を見ている。訳もなくどうでもよさげな所属クラスだけを繰り返すあたり、混乱していると留三郎は思った。
「ひなです。こちらはひわ」
半歩だけ前に出たひなが、二人分まとめて応えた。
珍しく彼女の目にも困惑の色が浮かんでいる。
「あの、七松君」
「ん? こへーたでいいって。二人とも講師やるんだろ?」
「じゃあ、小平太君」
──んん~?!
留三郎は目を剥いた。
留三郎は未だに「食満殿」なのに、小平太は初めから「七松君」で、あっさりと「小平太君」と呼び換えられた。 頑なな言葉遣いも、心なしか留三郎に対するよりもやわらかいような気がする。
ひなは呼び掛けておいてから、少し迷うようにひわを見た。
ひわの首が、かすかに上下に動かされる。
「……ご実家は、信濃の海野家と何か御関係が?」
「んー? あーまあ、あるっちゃあるのかな。遠縁過ぎて就職口にもならんので俺は忍者を目指すことにしたんだけどな」
小平太は眉を寄せて少し考えてから、結局あっけらかんと言った。
「でもなんで?」
「前に自慢げにそう言っていた知人とよく似ていたので、血筋かと」
「へえ、二人とも顔が広いんだなっ」
「旅を──していたから」
ひなから話を引き継いだひわはそう応え、ふっとわずかに苦笑の形に口元を緩める。
初めて二人と話す小平太は、何の引っ掛かりも感じずに、
「女の子二人で旅ってスゲーよな! やっぱ腕に覚えありって奴か?」
「さあ? 逃げ足が速いだけかもしれないでしょ」
「そいつぁいいや!」
あっはっはと楽しそうに笑った。
「あー、そろそろ良いか?」
和やかな会話の中を割って入るのも勇気が要ったが、留三郎は恐る恐る口を挟んだ。
ぐずぐずしていては、あっという間に昼になってしまう。吉野先生から頼まれていたのは、「朝食後に」二人を連れて来いということだったのに。だが、
「何だ留三郎、混じりたいならそういえよ」
からかうような小平太。
「何の話だ! 案内中だと言ったのをもう忘れたのか鳥頭」
「はい、そこまで」
言い争いを始めそうな二人の間に、黒っぽい何かが差し入れられた。
一見すると、漆塗りの檜扇。けれどその素材は上質の黒鉄で、透かし等雅な装飾でありながら立派な凶器である。
「──小平太、取り敢えず用事があるから、また後で時間が合ったら話そう。
食満、敢えて喧嘩腰になる意味がわからないんだけど?」
ひわに言われて、留三郎と小平太は扇越しに顔を見合わせた。
留三郎に絡んでいただけの小平太はあっさり引き下がり、
「じゃあ、後でなっ」
「あ、おう」
気を削がれた留三郎も肩の力を抜く。
二人の距離が離れたのを見て、ひわは扇を引っ込めた。
それぞれの教室へ向かった五年生。彼等とのやり取りは気安く、たった一日で随分馴染んでいるのがまず一点。
初っ端からバサラ技で諌められた留三郎には、ひなをちゃん付けする五年生の感性が理解できない。そしてそれをひなもひわも受け入れているのが、意外だ。
留三郎だけが残ると、あからさまな程ではないが二人の纏う空気が固くなった。彼には間違ってもひなやひわの手を無理矢理引っつかむような真似はできそうにない。
「じゃあ、こっちだ」
留三郎は指で方角を指し示し、二人へ移動を促した。
二人は黙々とついてくる。時折ひわが首を巡らすのは、敷地内の位置関係を確かめているからだろう。ひなはその横を真っ直ぐ歩いている。
後ろに気を取られていると足元が疎かになるので、常に伺うわけにも行かないが、ひなが罠──落とし穴等に踏み込もうとすると、ひわが袖を引いてそれを止める。ひわ自身が罠を発動させることもない。
留三郎がひわのバサラ技を見たことはないが、純粋に立ち居振る舞いを見ると、彼女はバサラ者というよりくのいちと言われた方が近い。だからだろうか、彼女の警戒を認識しやすいのは。一方ひなは、本当に何を考えているのか計り知れなくて苦手だった。
「あー、そういえば、二人とも昨日はあの長屋できちんと眠れたのか?」
留三郎は気まずさを押しのけるように尋ねる。
五年生とあれだけ打ち解けていたからには問題はないのだろうが。
「……まあ、布団なしで眠るのにも慣れていますから」
「は?」
まさかのひなからの回答に、留三郎は足を止めて振り返った。
ひわは遅れることなく足を止め、ひなもそれに倣って立ち止まる。
二人とも、昨日と同じ表情に乏しい顔つきで、冗談を言っているようには見えない。
「なんで布団がないんだ?」
「普通、それを聞きたいのはこちらの方だと思いますが」
「あ、いやそれもそうだ。久々知も備品がそろってない部屋だと言っていたな。けど布団ぐらいあった筈だが……」
留三郎は眉を顰めた。
しまいっぱなしの布団が使用に耐えうる状況化はともかくとして、各部屋には二組ずつ布団が備わっている筈だった。わざわざ使っていない部屋の布団を持ち出す訳が分からない。
「今ここでそれを言っても仕方がないことでしょう。それより──」
実にもっともな指摘を入れたひなが、言いかけた言葉を止めて口をつぐんだ。
どどどどどどどど
文字に起こすとすればそうとしか表現できない物音が、こちらに向かって急接近したためだ。
「うげっ!」
留三郎は頬を引き攣らせて迫りくる土埃を見る。それからひなとひわに視線を移し──賞賛すべき判断力で校舎の壁沿いに退避していたので、再び土埃の主に視線を戻した。
「留三郎おぅぉぅぉぅ~!」
ご丁寧に彼の名を叫びながら猛スピードでやってくる、小平太。ややこしいことになりそうだと留三郎は頭を押さえる。
「なあ留三郎聞いたかっ?!」
きゅきぃぃぃぃっとその目の前で急ブレーキをかけた小平太は、満面の笑みで勝手にしゃべり始めた。
「五のいの竹谷八左ヱ門が学園に女連れ込んでいきなりプロポーズしたんだと!」
「はあ?!」
「なんかこう、いきなりがしっと手をひっつかんで、「さっさと俺の気持ち受け取れよ」ってやったらしいぜ」
言いながら、小平太は実際に留三郎の手を握って見せる。力加減されないせいで、骨がみしっと音を立てた。
留三郎は力いっぱいに小平太の手を振り払う。
「余計な身振りはいらんっ! 痛いだろうが手を離せっ!」
「大袈裟なやつだなっ」
「それはこっちの台詞だっだいたい、どっからそんな話仕入れてきたんだっ?!」
痛む手にふうふう息を吹きかけながら、ふり払われた手に不満げな小平太に突っ込むと、
「そこらで塹壕掘ってたら、二年坊が興奮して話してるのが聞こえたんだ」
「そうか、また無駄に俺たちの仕事を増やしたな?」
「何言ってる、塹壕は野戦の実習の基本だろ!」
「なんだと?!」
「──食満殿」
つかみ合いに発展しそうなところで、静かなひなの声が飛んだ。
留三郎はぎくりと肩を強張らせる。
小平太はそれでようやく、留三郎の近くに二人がいることに気付いた。
「そーいや留三郎、こんなところで何やってるんだ? どしたの? この子達」
「……保健室で説明受けただろうが! 三、四年の訓練中に落下してきた二人組だ! 俺ぁ案内頼まれたんだよ!」
ぽへ、と気の抜けた顔で首をかしげる小平太に、留三郎の米神に血管が浮き上がった。
小平太はさらに首を捻り、間をおいてからぽん、と手を叩いた。
「おー。そういや元気になったんだってな!」
にかっと笑い、ふるふる震える留三郎は横に置いて、
「俺は六年ろ組七松小平太! 花形の体育委員会委員長だ、よろしくな!」
「ろくろ……?」
「そう略す時もあるな! なあ、伊作から聞いてるけど、改めて名前聞いてもいいか?」
勝手に自己紹介タイムに入る。勢いに引いたのか、ひわはひなの袖をギュッと握り、呆然とした顔で小平太を見ている。訳もなくどうでもよさげな所属クラスだけを繰り返すあたり、混乱していると留三郎は思った。
「ひなです。こちらはひわ」
半歩だけ前に出たひなが、二人分まとめて応えた。
珍しく彼女の目にも困惑の色が浮かんでいる。
「あの、七松君」
「ん? こへーたでいいって。二人とも講師やるんだろ?」
「じゃあ、小平太君」
──んん~?!
留三郎は目を剥いた。
留三郎は未だに「食満殿」なのに、小平太は初めから「七松君」で、あっさりと「小平太君」と呼び換えられた。 頑なな言葉遣いも、心なしか留三郎に対するよりもやわらかいような気がする。
ひなは呼び掛けておいてから、少し迷うようにひわを見た。
ひわの首が、かすかに上下に動かされる。
「……ご実家は、信濃の海野家と何か御関係が?」
「んー? あーまあ、あるっちゃあるのかな。遠縁過ぎて就職口にもならんので俺は忍者を目指すことにしたんだけどな」
小平太は眉を寄せて少し考えてから、結局あっけらかんと言った。
「でもなんで?」
「前に自慢げにそう言っていた知人とよく似ていたので、血筋かと」
「へえ、二人とも顔が広いんだなっ」
「旅を──していたから」
ひなから話を引き継いだひわはそう応え、ふっとわずかに苦笑の形に口元を緩める。
初めて二人と話す小平太は、何の引っ掛かりも感じずに、
「女の子二人で旅ってスゲーよな! やっぱ腕に覚えありって奴か?」
「さあ? 逃げ足が速いだけかもしれないでしょ」
「そいつぁいいや!」
あっはっはと楽しそうに笑った。
「あー、そろそろ良いか?」
和やかな会話の中を割って入るのも勇気が要ったが、留三郎は恐る恐る口を挟んだ。
ぐずぐずしていては、あっという間に昼になってしまう。吉野先生から頼まれていたのは、「朝食後に」二人を連れて来いということだったのに。だが、
「何だ留三郎、混じりたいならそういえよ」
からかうような小平太。
「何の話だ! 案内中だと言ったのをもう忘れたのか鳥頭」
「はい、そこまで」
言い争いを始めそうな二人の間に、黒っぽい何かが差し入れられた。
一見すると、漆塗りの檜扇。けれどその素材は上質の黒鉄で、透かし等雅な装飾でありながら立派な凶器である。
「──小平太、取り敢えず用事があるから、また後で時間が合ったら話そう。
食満、敢えて喧嘩腰になる意味がわからないんだけど?」
ひわに言われて、留三郎と小平太は扇越しに顔を見合わせた。
留三郎に絡んでいただけの小平太はあっさり引き下がり、
「じゃあ、後でなっ」
「あ、おう」
気を削がれた留三郎も肩の力を抜く。
二人の距離が離れたのを見て、ひわは扇を引っ込めた。
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