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「我が──誓約の、下に……めい、めい、命、じる?」
「だから何でそこで疑問形なんだ」
「言うなよ、分かってる。けど何か言いづらくてさ」

 サイジェント南スラム、旧孤児院の庭の片隅。二人の少年はそれぞれに肩を落とした。
 フード付きのジャケットを着た茶髪の少年は勇人、ギザギザ模様のマントを羽織った黒髪の少年はキール。二人の周りには、どことなく二人のどちらかと共通する雰囲気の少年少女が合わせて六名、思い思いの姿勢で座り込んでいる。

「気持ちは解りますけど……噛みすぎですよ」
 おっとり口調で、きっぱりダメ出しするのは綾。そのとなりでフワフワと揺れるお化けの子供のような生き物が、きゅ、と帽子の鍔を押さえなおす。更に向こうから、
「定型文を暗誦すれば良いだけだろう、変にこだわるから失敗するんじゃないか」
「そっかなー? 別に言い方なんて気にしすぎじゃない? 伝わればいーんでしょ、伝われば」
まるで反対の事を言う、籐矢と夏美。二人の前では、緑色の丸っこい物体とカプセルにアームを付けたような丸っこいロボットが、コロコロふよふよ揺れている。

「なっちゃんのは召喚術習ってる人への冒涜だと思いまーす」
 手を挙げて、カシス。
「基礎を覚える以上、先ずはトウヤさんの言う通り、詠誦する呪文を暗誦することから始めては?」
「だな」
 滔々と述べるクラレットに頷くソル。
 口を挟む外野に、キールは多少苛立たしげな視線をくれる。

「君達は今日の練習がすんだんだろう、邪魔をするならどこかへ行ってくれ」
「詠誦、暗誦……呼びかけ……えーと……あ」
 勇人はキールが身を乗り出したせいで転げ落ちた透明な召喚石に気付き、手を伸ばし──

 ぶわっと魔力が膨れ上がった。

「馬鹿! 早まるな!」
 キールは酷く慌てて勇人の肩を掴んだ。

「待って! 今止めちゃまずいよ!」
「皆さん下がって!」
「キール、抑えろ!」
「ハヤト!」

「……古き盟約とか、命じるとか、そんなのは取り敢えずいいっ! ここに、来てくれ! 頼む!」 

 勇人は強く願った。魔力の渦に翻弄される人影に手を差し延べるように、意識を凝らした。

「──くっ!」

 やがて、渦巻く魔力は勇人のそれと混じり合い、彼の意志に添って一つの方向へ集約する。則ち──

 ドサッ

 投げ出されたのは、勇人の意識に浮かんできた通りの人影。全身が煤け、衣服のあちこちが焦げたり破けたりした若い──とは言え、勇人達よりは年上だろうと思われる女性。

「……どう、いうことだ?」
 かすれた声で誰かが呟く。

「そんな……」
「召喚事故……!」
 カシスとクラレットが青ざめた顔で。

「事故ぉ?!」
「無色の石から人が召喚されることはないっ! あるとすればそれは召喚事故だ!」
 素っ頓狂な声を上げる夏美に、噛み付くように応じたのはソルだ。事を起こした勇人とその教師役のキールは、ピシリと固まったように女性を見下ろしている。

「ハヤト君?」
 綾が気遣うように呼び掛ける。勇人はギクシャクと女性の前で膝を付き、
「あのー、もしもし? 生きてますか?」
「ハヤト!」
籐矢は咎めたが、勇人は大まじめだった。
 女性の肩を叩いて呼び掛け、鼻と口の前に手を翳して呼気を確かめる──意識不明者に遭遇したときの一般的な対処法だ。

「……」
 女性はぐったりとして横たわっている。その瞼の間から、涙が一筋伝い落ちた。

「大丈夫ですか? えーと、千尋さん」
 勇人は石から読み取れた名で呼びかける。
 すると、女性はパッチリと眼を開けた。

「アビィ!」

「うわあっ!」
 勢いよく起き上がった彼女と激突しそうになって、勇人は慌ててのけ反った。
 彼女は勇人には構わず、周りを忙しなく見まわす。焦燥し焦ったような彼女の様子を、周囲の仲間達は固唾を飲んで見守った。

 彼女は自分を取り囲んでいるのが少年少女達ばかりであることを見、それぞれの服装や、お供に連れている召喚獣達を目にし、孤児院の崩れかけた壁や緑の茂る庭、薄曇りの空を三度程見直してから最後に勇人に視線を移した。

「……あなたが、止めてくれたの」
「え?」
「私をリィンバウムに留めてくれた、召喚主。でしょ?」
「留めてくれた? って、ええっ?!」

「ちょっと待ってください」

 焦る勇人の後ろから声をかけたのは籐矢だった。

「召喚術っていうのはリィンバウムを取り巻く異世界から召喚獣を招きよせる術じゃなかったのか?」
「だから召喚事故だと言ってる! 何が起きるのかわからないんだ、リィンバウムの中から誰かを呼び寄せるだけで済んだならいっそまだましな方だ」
 言い返すソル。彼の兄妹達も硬い表情で首を縦に振る。

「成程。確かに陸続きなら元の場所に帰すこともできるな」
「じゃあ、服がボロボロだったり焦げっぽい感じなのも事故のせい?」
「それは」
「っ!」
 夏美が首を傾げると、女性は緩めかけた表情を一変させて周囲を見回した。

「あの子達は!」

「あの子達?」

「トリス、マグナ……! 双子の赤ちゃんはっ」
「赤ちゃん?! い、いや、俺が見た時には千尋さんの姿しかなかった、筈!」

「あぁっ!」

 勇人の答えを聞いた時の彼女の絶望の表情は、筆舌に尽くし難いものがあった。
 空の両手を凝視し、それから髪を振り乱し全身を掻き抱き、彼女は言葉にならない悲しみの声をあげて涙を零した。

 暫く、誰も彼女に話しかけられなかった。
 特に勇人は、強い自責の念に駆られて身動きすらできずに立ち尽くした。

 自分の起こした召喚事故が、彼女をここまで絶望させた──儀式跡地で目覚めた時の記憶が、勇人の頭を過る。訳の分からないところに突然放り出されパニックを起こし、けれど同じ境遇の仲間が他に三人もいたから、どうにか足を踏み出すことができた。けれど彼女は一人で、抱いていた子供を一度に二人も喪った。
 勇人には、彼女を襲った絶望の深さを想像することもできない。

 彼女の人生を大きく狂わせてしまった。

 彼らは改めて、召喚術という力の危うさを思い知らされた。

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