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 その物音に彼が気付いたのは、入学式まであと一週間が迫った頃だった。

 いつものランニングコースが工事中で、方向転換しただけだった。

 カンッカンッパシッ

 硬いものがぶつかり合うような高い音と、何かを払いのけたような音。早朝の住宅街には不似合いで、眉をひそめた。
 彼は似たような音に聞き覚えがあった。高い音は木刀を使った武術の演舞だ。もう一つは──
「……?」
 思い出そうとして、しかし彼は他の事に気を取られた。

 早朝とは言え、犬の散歩や何かで人影はそこそこにある。その誰もがこの物音に興味関心を持たずに素通りして行くのが逆に不自然だった。
 殊に、犬猫だ。庭先に繋がれているのを含め、あれだけの音に反応しないのは、彼には信じられない。

 カッカッカッビシッベシッガンッ

 音は長く途切れることなく、断続的に響いて来る。
 どうにもそれが気になって、彼は進路を、その音のする方へと修正した。

 まさかこんな所に公園があると思わなかったのは、彼だけではないだろう。
 高層マンションに目隠しされた角を抜けて、いきなり緑が広がっていれば誰だって驚く。
 音は、この中から聞こえて来る。
 彼はなぜか足音を忍ばせてそこに足を踏み入れた。

「──!」
 声を上げずに済んだのは、幸運だった。

 木々の向こう側に、はたして音の発生源はあった。

 朝日をきらびやかに反射する金と銀。ぶつかり合う音は木刀よりも丈の長い杖や棍と呼べそうな武具で、操る物達の身長位の長さがある。それをすっかり身体の一部のように扱う二人は、防具を着けているようには見えない。
 にもかかわらず、単なる型式をなぞる「武術」の様式美から掛け離れた、かかり稽古のように荒々しい打ち合い、ぶつかり合いを繰り返している。
 急所への攻撃をかわすのは紙一重。時には腕や素手で攻撃を受け止め、足技も交えた攻防。粗野な喧嘩とは違う、実践的な武道──そう説明するには、二人の纏う清烈な空気を受け止める必要がある。二人の覇気は、まだ短い人生ながら彼の知るどんな武道家よりも鮮明で、かつ、乱れのないもの。荒々しくはあるが無駄に見える動きはなく、淀みない体捌きに彼は見とれずにいられなかった。

 ヒュンッ──ガッ


「わっ!」
 半ば恍惚と独占していた演舞は、唐突に終わりを告げた。

 彼の目の前、一歩でも踏み出していれば頭を直撃していた際どいところに飛来したのは、杖。踏み均された固い地面に深々と突き刺さり、びくともしないからには相当な力で飛ばされたのだろう。
 そんないらない分析をしたまま、彼が呆然と杖を見つめていると、タッタッタッと軽い足音が近づいてきた。

「ごめんなさい、まさか人が来るとは思わなくて」
「──?!」
 声をかけられた彼は、ビクッと肩を震わせる。

 無造作に流された背中までの髪は、近くで見ると銀ではなくごく淡い藤色。眉や睫毛まで同じならば染めたわけではないだろう。その淡い色彩に縁取られた双眸は、対称的に生々しい鮮血の赭。唇は友好的に弧を描いているが、そんなことでは少しも安心できない。
 相手は彼の反応には構わず、突き刺さった杖を片手で軽々引き抜いた。

「この辺りにはよく?」
「──いえ、今朝はたまたま、いつもの道が工事中で……」

「学生さん?」
「あぁ、この春、から、中学一年、に……」

「そう、学校は?」
「氷帝、学園」
 何をべらべらとしゃべっているんだと、頭の片隅で思わないでもなかった。
 けれど彼はその理由にも気付いている。

 気圧されているのだ。この尋問──そう、紛れもなく目の前の相手がしているのは尋問だ──に応じずにはいられないほどに。
 屈辱だった。

「ひょう、てい……」
 尋問者は慣れない言葉を確かめるように反芻した。都下どころか全国でも有名な学校に所属している自負のある彼は、カッと頭に血が上るのを感じる。しかし──

「っ?!」
 ぞわり、粟肌が立って彼は後ずさった。
 目の前の相手が何かしたわけではない。悪寒の元を辿ると、離れた所に佇む金髪。演舞のもう一人の担い手だ。
 杖か棍かを地面に立て、二人の方を見ている。
 視線だけで傍の赤目を上回る圧力を与えるのだから堪ったものではない。彼は萎縮した自分を奮い立たせるように相手を睨みつけた。

 にっ
 離れているのに、唇の端が上がったのがわかる。

「なかなか良い勘してるみたいね」
 そちらに気を取られていると、すぐ傍の赤目がニィと笑みを深めた。後ずさった分の距離を詰めて、頭のてっぺんからつま先、指先まで検分するように視線を這わせる。わざと、それとわかるようにしているのだろう。

「単に鍛えているだけじゃない──格闘技、ではなさそうだけど」
「っ家が、古武術の道場、で……」
「それだけ?」
「あと、はテニス、だ」
 掌に出来たタコに目を止められ、彼は言葉を搾り出す。離れた所からの金髪の視線は、依然彼をねめつけている。多方からの重圧は彼を針の筵で包まれている気にさせた。

「テニス……なるほどね」
「──っ?!」

「もう此処には来ないほうが良いよ。またうっかり何か飛んできて、今度こそ本当に怪我するかもしれないし」
 怯える彼をからかうことにあいたのか、赤目は不意に彼の肩に手を載せると、忠告とも脅しとも受け取れる言葉を残し、金髪の方に向かって歩きはじめた。

 さらりとした長い髪が風に靡きながら遠ざかる。背中を向けられても、金髪の視線が剥がれても、彼はそこからうごけなかった。

 肩に触れた手の感触が、二人が幻でなかったことを主張している。まばゆい二つの影が視界から消え去って、緊張でガチガチに強張った全身の筋肉が漸く弛緩する。同時に、どっと冷たい汗が噴き出した。

「なん……だったんだ?」
 彼は顎を伝う汗を腕で拭った。

 これが、誰よりも常識はずれな「双子」との最初の出会いだった。

下書きにしたままどれだけ放置していたのやら。
こういうネタはこちらでやってこうと考えてからの年月経過(笑

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