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「あ、来た来た」

 三郎の灯した灯明に先導されてひな達が食堂にたどり着くと、入り口から顔をのぞかせた勘右衛門がほっとしたような笑顔で迎えた。

「あんまり遅いから見に行こうかと思ってたんだよ。三郎が何か迷惑かけなかった?」
「「…………」」
 示し合せずともひなとひわは揃って無言で三郎を見つめる。

「失礼な奴だな! ていうかひなちゃんもひわ姐さんもその視線は何?!」
「やっぱり僕が迎えに行った方が良かった……」
「あー、ははははは」
 肩を落とす雷蔵の横で兵助が苦笑いする。流石に可哀相になって、ひなは三郎を弁護する。

「長屋を案内していただきながら来たので時間がかかったんですよ」
「ま、騒ぎを起こしたんじゃなけりゃ何でも良いさ──ってあんたなんでそんなじゃらじゃらしてるんだよ?!」
 目を剥いた八左ヱ門が見たのはひわだった。
 彼の声に釣られて彼女を見た勘右衛門達もひきつった顔をする。

 じゃらじゃら──確かにその形容が似合う首飾り。ひわは保健室では外していた装身具を全て身に着けて食堂に来ていた。
 ひなは取り敢えず巾着に入れて持ち運んでいるが、表だって身に着けてはいない。
 ひわは億劫そうに髪を掻き上げ、八左ヱ門と兵助、雷蔵の順に見てから口を開く。

「今はこっちの方が楽だから」
「は?」

「まあまあ、いいじゃん。とりあえず座って座って、食べながらでも話はできるんだしさ」
 怪訝な顔の八左ヱ門をとりなして、勘右衛門が三郎達を空き席に促した。
 食堂の中には他の五年生の姿はない。ひなとひわはそれぞれであたりを確かめてから、勘右衛門の勧めに従った。

 今日の献立は豆腐の味噌汁と、油揚げと大根の煮つけだ。
 全員が着席したところで、兵助の号令で食事が始まる。

「「「「「「「いただきます」」」」」」」

 食べながら、と勘右衛門は言ったが、いざ箸を手にすると食べ盛りの少年達は食事を掻き込むことにより重きを置いた。つまりは、無言。
 ひなとひわは彼らの様を目にして何とも言えない表情になり、互いが同じ顔になっているのに気付くと、どちらからともなく味噌汁の椀に口をつけた。

「……あ」
流石ね……」

「流石って?」
 早くも味噌汁のお代わりをよそってきた兵助がひわに聞き返す。その後ろから八左ヱ門が「兵助お前具の豆腐とりすぎ!」と文句を言ってきた。
 ひわは箸ですくい上げた不揃いな豆腐の塊を口に押し込んで咀嚼、嚥下してから兵助に応じる。

「この年できちんと味の整った味噌汁を作れるのが流石」
「そりゃ、五年もやってればね」
「それはいいんだが雷蔵が作ると豆腐がやたらと歪なんだよな」
「雷蔵君は庖丁を使わず、木杓子で掬っているんじゃないですか?」
「ああ、うん。なんだか面倒で」
 八左ヱ門の愚痴にひなが尋ねると、雷蔵の苦笑が返った。
「面倒って、おまえなぁぁ!」
「まあまあ、豆腐ならまだいいじゃん。この大根に比べたら!」
「あ、ごめん……」
 笑顔の勘右衛門に赤面する雷蔵。
「今日は味付けを全部三郎に任せたから、僕はひたすら具材を切ってただけなんだ」
「そんなこったろうと思ったぜ」
 八左ヱ門は大仰に息を吐く。三郎も苦笑して、
「二人にいきなり大味の飯を食わせるのは拙いだろうって気を遣ったんだよな」
「三郎!」
一気ににぎやかになった。

 大騒ぎする少年達を余所に、ひなとひわは黙々と箸を進める。
 本当は、ひなが声をあげたわけも、ひわが流石と言ったわけも他にあったのだ。ひなはそれが気になって、早く部屋に戻ってしまいたかった。

「竹谷、久々知──」
 箸を置いたひわは、ぎゃんぎゃん騒ぐ八左ヱ門とマイペースに茶を飲んでいる兵助を小さな声で呼んだ。

「あ?」
「うん?」
 二人が振り返ると、ついでとばかりに他の声も止んでひわに視線が集中する。ひわは眉を寄せたが、そのまま言葉を続けた。

「さっきはいろいろと世話をかけて……いや、助かったから、ありがとう」
「「──?!」」

「あー、ホントに二人名指しで言った! 勘右衛門はともかく俺とか雷蔵だっていろいろ頑張ったのに!」
 虚を突かれた二人の向かいの席で口をとがらせて突っ伏す三郎。誰の目にもはっきりと拗ねた「ポーズ」だとわかる言動だが、勘右衛門にしてみれば納得がいかない。

「僕はともかくって酷くない?!」
「尾浜も、さっきは余裕がなかったら済まない。鉢屋には勿論ひなさん共々感謝してるよ?」
 ひなも彼女に同意するように首を縦に振った。
「皆さんにいろいろ気を遣ってもらって、助かっています」

「そんな、気にしないでよ、ね? ねえみんな?」
「ああ──あんだけばっさりやられた後で却って気持ち悪ぃ」
「ハチ、こら、もう!」
 三郎は勘右衛門達がまた騒ぎだす下で突っ伏したまま、ちろりとひわを見遣った。
 ツンツン娘二人の僅かなデレに盛り上がっている三人は忘れているようだが、今のひわの台詞には欠けているところがある。
 盛り上がりのきっかけを作ったひなにしても、ひわの意図を気にして、その横顔と空の食器の間に視線を彷徨わせている。

「あ、えーと、食器は今洗いに行くから気にしなくていいよ?」
 どちらかといえば三郎とひなの空気に居心地の悪さを覚えたらしい雷蔵が、少々強張った笑みで言い出した。
「いや、そこでお前が抜けたらダメだって!」
 三郎は小声で言って雷蔵の服を引っ張る。
「え? でも」
「でもも何もないだろー。ひわ姐さんツンでもデレでもいいから早いとこ済ませちゃって?」
「わけわからないこと言わない」
 促されたひわはむっとするが、ひなにも三郎にもはっきりわかる──照れていると。
 ひわは微かに頬を上気させ、視線を彷徨わせながら小さな声で言った。

「その……雷蔵、心配かけてごめんなさい」

「デレだ!」
「かんっぜんにデレだ!」
「すごいデレてるよ!! 信じられん!」

 瞬間、兵助を始めとする三人はずささささっと身を引いて、一か所でひそひそとささやき合った。
 直後、報復に対して身構えるのが彼等の日常を伺わせる。けれどひわはむすっとして彼等を睨むばかりで、代わりに雷蔵が失礼だと三人を怒鳴った。
 勿論、彼等のからかいの標的がその瞬間雷蔵に移ったのは、言うまでもない。

「…………」
 いつもならばからかいの輪に入っているはずの三郎は、何かいいたげな視線をひわに送った。
 ひわはそれも黙殺する。

「だいたい雷蔵一人だけ名前呼びされてるしなー?」
「「なー?」」
「たまたまだよ、たまたま!」
 息を合わせる三人に、顔を赤くした雷蔵は反論するが、

「ひわ姐さん」
「……何」
「保健委員長は?」
「善法寺でしょう?」
「起きて最初に会ったのは?」
「…………三反田」
「じゃあ──」
「三郎君」
雷蔵をからかうためと言うより、何かを確かめるようにひわに問い掛ける三郎を、ひなは遮った。
 他の三人はまだからかっているだけだから良い。けれど三郎は目が笑っていない。

「どうしてひわさんはひわ「姐」なの?」
 三郎の目がひなに移った。
 話を反らそうとしているのはばれているだろう。
 微妙な緊張状態は、じゃれていた四人にもすぐに伝わる。

「そーいやそうだよな」
 ぽん、と兵助の打った手が、その場の空気を軽くした。

「まあ、気持ちはわかるけどね」
「え? なんで?」
 雷蔵が勘右衛門に聞き返したのは、本心なのだろうがこの場合は自爆と言える。
「雷蔵」
「お前はいーんだよ、お前は!」
「最初の挨拶が三郎にはだいぶ効いたみたいだしなぁ」
 勘右衛門はのほほんと言う。ガシガシと頭を掻いた八左ヱ門が、逆の手でひわを指差した。

「あの眉間に皺か無表情で、気にしてるところ指摘されてみろ! しかもそれをオブラートに包んで敢えて気にするなとか言われた日には、ごめんなさいと謝りたくなって来るだろう!」
「その割にハチも噛み付きまくるけどね」
「こらこら、人の心情捏造するな」
 兵助と三郎からツッコミが入る。指を突き付けられたひわはまた眉をひそめていたが、その言い合いに参加する気はないようだ。

 ひなはひわの表情を伺いながら、彼等の騒動をいつくぐり抜けようかと考える。

「だがしかしっ! 雷蔵、お前個人にはあの冷たく凍えた、作法委員会委員長、立花仙蔵先輩ばりの視線を向けられたことはない筈だっ!」

「あ! そうか立花先輩だ。ハチ良く気付いたな」
 暢気な勘右衛門の合いの手に兵助は苦笑するが、素早く件の先輩の顔に作り替えた三郎は真面目な顔を作って八左ヱ門に告げる。

「八左ヱ門が私のことをどう思っているのか良く解ったよ。後を楽しみにしてくれたまえ」
「三郎っ!」
「だいたい自分がモテないからと妙齢の女性を無遠慮に指差すのは失礼だよ?」
「その顔で言われるとすっごいムカつくなあ!」
 歯がみする八左ヱ門。矛先が少し逸れてほっとした雷蔵にも、三郎の口撃は続く。
「雷蔵も、女性からアプローチをかけられたときのあしらいがなっていないな。応えるか断るか……利用するのまでは期待しないが、進退ははっきりするべきだろう」
「ええっ?」

「いい加減にしな」
「おっと!」
 三郎は寸でのところでひわの拳を避けた。
 それからしてやったりの表情で、元の雷蔵と同じ顔に戻す。
「ひわ姐さんのそれは照れ隠し?」
 ニヤリと笑う三郎の隣で視線をあちこちにさ迷わせている雷蔵。どの級友を見てもからかいの目をしているので、困ってしまっている。

 ひなはひわを盗み見た。
 まさか本当に照れ隠しだとはひなも思ってはいないけれど、雷蔵に対する扱いだけが違うのは確かだ。もしかしたら──とひなが思うことはある。それを聞きたくて早く部屋に戻りたいと思っていたのだ。ひわは一体、どんな切り返しをするつもりなのか──

 ひなにまでじっと見られて、ひわは内心で舌打ちした。

「……雷蔵は、世話になった知り合いに雰囲気が良く似てるのよ」

「それだけ?」
 些か拍子抜けした勘右衛門。兵助は、
「馬鹿だな、特別なヒトにそっくりってことだろ」
「あ、そっか」
「あ、そっかじゃないだろ」
勘右衛門に裏拳で突っ込む八左ヱ門。
 三人のやり取りを無視してひわは続けた。

「十年近く前の事だから、ひなはよく覚えていないみたいだけど、私達の守役の一人だったから、ある意味特別でしょうね」
「え?」
 ひなは思わず雷蔵を凝視した。
 話の流れからそれは自然なことで、ひなの反応を見て三郎は肩の力を抜いたようだった。
 けれどひなは彼等の反応に頓着する余裕はなかった。

──十年前、の、守役……雷蔵……

 記憶にノイズがかかっているのは、幼かったからではなく、降り懸かった現実をどこかで認められずにいた代償だ。ひなは人の顔と名前がなかなか覚えられなかった。
 その頃に守役として付いていたのは、基本的に草のものと呼ばれる忍。その頭領の年齢を思えば、「今」この場所で忍術を学んでいる少年が「そう」だったとしても不思議はない。

 そして、同盟のために奥州に移ったひなと違って、留まったひわは彼等と長い時間を──深い信頼関係を結んでいる。仲間を見間違えるはずも、冷たく突き放すこともできるはずはなかった。

「確かに雷蔵なら良い守役になりそうだ」
「大雑把とか迷い癖さえなけりゃね」
「ていうか図書委員じゃ間違いなくお守り役だろ?」
「だよなー」
 言葉の裏を知らない少年達が、三つ四つのお子様を想像して言い合うのは仕方がない。むしろひわならわざとそう思わせるように言ったのだろう。

 友人達の、「よっ保父さん」という生温い笑みに逆らって、
「それ言ったらハチも兵助も委員長代理で後輩の面倒よく見てるじゃないか!」
「それとこれとは話が違うだろ」
「うちはホラ、むしろ二年の三郎次がしっかりしてるし、後輩といってもタカ丸さん年上だろ?」
「ハチが面倒見てるのは毒虫だもんなあ」
雷蔵の指摘は揃って却下された。勘右衛門の言葉に八左ヱ門は
「ほっとけ」
と顔を背ける。

「一度飼いはじめたからには最後まで面倒を見るのが人として当然だろう!」
「三郎!」
 三郎がまた八左ヱ門の顔を作って格好つけるので、真似された方は身を乗り出して彼を怒鳴り付ける。
 三郎は素早くまた別の顔を作った。
 ふざける三郎を止めるのは、こうなると同じクラスの二人の役目になる。

 ドタバタ騒ぐろ組の会話をBGMに、勘右衛門はこそっとひなとひわに近づいた。
「二人が雷蔵に打ち解けやすかったのはわかったけどさ、僕らにももっと気楽に接してくれたら嬉しいんだけどな」
「そーそー。講師やるなら贔屓はまずいだろ?」
 二人の後ろからは兵助が。騒ぎを放置して皆の食器を集めて回る。
 ひなとひわは目を瞬かせた。

「知っていたんですか」
「俺、火薬委員会委員長代理。コイツは五のいの学級委員長」
 ニヤッと笑って兵助が告げれば、ひょい、と彼の持つ食器の上に椀を重ねて、勘右衛門がろ組を指差す。
「ついでに、ろ組の学級委員長が三郎。八左ヱ門は生物委員会の委員長代理ね」

「コラ、勘右衛門かさねすぎ!」
「各所属の代表者には先生方から話が伝えられたんだ。
 大丈夫、兵助なら運べる!」
 勘右衛門は無責任に兵助を励まして、更に皿を重ねた。
 ひなはそれが気になって仕方がない。

「…………

 …………

(少なくとも、この二人は知らない)


 ……善処する」

 長考の後、ひわは頷いた。

「勘右衛門、さすがにそれは無理でしょう。兵助、崩れる前にそっち貸して」
「へ?」
「見てる方がハラハラするから。気楽にするのと全部甘えるのは違うでしょう?」
 ひなは勘右衛門が兵助に押し付けようとした湯呑みを横から抜き取った。
 それに同意を見せて、今にもバランスを崩しそうな兵助の手から三割程度の食器を奪い取るひわ。

 兵助が間抜けた声をあげたのは、だがそれら手出しによるものではなく、
「あれ、ひわさん今名前……」
同じように驚く勘右衛門に奪い取った食器を押し付け、ひわは兵助から残りの食器の概ね半分を取り上げる。

「勘右衛門、洗い場はどこ?」
「えっと、あー、こっち……
 じゃなくて!」
 勘右衛門は先に立って歩きだし、すぐに足を止める。彼のノリツッコミに、攻防を続けていたろ組の三人も何事かと振り返った。

「ってか、あんたさっきまで寝込んでいた奴が何やってんだ!」
 真っ先に反応したのは八左ヱ門。速攻でひわから食器を奪い取り、
「兵助、勘右衛門、お前らも気付け!」
い組の二人を怒鳴り付ける。二人は「あ……」と冷や汗を流した。
「悪い、忘れてた」
「うん、ごめん」
「自分だって忘れてたのによく言うよ」
「三郎っ!」
 ボソッと呟く三郎に食ってかかる八左ヱ門を、慌てて雷蔵が押さえ付ける。バツが悪そうな勘右衛門と兵助に、ひわは気にするなと首を振った。

 溜息をついたのはひなだ。

「人が悪いですよ、三郎君」
「鉢屋には先に話していた筈なんだけど」
「え?」
「ひわ姐さんが倒れたのは、場所と気が馴染む前に装具無しでバサラ技を連発したからなんだってさ。今は装具着けてるし、休んで気も調ったから、普通にしてる分には問題無し」

「何だよそれ」
 八左ヱ門は拍子抜けした顔をした。
 兵助も脱力した笑みを浮かべ、

「もしかして、さっき「こっちの方が今は楽」って言ったのは、このことだったり?」
「そう。だから勘右衛門も兵助も気にしないで良いよ」
「本当に無理なことならあたしが止めていますから」
「そっか。でも今日は僕らで片付けるよ、気が利かなくて御免ねー」
二人の肯定に、勘右衛門がほっとした笑みでひなの分の食器を取り上げた。

「済まない、助かるよ」
「ありがとうございます」
 ほわほわした彼等の表情にほだされ、つい、ひなとひわの顔に微かな笑みが浮かんだ。

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 二つ目に飛ばされた先は、海と共に生きる町だった。十歳そこそこの子供になっていた私は、その町で士官学校に入学し、そのままガイエンの誇る海上騎士団の一員となった。
 幾つか下の後輩に、領主の子息だとか小間使い扱いのあの子とかがいた。いわゆる4様は拾われ子同士でもあり、それなりに私になついてくれた。名前がそのまんま「カトル(quatre)=4」だったことには初対面時絶句してしまったけど。

 ペルソナ使いとしての経験と、対アクマの戦闘経験は、士官学校の成績や海上騎士としての活動にも有用だった。
学費に関わる負債は、在学中のアルバイト、モンスター退治や卒業後数年の働きで完済できた程だった。それがカトル達の卒業と被ったのは偶然だったけれど、私は完済と同時に騎士団を辞した。
 本格的な戦乱になる前に、群島の島々を訪ねておきたかった。

 某商会とは違う商船の護衛としてミドルポートからオベルを目指し、ネイ島に向かう所で王様にはとても見えないおっさんに捕まる。いや、とても見えなくともそれが王様なんだけどさ。
 そこで何が気に入られたんだか、岩壁の隠れ家サロンとの連絡係を任命されたり、弓兵であるお転婆姫の護衛として彼女の哨戒任務に同行させられたり。まあ後者は多分、歳の近い戦う同性が余りいなかったせいだとは思うんだ。
 オベルに馴染んでる私を見たときの、みんなの唖然とした顔は面白かったなぁ。

 そこから先は結局ゲーム沿いに話は進んだ。カトルはサロンに集められた仲間達のリーダーになる事を固辞しようとしたけど、そこは先輩特権で強引に押しきった。だって私の役目は半分姫様の茶飲み友達。本拠地──本拠船が出航するときも、私も半ばオベルへ留まることになる気がしてた。
 そうならなかったのは、姫がそう望んだから。だから船出から先は、大体カトルと一緒に行動した。
 エレノアさんとこ行ったときは、大丈夫だって解ってても薬入りの食物を摂取する気にはなれなくて、振りで誤魔化したけど(軍師様には猿芝居と言われた。ヒドイ)。
 あの霧の変な船にも、勿論乗り込んだよ。
 私としてはアルドがお勧めだったんだけど、リノ王とカトル、二人がかりで指名してきたんじゃ流石に断れない。余計なことペラペラ喋る船長をみんなで吹っ飛ばして、ちょっとばかりトゲトゲしてるテッドおじいちゃん(笑)を確保した。

 霧の彼方に消えていただいた船長と、そのあと仲間になったジーンさん、それからレックナート様は私が純粋なその世界の存在ではないことに気付いてるようだった。船長はぶっ飛ばしたし、ジーンさんは言いふらすよな人じゃないし、レックナート様は……レックナート様だから仕方ない。
 本来はカトルが寝てるところに現れるはずのレックナート様が、カトルとお饅頭の試食会してる最中に現れたとしても。言いたいことだけ言って消えてきそうなレックナート様の口にお饅頭を突っ込んだのは、別に腹いせじゃありませんからね? ふふ。

 あと、何かあったかな……あぁそうそう。ペルソナを誤魔化すために流水の紋章と瞬きの紋章を宿したんだっけ。魔術師系統の疑り深い奴とか、天間星とか天間星とかが気にしてたから。
 そうしたら紋章砲の砲手としてもう一属性くらいつけろと言われて、なし崩しに旋風の紋章まで割り当てられてしまった。烈火とか雷鳴は……うん、持ち腐れになるからね。そして大地は、単に在庫がなかったんだ。

 装備で優遇されたし、昔馴染みの気安さから海戦でも通常戦闘でもかなり酷使された。
 お陰で成長速度遅めってどういうことだっけ? と言いたくなるくらいにはグイグイレベルが上がっていった。勿論、同じくらい酷使されまくってたタルやハーヴェイ、何よりカトル自身はラズリル奪還時点でとっくにレベル完ストしてたんだけどさ。
 私のレベルは大体出動回数が3分の2くらいのジュエルやシグルトと同じくらい。あのまま騎士団に所属してたら、私の成長の遅さはもっと際立ってただろう。

 そしてラスダン──私でさえレベル完スト目前でのエルイール潜入は、軍師様の護衛という重責まで預かってしまった。
 それがいけなかったと言えばいいのか、どっち道どうしようもなかったと言うべきか、この世界の私の記憶は、エルイール要塞の中で途切れている。
 肝心の時に魔力切れで、崩落する要塞から脱出しはぐってしまったから。

 瓦 礫 に 押 し 潰 さ れ る ──!!

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 私の名前は阪上雪弥。男みたいな名前だとよく言われる。つまり、女だ。

 そもそもの始まりについては0夜で述べたので、改めては語らない。
 よくわからない機関とやらに白羽の矢をたてられて以来、色々な世界に飛ばされてきた。その色々について、詳細を改めて語る機会があるかわからないので、かい摘んで話してみようと思う。


 最初に飛ばされた先は、一見これまでと変わらない日本。
 中学生に逆戻りしているのと居住地が珠閒瑠市なんて場所でなければ、おかしな夢を見ただけだと思うところだ。

 世間をセベクスキャンダルなんて事件が賑わせたのはその中学在学中のこと。
 始まりがマヨナカTVなのに、ペルソナ4じゃなくて初代とか罪罰の世界かよ! と空に向かって突っ込んだことは今でもよく覚えている。
 中学のクラスメイトの付き合いと、戦えないとのっけからろくなことにならないと悟っていた私は、ペルソナ様遊びをしっかりこなしてアクマとの遭遇に備えた。

 私のポジションはゆっきーとかうららとかみたいな、仮面党的には部外者のペルソナ使い。
 もそっと具体的に言えば、主人公(「たっちゃん」じゃなくて「しぃくん」。茜淳士が彼の名だ)のクラスメイトで、セブンスのエンブレム事件で協力しあった成り行きで、メインストーリーにガッツリ噛むことになった。

 しぃくんには隣のクラスにみぃちゃん──茜温海という双子の妹がいて、だから、彼が所謂主人公だって解ったのもエンブレム事件が起きてから。同じ時期にペルソナ使いとしてパーティに加わったみぃちゃんは、摩耶さんに並ぶヒロインとして事件に関わっていった。
 何しろギンコと並ぶミスセブンス候補、兄弟はブラコンでシスコンのハーレム漫画かギャルゲーで出てきそうな相思相愛関係。不良とかなんとか怖れられてるしぃくんに対し、運動部の部長で先生方の覚えもめでたいよな完璧少女がみぃちゃんだった。
 まぁ仮面党ごっこの一員だった彼女は彼女で、完璧な女の子の仮面を被らなきゃいけない苦しみがあった訳なんだけどね。
 彼女が居てくれたお陰で、私は却って気兼ねなくパーティに参加することができた。

 そうそう、私の武器はしぃくんと同じく片手剣にしておいた。ほら、魔法「剣士」だし。

 初期ペルソナはまさかのヒーホー君で、他の皆みたいにカッコいい「我は汝、汝は我」みたいなシリアス召喚シーンは一度たりとて巡ってこなかった。みぃちゃんなんて蔡文姫とかムネモシネとかちゃんと固有ペルソナらしい特別なペルソナだったのにな。ちぇ。

 それでも合体技出しまくって噂システム駆使しまくって、変異に変異を重ねたウチのジャックフロストは規格外の高パラメータに成長した。私のレベルアップよりもペルソナの変異回数の方が早くて多かった、と言えばヒーホー君の異様さが分かりやすいだろうか。
 同じだけ戦ってもレベルがなかなか上がらない私が主力メンバーたれたのは、結局ヒーホー君のステータスによる底上げのお陰だった。

 この変異フロストが、私の固有ペルソナとなった。

 ちなみに、ペルソナの使用にレベルアップがおっつかなくて、私はパーティのチューインソウル使用率ナンバーワンを誇った(誇れない)。レベルアップでSP全快って、現実に起こるとなんか理不尽。いじけてたらユキノさんから、ジャックフロストがこんなん成長するなんてそっちの方が納得いかない、と言われた。納得した。

 しかし。

 いくらパーティメンバー和気藹々仲良くやろうとも、舞台はペルソナ2なのだ。
 しかも、罪の方。
 あれをハッピーエンドに導く方法があるなら誰か教えてほしい。

 用意周到なニャル様に私やみぃちゃんがいたくらいで太刀打ちできることもなく、ほぼゲーム通りの流れで地球は滅ぼされた。

 フィレモンとの話のあと、罰の世界に移行してく皆には同調できず、私はその世界からリタイアした。みぃちゃんは何となく、私の決断に気付いてた気がする。「またね」でも「向こうの世界で」でもなく、「サヨナラ」って、泣き笑い。それが最後に見たみぃちゃんの顔。

 出会いをなかったことにした皆と、その世界で足掻くことを選ばず他の世界に居なくなる私は結局大差ないことぐらい、フィレモンに指摘されなくても解っていた。

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○月×日委員会業務終了後
今日こそ十六夜に告白しよう。そう思って委員会に参加したが、十六夜は委員会の間中上の空だった。雷蔵と何かあったのかと訊ねたところ、不思議そうにされたものの、明白な回答は得られなかった。何れにせよ、十六夜が調子を崩すのは概ね雷蔵か鉢屋の絡みと見て間違いない。日が悪いため告白はまた折を見て試みよう。

同日帰宅後
後輩達の勧めで十六夜を送って帰ることになった。十六夜は少し顔が赤い。上の空の原因は発熱によるものかもしれない。不謹慎だが雷蔵絡みではないことに安心してしまった。小平太に取っ捕まったのは私への罰だろう。
3組の二人はそれとなく察して見ぬふりをしてくれたようだが、小平太は一直線に訪れ、勝手に色々言いふらしてくれた。止めに来た平は相変わらずの苦労性だ。しかし、平の学年でも十六夜は雷蔵と、等という噂が罷り通っている事を知る。由々しき事態だ。
二人が去ってから腹を括り、その場で十六夜に想いを伝えようとした。
──十六夜は唐突に約束を思い出した、と慌て出したので実現しなかった。
私の話より、雷蔵との約束が大事かと少しだけ腐った。いや、誰の約束であれ、先約を優先する心根は間違ってはいない。私の被害妄想だろう。

○月□日
おかしい。
今日で5日十六夜を見掛けていない。十六夜が当番であるのに他の者が現れたので訊ねたところ、課題の期限により当番の日付を交換したのだという。先日は家の都合だった。日誌を読む限り他の当番にはきちんと参加しているようだから、サボりではないらしい。しかしこうも重なると、避けられている気がしてならない。
明日は私の当番ではないが、図書室に様子を見に行こう。

○月△日
廊下を歩いている十六夜を見つけた。声をかけようとしたが、急に走り出したので機会を逸した。十六夜はしばしばそそっかしい。私に気付いて逃げたのだとは、考え過ぎだろう。
放課後、図書室に向かう途中雷蔵と連れだって歩く十六夜を見掛けた。心なしか以前より睦まじく並ぶ距離も近い。 これではまるで──いや、あの二人の仲の良さは今更の事だ。今更の事だ。

○月○日
相変わらず十六夜に会わない。当番で一緒になった雷蔵に何か知らないかと訊ねたが、
「比菜子ですか?」
と惚けられて追及する気持ちが萎えた。比菜子、と呼び捨てにするのは鉢屋だった筈だ。何故今になって雷蔵まで呼び方を変えたのか。追及するには、その答えを覚悟せねばならない。

○月◇日
最悪だ。
当番ではないが十六夜が来ている、ときり丸が教えてくれた。
私は準備室での仕事があったため、図書室に出られたのは閉館間際になった。久しぶりに顔を合わせた十六夜は以前より綺麗になっているように見えた。急がなければ、雷蔵を警戒している間に他の男にさらわれると気が急いた。
常ならば図書室で私語など認められないが、図書委員のみのその時間、気付いたときには書架の陰で、十六夜に暫しの時間を請うていた。十六夜は是とも否とも語らず、惑っているようだった。だが──そこで雷蔵が現れた。
「比菜子」と呼ばれた十六夜は、迷いなく雷蔵へと駆け寄った。十六夜の肩を抱く雷蔵は、勝者の憐れみで私を見返してきた。私は、想いを口にする暇さえ与えられないのか!!
雷蔵に奪われたことよりも、十六夜の本心をその言葉で知らされることがなかったことが私の胸に重くのし掛かった。

○月▼日
さーやが放課後になって教室に来た。姓が異なることを気にするさーやが、校内で声をかけてくる事は滅多にない。何事かと思ったが、真剣な顔をしていたので邪魔が入らぬよう裏庭に出て話を聞いた。
さーやは、鉢屋達のグループがこそこそ企んでいることを伝えてくれた。十六夜と会うことができなくなったのは、鉢屋の策略だった。そしてその策略の根底には、さーやが発した言葉への誤解があるのだという。
しかし鉢屋は知っている筈だ。さーやが私の兄妹であるということを。
私は十六夜の本心を訊きたいと願った。鉢屋や雷蔵が阻んでいるのだとしたら、十六夜自身に私を避ける意があるのか──
これまでの願いが弱かっただけなのか、計ったように十六夜は現れた。曲がり角の出会い頭、千載一遇の機会を逃しては私は度しがたい愚か者だ。
急いでいるのは瞭然だったが、腕をついて進路を遮った。はじめからこうしておけば良かったのだ。両腕と壁に退路を塞がれた十六夜は、観念したように大人しくなった。私は訊ねた。
十六夜自身が私を避けていたのかどうかを。
そして答えを聞いたとき、私は己のふがいなさに、どうしようもなく笑いが込み上げてくるのをこらえられなかった。
十六夜が私を避けていた!!
十六夜には私の言葉を聞く気など無かったのだ……

○月▼日後半
さーやには叱られてしまった。私の振る舞いは十六夜を威嚇するものだったらしい。仕方なく壁から腕を離した。しかし雷蔵が現れるとさーや自身が十六夜を留めた。そうか、私もこうして十六夜を困らせていたのだな。
驚いた事に、さーやと十六夜を見ていた雷蔵は、十六夜ではなくさーやを連れて私の前から離れていった。釘を指す言葉と視線からは、私を容認したわけではないことが知れた。
つまり、十六夜が私と話すことを望んでくれたということだろうか。
私は十六夜を見下ろした。
いつかのように微かに頬を赤くした十六夜は、やはり美しかった。普段の天真爛漫で無邪気な様も、ふとした瞬間に覗く艶めいた表情も、私の心を深く掴んで放してはくれない。
口下手な私は、ただ訥々とありのままに胸の裡を十六夜に告げた。十六夜は──

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「気まずい話題を振られたくないなら、最初から顔合わせなければ良いんだよね!」

 ひらめいたあたしは、当番を交替したりして、出来るだけ先輩と会わなくてすむように調整した。
 交換するときの理由は……あたしが考えつけられるわけもなくて、悔しいけどこれまた三郎に色々ネタをもらった。協力的な三郎は不気味だったけど、何か奴自身の面白がるポイントあるみたいなので今はよしとしておこう、うん。
 どうにもならないときも、とにかく二人きりになるのは全力で回避してきた。近くに他の誰かがいるときには、中在家先輩もそんな話はしてこないだろうから。

 そして、紗彩ちゃんの口からあれ以来中在家先輩の名前が出てくることはなかったけど、特別教室の掃除中、窓から見た。二人で何か話してるところ──
 紗彩ちゃん、頑張ったんだな。
 うまく、行くといい……な。そしたらあたしは、こんな頑張って先輩避けなくてもよくなるし。
 これまでみたいに──

「比菜子~、不破君迎えに来たぞ、このラブラブめ!」
「はっはっは、うらやましかろ?」
 からかってくるクラスメイトにふざけ返したけど、頭の中はぐるぐるしてた。

──これまでみたいに、何……?


「比菜子ちゃん、大丈夫?」
 雷蔵が、久しぶりに呼び捨てじゃなくあたしを呼んだ。

 その日の帰り。
 ちょっ早で荷物片付けて、廊下で待ってた雷蔵の所に走ってくと、雷蔵は何故かはっとした顔になって。でもその場では何も言わないで、昇降口まで降りてきた後になってから訊いてきた。
「大丈夫って、何が?」
「何がって……大丈夫なら、いいんだけど」
 奥歯に物が挟まったみたいって、こういう時に使うんだよね?
 思わせぶりな雷蔵の言葉に首を傾げて、傾げて──

「大丈夫じゃ、ないかも!?」
 
 あたしはさあっと青くなった。

「えっ?!」
「明日提出の被服の課題っ! ロッカーに入れっぱなし!!」
「ええっ(そっち)?!」
「ちょっと取ってくる!」
 ついてくるって言ってくれた雷蔵には流石に悪い気がして、ダッシュで教室を目指す。
 ただでさえ家庭科の成績よくないのに、提出遅れで減点なんて、目も当てられない。

 焦ってたあたしは、周りがよく見えてなかった。

 どしんっ
「っ!」
「っ!?」

 曲がり角で誰かと衝突。
 転ばなくて済んだのは、ぶつかった相手が咄嗟に腕を掴んでくれたからで。

「あ、す、いませ──?!」
──まずった!

 顔を上げたと同時にまた迂闊さを知った。
「十六夜……廊下を走るのは危ない、モソ」
「で、デスヨネ~……すみませんでしたっ! では急いでるのであたしはこれでっ!」
 頭を下げる勢いと挨拶のフリで、掴まれた腕をほどいた。
 踵を返して、後は全力競歩で──

──どんっ

 離脱することは、できなかった。
 どんって今の音は、あたしの進行方向が遮断された音。目の前を中在家先輩の腕が遮って、危うくその腕にぶつかりそうになった。

「十六夜」
「っ先輩!?」

 ニタァ、と中在家先輩は笑顔の様な表情を浮かべていた。

 ま・ず・い……! これは相当に怒ってる!

 くるり、反対方向に逃げようとしたのは、殆ど条件反射だった。

──どんっ

 すると今度は反対側も、塞がれてしまった!

「少しの話も聞けないか」
「ひぃっ!」
「十六夜」
「は、っはぃ!」
「近頃私を避けているな?」
「そっ……そんなメッソウモゴザイマセン!!」
「あ゛ぁ?」
 ギロリ。
 見下ろされた眼力に小心者なあたしの心臓はミジンコサイズまで縮み上がった。
「…………オッシャルトオリデゴザイマス」
「そうか。ふへっ……うぇっへっへへ」

 にぎゃーっ!? わ、笑ってる=ますますお怒りに!!
 神様仏様七松様……! ど、どうか中在家先輩のお怒りをお抑えくださいぃっ!

 追いつめられた壁際で、先輩の大迫力な笑顔を見返すなんてアリエナイし絶対ムリ!
 あたしはギュッときつく目を瞑って俯いた。

 雷蔵、らいぞー! この際三郎でもくくっちでもいい!(勘ちゃんは面白がって放置しそうだし、たけやんは迫力負けするからあてにしない)頼むから誰か何とかしてくれーーーっ!!

 とはいえ。

「ぉ、お兄ちゃん!!」
 パタパタパタっ
 可憐な声と軽い足音が耳に入った時は、さすがに「逃げて、超逃げて!」と思った。誰かわかんないけどどこかの可愛い妹さんを巻き込んで助けを乞うほどは落ちぶれちゃいない(えへん)!

 ……いや、助けてくれるならこの際見知らぬ赤の他人でも。
 いやいや、それはいくらなんでもダメだろう……

「お兄ちゃん!」
 思考という名の逃避をしてる間に、声はすぐ近くまで来た。
 いや、マジ逃げて! 誰かの妹さんっ!

「十六夜さんに当たらないでって言ったでしょ!」

 へ?

「……さーや」
 
 さーや。

 さあや……
 
 紗彩ちゃん!?

 あたしは恐る恐る片目を開けた。
 
 相変わらず両サイドは中在家先輩の腕。背後は壁。
 でも、圧迫感が薄れてるのは、中在家先輩の目が横の方に流れてるから。

 そこにいたのは、やっぱり紗彩ちゃんだった。
 紗彩ちゃんは頬を膨らませて中在家先輩を睨んでいた──そんな強気な態度なんて、ちょっと意外。でも、可愛い。
「思い通りにならないからって力づくなんてサイテイ!」
「む……」
「ほーら、う・で。早く外して!」
「だが……」
「はーやーくー!」
「……モソ」

 中在家先輩はしぶしぶ両腕を引っ込めた。
 自由になったあたし。
 けど何が何だかわからなくて、結局その場を動けなかった。
 ととと、と紗彩ちゃんはあたしの方に近づいた。
「あの……ごめんなさい、十六夜さん」
 目を伏せて謝る紗彩ちゃんは、あたしの知るいつも通りの控えめな感じの女の子だった。間違っても、誰かをしかりつけるなんてことしなさそうな。
「お前が謝ることではない、モソ」
 中在家先輩の表情も、見慣れた仏頂面に戻ってた。
 すごいな。
 紗彩ちゃんが、来たから──だよね。

 チクン。

 心臓のあたりを原因不明の痛みが襲う。き、緊張から急に解放されて一気に血の流れが戻ったせいか!?

「もちろん今怖い思いさせたこと謝るのはお兄ちゃん!」
「う……」
「う、じゃないでしょ!」
 紗彩ちゃんは中在家先輩には強気になれるみたいだ。
 ん……? ていうか。

「比菜子ちゃん?」
「あ、雷蔵……」
「なんだか気になって来ちゃった」
 反対側から声かけてきたのは雷蔵。
 できればもっと早く来てほしかった……けど、待っててって言ったのはあたしだっけ。照れたように頭を掻く雷蔵は、ちら、とあたしと中在家先輩、それから紗彩ちゃんの距離を見比べた。
「比菜子ちゃ──」
「十六夜さんっ!」
 きゅっと、制服の袖口を掴まれる。
 雷蔵の声を遮るように、紗彩ちゃんがあたしを呼ぶ。
「え?」
 紗彩ちゃんはいつかみたいに顔を赤くして、下を向いたままにまくしたてた。

「ごめんなさいごかいなのっ! 私ただお兄ちゃんのこと十六夜さんにアピールしたくてだけどちゃんと言葉に出来なくて! 私べつにそういう感情この人に持ってなくて、嫌いなわけじゃなくてむしろ大好きだけどそれってたった一人のお兄ちゃんだからでわたし十六夜さんの事も大好きだからふたりが仲良くなってくれたらうれしいなっておもっただけだったのになんでこうなっちゃったのかなぁ……」

「え?」
「さーや」
 言われた言葉、呑み切れないでいるうちに溜息を吐いた中在家先輩が紗彩ちゃんの頭を撫でた。
「落ち着け。それから手を離せ、モソ」
「だ、だって! はなしたら十六夜さん不破くんのところに行っちゃう」
「え……」

「モテモテだね、比菜子ちゃん」
「雷蔵!」
 雷蔵は笑っていた。
 さっきまでの中在家先輩みたいな笑い方じゃなくて、優しくてあたしが昔から大好きな、あったかい笑顔。で、目を細めて。
「あ…………」

 唐突に、気が付いてしまった。
 雷蔵の呼び方が、さっきから元通り。オツキアイ前の呼び方に戻ってること。
「姉小路さん……だっけ? 比菜子ちゃん被服の課題を忘れたらしいんだ。ロッカーの場所わかるかな?」
「不破くん……?」
「すぐ戻ってくるから、何かあったら僕を呼んで」
 雷蔵は言ってから、初めて中在家先輩を見上げた。
「すぐ戻りますから、比菜子ちゃんを泣かせたりしないでくださいね」
「っ雷蔵!」

 中在家先輩を挑発するみたいなこと言い放った雷蔵は、ごく自然にあたしの袖口を掴んでた紗彩ちゃんの手を取って歩き出した。
 残されたのはあたしと、目をぱちくりさせた中在家先輩──

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