管理サイトの更新履歴と思いつきネタや覚書の倉庫。一応サイト分けているのに更新履歴はひとまとめというざっくり感。
本棟:https://hazzywood.hanagasumi.net/
香月亭:https://shashanglouge.web.fc2.com/
〓 Admin 〓
自室の床に寝そべって、八左ヱ門は懐から取り出した櫛を眺めていた。
長い間大事に使われていたことがわかる、塗りの剥がれかけ、使い込まれた櫛。
夕食の時に返しそびれたそれの、本当の持ち主はひわだ。
雷蔵の髪を梳き終えるかいなかで倒れてしまったときに、彼女の手から滑り落ちた櫛。あの時の赤い顔と潤んだ瞳、ぶっきらぼうな対応は、高熱によるものだと把握した。それはいい。
解せないのは、何故ひわの方が無理をして、バサラ技を連発したのか。疲労に苛まれた身体を圧して、三人の絡まった髪を梳き、一人一人の名を確かめたのか。
──雷蔵の名前を確かめるため……じゃあないだろうな?
いくら似ているとはいえ、十年前では雷蔵もちんまいお子様だ。守役の可能性があるとすれば、雷蔵の親類縁者。けれどその程度の繋がりを測るためには身体を張り過ぎではないだろうか。
八左ヱ門は目の前で見ている。雷蔵の名乗りを聞いた直後の、失望と安堵という共存しないはずの感情に揺らいだひわの顔を。
守役の話を聞いた後のひなの反応にしても変だ。似ているだけの他人を見つけて、何故あそこまで衝撃を受けるのか──悟らせないようすぐ馬鹿騒ぎを演出したので、彼女達は彼等が違和感を覚えているのに気付いていないだろう。
──と思いたいけど、微妙か。兵助達は多少距離を詰めたようだけど。
八左ヱ門は、別れ際のひわとの会話を思い出し顔をしかめる。
「ひわ姐さん、俺らも名前で良いと思わない?」
い組の二人がいつの間にか名前で呼ばれているのに気付いた三郎。自分と八左ヱ門とを指差して提案したのだが、
「だがことわる」
「一言かよ!」
その前に覗かせた柔らかい微笑を何処に忘れたかという真顔でひわは却下した。
「鉢屋は鉢屋の方が呼びやすい。竹谷は……八左ヱ門て長くて言いづらいからヤダ」
「勘右衛門だって十分長いだろ!」
「ちょっと!」
槍玉に上がった勘右衛門が声をあげるが、ひわはちらっと彼を見た後、
「長くないでしょう、勘右衛門は……そうだな。十数年後にどこかで無事に再会出来たなら考えても良いよ」
「遅すぎだろ、どう考えても」
「じゃあ三郎は?」
お墨付きを貰った勘右衛門はのほほんと尋ねる。当の三郎は、肩を落とす姿勢の裏で、ひわの反応を伺っている。
「鉢屋が何?」
「いやあの、どのくらい経てば名前で呼ぶ気になるのかって話だろ」
苦笑して、兵助。ひわは眉を寄せ、苦渋の顔付きになり、瞑目した。それを見たひなも何故か(彼女は最初から名前で呼んでいるのに)難しい顔をして顎に手を当てる。
「おーい、もどってこーい」
あまりにも間が長いので兵助は再び呼びかけた。ひわは苦い顔のまま、
「想像もつかない。
鉢屋は将来的な主君が大体決まってるでしょう。ある意味それに敬意を表しているってことじゃダメなの?」
「ひわ!」
ひなは慌てたようにひわを呼んだ。
──大丈夫。
ひわの口が音を立てずにひなへ告げた。
──大丈夫……何がだ?
くるり、櫛の裏表をひっくり返す。
皹が入ったのを補修した跡。着ていた衣は上質なのに、そこまでして使い続けるのは、どんな理由なのか──
八左ヱ門が気になるのは、この櫛をどこかで見た覚えがあるからだ。
彼女達──少なくとも、ひわは、この学園に関する何かを知っている。それでいて、隠している。先生方がそれに気付かないはずもないのに敢えて五年生長屋に放り込み、臨時講師の役割を与えたのは……
「ただいまーつっかれたよ!」
ガラッと戸を開けて、同室の吹田新之助が現れた。
「おー」
八左ヱ門はおざなりに返して櫛の検分に意識を戻す。それを遮ったのは、ひょこっと上から顔を覗かせた新之助だった。
「なんだよー、やっと実習から戻ったルームメイトにそっけなさ過ぎだろ!」
言って、八左ヱ門の持つ櫛に目を留める。
「あれ? 何でハチが佐助先輩の櫛持ってんだ?」
「は?」
「は? て何だよ! なんか随分ぼろくなってるけど、それ、左助先輩が実習で使ってた櫛だろ? もしかして、俺がいない間に先輩来てたのかっ?」
「うわっ、待て! 来てない来てない!」
クワッと迫られ、八左ヱ門はゴロゴロ転がって新之助から逃れる。慌てて言い足せば、じゃあ何でそれを持っているのかとジト目を向けられる。
八左ヱ門は新之助から十分な距離を取ってから睨み返した。
「つか、何で新が佐助先輩にこだわんだよ!」
「実習んときにイロイロ迷惑かけたのに、礼言う暇なく卒業しちまったんだもん! 利吉さんは卒業してからもよく来てくれるけど、佐助先輩は全然だろっ、やっと礼言えると思ったのに!」
「お、おーそうか」
熱く語る新之助に八左ヱ門は引いた。眼に気迫が籠り過ぎて怖い。豆腐小僧の豆腐語りならもう慣れたが、同室五年目にして初めて目の当たりにする迫力だ。
実習とはいえ、命を預け合うこの環境では、たまにこうして先輩や同輩への崇拝者が現れる。
互いが学内にいる間は良い。けれど卒業してからも引きずるようだと、忍としては致命的だ。
崇拝する相手と戦場で遭遇したら──佐助が新之助に顔を合わせないまま卒業したのも、それを懸念したからかもしれない。
新之助は膨れっ面で八左ヱ門を睨む。
「で、何でハチがそれ持ってんの?」
「拾った。…………なあ、三年ろ組の四條畷先生って左助先輩の就職先知ってると思うか?」
「知ってるだろうけど聞いても無駄だよ」
迷った上に新之助に尋ねるが、その前の答えが端的過ぎたからか返答は冷たい。
そして何より、既に確認済みであることに八左ヱ門は戦いた。
思い浮かべるのは、この櫛の所有者。
疑わしさは拭えなくとも、新之助の八つ当たりに遭わせるのは気の毒に思えた。
「いや、そういや知らないなと思っただけなんだ。俺兵助に本借りるの忘れてたからちょっと行ってくるな」
八左ヱ門は引き攣った笑みで新之助に告げると、じりじり出口へとにじり寄った。
「ハチ?」
「あと、小林先生が、戻ったら体育委員の壊した花壇の修繕で相談したいって!」
「まーた七松先輩かよ!」
それは本当に今まで忘れていた伝言だった。けれどそのおかげで新之助の崇拝モードが解除され、八左ヱ門は寸でのところで追求を逃れたのだった。
吹田新之助──緑化委員会委員長代行。
「で、俺らんとこ逃げてきたわけね」
八左ヱ門が自室での出来事を伝えると、兵助は苦笑混じりの相槌を打った。
「新之助が佐助先輩に傾倒してるのは知ってたけどさー、三木ヱ門が照星さんに憧れてるようなもんだと思ってたよ」
兵法書をパラパラとめくりながら、勘右衛門。
「田村の傾倒ぶりも相当だけどよ、新之助、あいつ佐助先輩の就職先判ったら、それが何処だろうと追っかけ就活やりかねん勢いだったぞ」
「まさか。大袈裟すぎじゃないか?」
「大袈裟なもんか! 佐助先輩の事問い詰めてくるときのあいつの目、マジヤバかったんだからな!」
「ほんじゃさ、佐助先輩仕えてる殿様が気に食わなかったら闇討ちで城潰そうとするとか?」
「今のあいつならマジでやる」
八左ヱ門の断言に、兵助と勘右衛門は顔を見合わせた。
それはあまりにも行き過ぎではないか──?
「けど、今までそんなそぶりなかったんだろ?」
「そもそも俺に佐助先輩との接点がねーよ。話出なきゃ知りようねぇだろ」
「佐助先輩は用具だったっけ」
「きっかけがなけりゃ表に出てこない執着、なぁ……で、これがきっかけ?」
兵助は櫛の歯を爪で弾いた。
ぺん、と間抜けな音が三人の真ん中に落ちる。
「確かに佐助先輩が女装の小道具にしてた櫛と似てる、気はする」
「でもそれにしちゃあ年季が入りすぎてない?」
反対側から櫛を眺める勘右衛門。
「まあな。そう珍しいもんじゃないし、普通に考えりゃ偶然だろ。ただ、あいつらの素性が判らないからな。単純に無関係で切っても良いのかどうか……」
八左ヱ門は腕組みした。
櫛に見覚えがあったのは、新之助や兵助の言う通り、佐助が使っていたものと似ているからだろう。実習で使う程度の櫛だから、大した値打ちものでもなく、「似たようなもの」ならいくらでもありそうだ。けれど、それをバサラ者であるひわが持っていた──学園に持ち込んだというのは、何か裏があるのではないかと疑いたくもなる。
卒業生である上月佐助がバサラ者であることは、接点の薄い八左ヱ門でも知っている。
「四條畷先生に聞くだけ聞いてみたら? 就職先教えてもらえなくても、櫛の事なら確認してもらえるかもしれないし」
「やっぱそれしかないか」
勘右衛門の言葉に、八左ヱ門は溜息をついて肩を落とした。
長い間大事に使われていたことがわかる、塗りの剥がれかけ、使い込まれた櫛。
夕食の時に返しそびれたそれの、本当の持ち主はひわだ。
雷蔵の髪を梳き終えるかいなかで倒れてしまったときに、彼女の手から滑り落ちた櫛。あの時の赤い顔と潤んだ瞳、ぶっきらぼうな対応は、高熱によるものだと把握した。それはいい。
解せないのは、何故ひわの方が無理をして、バサラ技を連発したのか。疲労に苛まれた身体を圧して、三人の絡まった髪を梳き、一人一人の名を確かめたのか。
──雷蔵の名前を確かめるため……じゃあないだろうな?
いくら似ているとはいえ、十年前では雷蔵もちんまいお子様だ。守役の可能性があるとすれば、雷蔵の親類縁者。けれどその程度の繋がりを測るためには身体を張り過ぎではないだろうか。
八左ヱ門は目の前で見ている。雷蔵の名乗りを聞いた直後の、失望と安堵という共存しないはずの感情に揺らいだひわの顔を。
守役の話を聞いた後のひなの反応にしても変だ。似ているだけの他人を見つけて、何故あそこまで衝撃を受けるのか──悟らせないようすぐ馬鹿騒ぎを演出したので、彼女達は彼等が違和感を覚えているのに気付いていないだろう。
──と思いたいけど、微妙か。兵助達は多少距離を詰めたようだけど。
八左ヱ門は、別れ際のひわとの会話を思い出し顔をしかめる。
「ひわ姐さん、俺らも名前で良いと思わない?」
い組の二人がいつの間にか名前で呼ばれているのに気付いた三郎。自分と八左ヱ門とを指差して提案したのだが、
「だがことわる」
「一言かよ!」
その前に覗かせた柔らかい微笑を何処に忘れたかという真顔でひわは却下した。
「鉢屋は鉢屋の方が呼びやすい。竹谷は……八左ヱ門て長くて言いづらいからヤダ」
「勘右衛門だって十分長いだろ!」
「ちょっと!」
槍玉に上がった勘右衛門が声をあげるが、ひわはちらっと彼を見た後、
「長くないでしょう、勘右衛門は……そうだな。十数年後にどこかで無事に再会出来たなら考えても良いよ」
「遅すぎだろ、どう考えても」
「じゃあ三郎は?」
お墨付きを貰った勘右衛門はのほほんと尋ねる。当の三郎は、肩を落とす姿勢の裏で、ひわの反応を伺っている。
「鉢屋が何?」
「いやあの、どのくらい経てば名前で呼ぶ気になるのかって話だろ」
苦笑して、兵助。ひわは眉を寄せ、苦渋の顔付きになり、瞑目した。それを見たひなも何故か(彼女は最初から名前で呼んでいるのに)難しい顔をして顎に手を当てる。
「おーい、もどってこーい」
あまりにも間が長いので兵助は再び呼びかけた。ひわは苦い顔のまま、
「想像もつかない。
鉢屋は将来的な主君が大体決まってるでしょう。ある意味それに敬意を表しているってことじゃダメなの?」
「ひわ!」
ひなは慌てたようにひわを呼んだ。
──大丈夫。
ひわの口が音を立てずにひなへ告げた。
──大丈夫……何がだ?
くるり、櫛の裏表をひっくり返す。
皹が入ったのを補修した跡。着ていた衣は上質なのに、そこまでして使い続けるのは、どんな理由なのか──
八左ヱ門が気になるのは、この櫛をどこかで見た覚えがあるからだ。
彼女達──少なくとも、ひわは、この学園に関する何かを知っている。それでいて、隠している。先生方がそれに気付かないはずもないのに敢えて五年生長屋に放り込み、臨時講師の役割を与えたのは……
「ただいまーつっかれたよ!」
ガラッと戸を開けて、同室の吹田新之助が現れた。
「おー」
八左ヱ門はおざなりに返して櫛の検分に意識を戻す。それを遮ったのは、ひょこっと上から顔を覗かせた新之助だった。
「なんだよー、やっと実習から戻ったルームメイトにそっけなさ過ぎだろ!」
言って、八左ヱ門の持つ櫛に目を留める。
「あれ? 何でハチが佐助先輩の櫛持ってんだ?」
「は?」
「は? て何だよ! なんか随分ぼろくなってるけど、それ、左助先輩が実習で使ってた櫛だろ? もしかして、俺がいない間に先輩来てたのかっ?」
「うわっ、待て! 来てない来てない!」
クワッと迫られ、八左ヱ門はゴロゴロ転がって新之助から逃れる。慌てて言い足せば、じゃあ何でそれを持っているのかとジト目を向けられる。
八左ヱ門は新之助から十分な距離を取ってから睨み返した。
「つか、何で新が佐助先輩にこだわんだよ!」
「実習んときにイロイロ迷惑かけたのに、礼言う暇なく卒業しちまったんだもん! 利吉さんは卒業してからもよく来てくれるけど、佐助先輩は全然だろっ、やっと礼言えると思ったのに!」
「お、おーそうか」
熱く語る新之助に八左ヱ門は引いた。眼に気迫が籠り過ぎて怖い。豆腐小僧の豆腐語りならもう慣れたが、同室五年目にして初めて目の当たりにする迫力だ。
実習とはいえ、命を預け合うこの環境では、たまにこうして先輩や同輩への崇拝者が現れる。
互いが学内にいる間は良い。けれど卒業してからも引きずるようだと、忍としては致命的だ。
崇拝する相手と戦場で遭遇したら──佐助が新之助に顔を合わせないまま卒業したのも、それを懸念したからかもしれない。
新之助は膨れっ面で八左ヱ門を睨む。
「で、何でハチがそれ持ってんの?」
「拾った。…………なあ、三年ろ組の四條畷先生って左助先輩の就職先知ってると思うか?」
「知ってるだろうけど聞いても無駄だよ」
迷った上に新之助に尋ねるが、その前の答えが端的過ぎたからか返答は冷たい。
そして何より、既に確認済みであることに八左ヱ門は戦いた。
思い浮かべるのは、この櫛の所有者。
疑わしさは拭えなくとも、新之助の八つ当たりに遭わせるのは気の毒に思えた。
「いや、そういや知らないなと思っただけなんだ。俺兵助に本借りるの忘れてたからちょっと行ってくるな」
八左ヱ門は引き攣った笑みで新之助に告げると、じりじり出口へとにじり寄った。
「ハチ?」
「あと、小林先生が、戻ったら体育委員の壊した花壇の修繕で相談したいって!」
「まーた七松先輩かよ!」
それは本当に今まで忘れていた伝言だった。けれどそのおかげで新之助の崇拝モードが解除され、八左ヱ門は寸でのところで追求を逃れたのだった。
吹田新之助──緑化委員会委員長代行。
「で、俺らんとこ逃げてきたわけね」
八左ヱ門が自室での出来事を伝えると、兵助は苦笑混じりの相槌を打った。
「新之助が佐助先輩に傾倒してるのは知ってたけどさー、三木ヱ門が照星さんに憧れてるようなもんだと思ってたよ」
兵法書をパラパラとめくりながら、勘右衛門。
「田村の傾倒ぶりも相当だけどよ、新之助、あいつ佐助先輩の就職先判ったら、それが何処だろうと追っかけ就活やりかねん勢いだったぞ」
「まさか。大袈裟すぎじゃないか?」
「大袈裟なもんか! 佐助先輩の事問い詰めてくるときのあいつの目、マジヤバかったんだからな!」
「ほんじゃさ、佐助先輩仕えてる殿様が気に食わなかったら闇討ちで城潰そうとするとか?」
「今のあいつならマジでやる」
八左ヱ門の断言に、兵助と勘右衛門は顔を見合わせた。
それはあまりにも行き過ぎではないか──?
「けど、今までそんなそぶりなかったんだろ?」
「そもそも俺に佐助先輩との接点がねーよ。話出なきゃ知りようねぇだろ」
「佐助先輩は用具だったっけ」
「きっかけがなけりゃ表に出てこない執着、なぁ……で、これがきっかけ?」
兵助は櫛の歯を爪で弾いた。
ぺん、と間抜けな音が三人の真ん中に落ちる。
「確かに佐助先輩が女装の小道具にしてた櫛と似てる、気はする」
「でもそれにしちゃあ年季が入りすぎてない?」
反対側から櫛を眺める勘右衛門。
「まあな。そう珍しいもんじゃないし、普通に考えりゃ偶然だろ。ただ、あいつらの素性が判らないからな。単純に無関係で切っても良いのかどうか……」
八左ヱ門は腕組みした。
櫛に見覚えがあったのは、新之助や兵助の言う通り、佐助が使っていたものと似ているからだろう。実習で使う程度の櫛だから、大した値打ちものでもなく、「似たようなもの」ならいくらでもありそうだ。けれど、それをバサラ者であるひわが持っていた──学園に持ち込んだというのは、何か裏があるのではないかと疑いたくもなる。
卒業生である上月佐助がバサラ者であることは、接点の薄い八左ヱ門でも知っている。
「四條畷先生に聞くだけ聞いてみたら? 就職先教えてもらえなくても、櫛の事なら確認してもらえるかもしれないし」
「やっぱそれしかないか」
勘右衛門の言葉に、八左ヱ門は溜息をついて肩を落とした。
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「説明になってない!!」
無駄だとわかりながら叫ばずにいられなかった。
私自身のフラグ? ゲームの大団円じゃまだ足りない?
途方に暮れる私は、これまでで一番小さな子供の姿に遡っていた。
四つ目の世界は、和風だった。
シャオメイのくじで当てた太黄鳥(……)の鞄のおかげで殆どの持ち物を持ち越せた私は、盗み見した人達の恰好に合わせて、着物に着替えてから人里へ降りた。
ぶかぶかなのは仕方ない。
そこで物陰に隠れている同じくらいの大きさの幼児を慰めたことで、この世界での私の身の置き所は確定した。
幼児の名前は梵天丸──金髪じゃないから戦国無双ではないな、ということだけわかった。
梵天丸の片目の有様を見ても物怖じしなかったことが気に入られて、私は梵天丸の付き人兼遊び相手として伊達家に引き取られることになった。とんとん拍子に話が進んだ後で、性別を誤解されていたことが分かった。
教育係は乳母の喜多さんとその弟である景綱さん──小十郎さんだ。
私の他に、時宗丸という同じ年頃の男の子が梵天丸の学友として講義を受けたり身体を鍛えたりしていた。
最初喜多さんは女と分かった以上もっと侍女的なスキルを私に身につけさせようとしたみたいだけど、武器の扱いに関しては●日の長がある私が課題をこなしてくのを見て梵天丸や時宗丸が奮起するものだから、私個人の育て方よりも次期当主の成長を重視して、八割がた二人と同じ教育を受けさせてくれた。
残りの二割は着付けだったり、女としての必要最低限の教育に充てられた。
三人で縺れ合うように転げまわって成長して、ある時はっきり理解した。
この世界は戦国BASARAだ。
元服して政宗になった彼はBASARA者としての才能を開花させ、奥州筆頭の座に上り詰めた。
成実──元服した時宗丸は生憎とBASARA者ではなかったけれど、一般武将としては優れた才能を現して政宗をよく補佐していた。ゲームでは小十郎さんばかりがクローズアップされていたけど、成実も伊達軍にとってなくてはならない重鎮だった。
私は、と言うと、勿論BASARA者になった。魔法剣士特性なんだから当然。属性はペルソナ通りの氷。ただ、ペルソナや紋章や召喚獣に頼らない純粋なBASARA者としての能力は成長が遅くて、危惧した政宗や小十郎さん、成実達から単独行動は口が酸っぱくなるくらいに禁止されていた。
形振り構わず戦えば強いんだけどね、特に召喚獣とか目をつけられると要らない火種になるので、戦の時は言われた通り三人の誰かと並びあって刀を振るった。
刀は双刀で、政宗が奥州筆頭の呼び名を得た時に、「これからもついて来い」と言って贈ってくれたもの。
扱いは家臣なんだから、下賜されたってことになるのかな。名前は天花六花──勿論、武器自体にも氷属性がついている。その後の世界でも特に支障ない限りはこれを装備していることが多いかな。政宗が直々に選んでくれただけあって、とても使い易い刀だった。
政宗の六爪流と私の二刀流はある意味対として近隣の武将に恐れられるようになった。
勿論、小十郎さんは竜の右目として抜群の存在感。単に男女ペアで、二人揃って両手に刀という戦闘スタイルが目立ってしまっただけの事だった。
小田原遠征を勝利で飾り凱旋したその夜──政宗は言った。
「焦らすのも程々にしてやんな。jealousyで枕を濡らすところなんざ気色悪くて見てらんねぇぜ」
「気色悪って! どういう意味だよ、梵」
「言われなきゃわかんねェってか? おいおいjokeは止してくれよ」
両手をあげてニヤニヤ笑う顔は憎らしかったけれど、言われた意味は分かっていた。
景気づけに手元の杯を飲み干して、仏頂面で立ち上がったところまでははっきり覚えてる。
「怖気づいたか? no problem,万一の時は胸くらい貸してやるさ」
そのまま動きを止めた私に、政宗が軽口を寄越したことも。
だけど。
「Hey! ユキヤ! What's happened?! しっかりしろ!」
私の視界はそこで暗転。
遠ざかる意識が認識できたのは、取り乱した政宗の叫び声と、あ、毒を盛られたんだ、なんていう他人事めいた感想だけだった。
無駄だとわかりながら叫ばずにいられなかった。
私自身のフラグ? ゲームの大団円じゃまだ足りない?
途方に暮れる私は、これまでで一番小さな子供の姿に遡っていた。
四つ目の世界は、和風だった。
シャオメイのくじで当てた太黄鳥(……)の鞄のおかげで殆どの持ち物を持ち越せた私は、盗み見した人達の恰好に合わせて、着物に着替えてから人里へ降りた。
ぶかぶかなのは仕方ない。
そこで物陰に隠れている同じくらいの大きさの幼児を慰めたことで、この世界での私の身の置き所は確定した。
幼児の名前は梵天丸──金髪じゃないから戦国無双ではないな、ということだけわかった。
梵天丸の片目の有様を見ても物怖じしなかったことが気に入られて、私は梵天丸の付き人兼遊び相手として伊達家に引き取られることになった。とんとん拍子に話が進んだ後で、性別を誤解されていたことが分かった。
教育係は乳母の喜多さんとその弟である景綱さん──小十郎さんだ。
私の他に、時宗丸という同じ年頃の男の子が梵天丸の学友として講義を受けたり身体を鍛えたりしていた。
最初喜多さんは女と分かった以上もっと侍女的なスキルを私に身につけさせようとしたみたいだけど、武器の扱いに関しては●日の長がある私が課題をこなしてくのを見て梵天丸や時宗丸が奮起するものだから、私個人の育て方よりも次期当主の成長を重視して、八割がた二人と同じ教育を受けさせてくれた。
残りの二割は着付けだったり、女としての必要最低限の教育に充てられた。
三人で縺れ合うように転げまわって成長して、ある時はっきり理解した。
この世界は戦国BASARAだ。
元服して政宗になった彼はBASARA者としての才能を開花させ、奥州筆頭の座に上り詰めた。
成実──元服した時宗丸は生憎とBASARA者ではなかったけれど、一般武将としては優れた才能を現して政宗をよく補佐していた。ゲームでは小十郎さんばかりがクローズアップされていたけど、成実も伊達軍にとってなくてはならない重鎮だった。
私は、と言うと、勿論BASARA者になった。魔法剣士特性なんだから当然。属性はペルソナ通りの氷。ただ、ペルソナや紋章や召喚獣に頼らない純粋なBASARA者としての能力は成長が遅くて、危惧した政宗や小十郎さん、成実達から単独行動は口が酸っぱくなるくらいに禁止されていた。
形振り構わず戦えば強いんだけどね、特に召喚獣とか目をつけられると要らない火種になるので、戦の時は言われた通り三人の誰かと並びあって刀を振るった。
刀は双刀で、政宗が奥州筆頭の呼び名を得た時に、「これからもついて来い」と言って贈ってくれたもの。
扱いは家臣なんだから、下賜されたってことになるのかな。名前は天花六花──勿論、武器自体にも氷属性がついている。その後の世界でも特に支障ない限りはこれを装備していることが多いかな。政宗が直々に選んでくれただけあって、とても使い易い刀だった。
政宗の六爪流と私の二刀流はある意味対として近隣の武将に恐れられるようになった。
勿論、小十郎さんは竜の右目として抜群の存在感。単に男女ペアで、二人揃って両手に刀という戦闘スタイルが目立ってしまっただけの事だった。
小田原遠征を勝利で飾り凱旋したその夜──政宗は言った。
「焦らすのも程々にしてやんな。jealousyで枕を濡らすところなんざ気色悪くて見てらんねぇぜ」
「気色悪って! どういう意味だよ、梵」
「言われなきゃわかんねェってか? おいおいjokeは止してくれよ」
両手をあげてニヤニヤ笑う顔は憎らしかったけれど、言われた意味は分かっていた。
景気づけに手元の杯を飲み干して、仏頂面で立ち上がったところまでははっきり覚えてる。
「怖気づいたか? no problem,万一の時は胸くらい貸してやるさ」
そのまま動きを止めた私に、政宗が軽口を寄越したことも。
だけど。
「Hey! ユキヤ! What's happened?! しっかりしろ!」
私の視界はそこで暗転。
遠ざかる意識が認識できたのは、取り乱した政宗の叫び声と、あ、毒を盛られたんだ、なんていう他人事めいた感想だけだった。
私はまた子供の姿に戻っていた。
今度の場所は、旧街道沿いの鄙びた宿場町。湖こそ近くにあるけれど、潮の香りは遠い、内陸部だった。
字幕が宣言した通り、そこは長閑なところだった。
町の顔役はどこかのフィンガーフート氏みたいな身勝手ではなかったし、駐在武官が一人しかいなくても、町はきちんと機能していた。
正式な学校はなく、穏やかそうな退役軍人の先生が開く私塾に私も通った。そこで召喚術の素養を見出だされ、顔役であるブロンクスのおじ様からも召喚術について学ぶようになったのが身体年齢十二、三歳くらいのこと。
それから一年と少しで、機属性の才能はないからと紹介状と共に金の派閥本部に送り出された。
田舎の子供である私には知らされていなかったことだけど、その少し前に、召喚師の失踪事件があったり傀儡戦争という悪魔との戦争があったりで、本部のある聖王国辺りでは召喚師の数が少なくなっていた。
世襲が基本の召喚師の家系でも、跡取りの心配が出ているようで、私みたいな素質のある子供が派閥に集められたのには養子縁組という狙いもあったようだ。
私は──けれど、相性のアンバランスさが興味を引いたらしく、議長直々の指導を受けることになった。
美人でスパルタな議長様は多分、私が宿してるペルソナや紋章にも気付いていたと思う。だってファミィ様だもの。
ファミィ議長の下で修行を積んで、二、三年はファナンに隠った。
修行を始めた見習い召喚師が修了前に派閥から遠出を認められるのも珍しいことだけど、四年目に里帰りを認められた。
ファミィ様の仕事が立て込んだのが建前。派閥内部のゴタゴタから遠ざけてくれたのだとは、親しくなったミニス嬢から聞いた。
それにしても、このタイミングでそんなゴタゴタが起きたのは誰かの恣意的なものに思えてならない。
里帰りしたその夜、トレイユの近郊に流れ星が墜ちた。
竜の子と響界種を巡る事件の始まりだった。
私塾の後輩だったり、ブロンクス家の兄弟が深く関わっている事件に私が巻き込まれない筈もなく、私はファナンへ戻る機会を失ってしまった。
コーラルは可愛くて良い子だ。
行き掛かり上家じゃなくて面影亭で寝起きすることになった私は、宿代稼ぎも兼ねて、ちょくちょくシャオメイのお店を利用した。兼ねてるのは勿論、私のレベル調整だ。
このシャオメイの店で取得したアイテムは、その後の世界でも重宝するものが多かった。
ユニット召喚は霊属性しかできないでいた私が、鬼属性のユニットも召喚できるようになったのは、無限回廊で疑似鬼界の魔力を体感できたお陰だと思う。機属性や獣属性の召喚スキルも多少は上がったけれど、多分私につけられた能力特性オプションなんだろうな、そっちのユニットは一向に召喚できそうな気配はなかった。
私の歪な魔力バランスは、トレイユ組はともかく、御使い達からは警戒対象だったみたいだ。
最初に遭遇したデコ天使──もとい、リビエルは相性がいいのかジャックフロストが見えてるみたいで、変なものを憑けた私が主の側に居ることを物凄い勢いで拒絶した。
そんなこと言われても……ジャックはコーラルの遊び相手でもあるし(コーラルに見えてても不思議には思わなかったんだよな、何故か)キャンキャン騒ぎ立てる金切り声はコーラルのお気に召さなかったらしく、鬱陶しがられてリビエルは落ち込んだりますます私を憎んでくれたりした。
取り成してくれたのはルシアンだ。後は群島名物のおまんじゅうを振る舞ったりしてどうにか懐柔した。
セイロンは……どうだろうな。表向きあまり露骨な警戒反応は見せなかったけど、かなり長い間観察する視線を感じた。アルバとシンゲンが仲間になった辺りで漸くかな、視線から冷感がなくなったのは。
アロエリはリビエルと似たり寄ったりだった。
流石にジャックまでは見えてなかったようだけど、本能的に異質な魔力を感じ取って、でもそれがなにかよくわからなくて、苛々したらしい。リビエルとセイロンからの情報だ。
アロエリに関しては何がどうして緩和されたのかよくわかんないんだけど……フェアを認めたから、フェアが太鼓判押してくれた私のことも一応は容認してくれたってところかな。
それにしても、こうまで警戒されるんじゃ、魔力を抑える事を身に付けなきゃいけないだろうな。
そう思い立ったことも、リィンバウムに来たからこそだ。
群島では、ジャックの存在を覆い隠すように流水の紋章を宿した。
おまけで旋風の紋章がついてきて、瞬きの紋章は趣味だ。
紋章師じゃない私に紋章を付け替える力はないから、これからずっと、この三つの紋章と共に生きてくことになるんだろう。
つまり──今度はジャックだけじゃなくこの紋章についても、うまく誤魔化す方法を探さなきゃいけないわけで。もっと上位の力とか言ってたら、逆に悪目立ちしてしまう。
殲滅者アシュタル? 聖鎧竜スヴェルグ? そんなん常駐させてたら余計警戒されるわ。
気のコントロール、ということで、その辺りはセイロン、シンゲンのシルターン組が力になってくれた。
お礼にはやっぱりおまんじゅうを所望された。やったねカトル! 群島のおまんじゅうは世界を越える評価だよ!
後半になると、巡りの大樹自由騎士団創成メンバーであるルヴァイドやイオスも参戦してきたので、すっかり大所帯になった。
あれ、こんな展開だったっけ? とか思わないでもなかったけど、本人達が良いと言うのだから大丈夫なんだろう。
魔力を抑える訓練も落ち着いてきたことだし、人数が増えたことで見直すことになった襲撃警戒班の当番ローテでは、前衛改め召喚師枠で組み込んでもらうことにした。
出来上がった当番表を皆に見せたら、いつの間にかユキヤ=見習い召喚師の称号は皆から忘れ去られていたらしく、ブロンクス兄弟にまで「あれ」なんて顔をされた。
確かに、標準装備が片手剣で鋼の軍団と物理で渡り合ったりもしてたけど、私、君達のお父さんの口利きで金の派閥に行ってたんだけどなぁ?
そして同じ頃に、もう一つの転機があった。
それは、ギアンの仕掛けてきた、マナ枯らしという病。生粋のリィンバウムの人間にだけは抗体がないという、ご都合主義的な病気。
トリップ時リィンバウムの存在ということになってる私の場合はどうなるかと思ったけれど、影響はなにもはなかった。マナ枯らしに苦しむ仲間達の介護や、不安がる若年召喚獣組を宥めて、解決策捜しに奔走する双子や成年召喚獣組をサポートするのが私の仕事になった。
双子には御守りのブレスレットがあったから、それで発症を免れたんだって思われてた。私には傍目なんの根拠もなくて、そりゃあ警戒して外には出さないようにするのも道理だった。
本当は、試してみたいことがあった。
けど失敗すると余計に苦しめることになるから実験台になってとも言えず、とばっちりを受けた赤き手袋の暗殺者でも町外れに転がっていたら、拾ってきて実験台になって貰おうかと考えていた。召喚術やリィンバウムの術では逆効果、なら、紋章術では──?
問題が解決した後でシャオメイに訊ねてみたら、やっぱり、回復するか悪化するか五分五分の確率だったろうって言われた。仲間で試さなくてよかった。
だから窮地を救ったのは、定石通り、双子の祈りがもたらした慈雨。
快癒の後で、ギアンから双子の素性──響界種であることを突き付けられ、仲間達の間には何とも言えないぎこちなくぎすぎすした空気が漂った。
その空気を和らげたがったのか、これまで敢えてスルーしてたものが飽和してしまったのか、私は「じゃあ何でお前は平気だったんだよ!?」と仲間達から総突っ込みを貰った。
私はものすごく大雑把に、私の置かれている境遇を明かした。
元々召喚とか名もなき世界とかの概念がある世界だ。私がその名もなき世界のどこかから不思議な力で生まれ直した(?)存在だとしても、そのせいで距離を置かれたり疑われたりすることはなかった。むしろ、そんな事かとがっかりされた。ちょっと理不尽。
まぁそれはそれとして。
それぞれの不安だとか葛藤を乗り越え、結束はむしろ強くなった。
諸々あって(狂血の呪いを掛けられたカサスに母なる海使ったら、思いがけず凶暴化が収まった。ちび共にむちゃ感謝された)和解したエニシア派ご一行を交えての最終決戦──フェアとエニシアの涙ながらの訴えとか、ライの激情を乗せた拳とかで見事ギアンを改心させることに成功した。
助っ人に現れた超律者がライフェア同様の双子だったことには驚いたけれど、とにかく大団円。
これで漸く家に帰れる──とは思わなかった。群島諸国での十年余りとリィンバウムでのこの十数年。経験した物事は、現代日本での「普通の生活」に帰ることへの自信を喪失させていたから。
いや、まぁ、家に帰ることに自信も何もないんだけどさ?
『ハッピーエンドを迎えた後、帰還を希望された方には元の世界・元の時間にお帰りいただけます』
それが字幕の告げる条件だった。
だとすれば、今望めば家に帰れる?
この血に塗れてしまった私が?
それよりもコーラル達の成長を見守ってリィンバウムに留まる方が幸せじゃないだろうか──
そんな風に迷っている間に、視界が暗転した。
今度の場所は、旧街道沿いの鄙びた宿場町。湖こそ近くにあるけれど、潮の香りは遠い、内陸部だった。
字幕が宣言した通り、そこは長閑なところだった。
町の顔役はどこかのフィンガーフート氏みたいな身勝手ではなかったし、駐在武官が一人しかいなくても、町はきちんと機能していた。
正式な学校はなく、穏やかそうな退役軍人の先生が開く私塾に私も通った。そこで召喚術の素養を見出だされ、顔役であるブロンクスのおじ様からも召喚術について学ぶようになったのが身体年齢十二、三歳くらいのこと。
それから一年と少しで、機属性の才能はないからと紹介状と共に金の派閥本部に送り出された。
田舎の子供である私には知らされていなかったことだけど、その少し前に、召喚師の失踪事件があったり傀儡戦争という悪魔との戦争があったりで、本部のある聖王国辺りでは召喚師の数が少なくなっていた。
世襲が基本の召喚師の家系でも、跡取りの心配が出ているようで、私みたいな素質のある子供が派閥に集められたのには養子縁組という狙いもあったようだ。
私は──けれど、相性のアンバランスさが興味を引いたらしく、議長直々の指導を受けることになった。
美人でスパルタな議長様は多分、私が宿してるペルソナや紋章にも気付いていたと思う。だってファミィ様だもの。
ファミィ議長の下で修行を積んで、二、三年はファナンに隠った。
修行を始めた見習い召喚師が修了前に派閥から遠出を認められるのも珍しいことだけど、四年目に里帰りを認められた。
ファミィ様の仕事が立て込んだのが建前。派閥内部のゴタゴタから遠ざけてくれたのだとは、親しくなったミニス嬢から聞いた。
それにしても、このタイミングでそんなゴタゴタが起きたのは誰かの恣意的なものに思えてならない。
里帰りしたその夜、トレイユの近郊に流れ星が墜ちた。
竜の子と響界種を巡る事件の始まりだった。
私塾の後輩だったり、ブロンクス家の兄弟が深く関わっている事件に私が巻き込まれない筈もなく、私はファナンへ戻る機会を失ってしまった。
コーラルは可愛くて良い子だ。
行き掛かり上家じゃなくて面影亭で寝起きすることになった私は、宿代稼ぎも兼ねて、ちょくちょくシャオメイのお店を利用した。兼ねてるのは勿論、私のレベル調整だ。
このシャオメイの店で取得したアイテムは、その後の世界でも重宝するものが多かった。
ユニット召喚は霊属性しかできないでいた私が、鬼属性のユニットも召喚できるようになったのは、無限回廊で疑似鬼界の魔力を体感できたお陰だと思う。機属性や獣属性の召喚スキルも多少は上がったけれど、多分私につけられた能力特性オプションなんだろうな、そっちのユニットは一向に召喚できそうな気配はなかった。
魔法剣士特性を選んだとき、私は一部の属性に制限を掛けることで別の属性の成長上限を緩める事を選択した。
世界により設定されている属性が違うので、どの属性が制限されたのかは世界に出てみてからじゃなきゃわからない。例えば、火の紋章や雷の紋章が低威力でしか発揮できないのに、流水や旋風の紋章なら高威力で応用まで効いたのもそのオプションのお陰。
召喚属性としては、霊属性特化は早い段階でわかってた事だけど、一番制限を受けてるのは……獣属性。気付いたのもやっぱり無限回廊の中でだった。
私の歪な魔力バランスは、トレイユ組はともかく、御使い達からは警戒対象だったみたいだ。
最初に遭遇したデコ天使──もとい、リビエルは相性がいいのかジャックフロストが見えてるみたいで、変なものを憑けた私が主の側に居ることを物凄い勢いで拒絶した。
そんなこと言われても……ジャックはコーラルの遊び相手でもあるし(コーラルに見えてても不思議には思わなかったんだよな、何故か)キャンキャン騒ぎ立てる金切り声はコーラルのお気に召さなかったらしく、鬱陶しがられてリビエルは落ち込んだりますます私を憎んでくれたりした。
取り成してくれたのはルシアンだ。後は群島名物のおまんじゅうを振る舞ったりしてどうにか懐柔した。
セイロンは……どうだろうな。表向きあまり露骨な警戒反応は見せなかったけど、かなり長い間観察する視線を感じた。アルバとシンゲンが仲間になった辺りで漸くかな、視線から冷感がなくなったのは。
アロエリはリビエルと似たり寄ったりだった。
流石にジャックまでは見えてなかったようだけど、本能的に異質な魔力を感じ取って、でもそれがなにかよくわからなくて、苛々したらしい。リビエルとセイロンからの情報だ。
アロエリに関しては何がどうして緩和されたのかよくわかんないんだけど……フェアを認めたから、フェアが太鼓判押してくれた私のことも一応は容認してくれたってところかな。
それにしても、こうまで警戒されるんじゃ、魔力を抑える事を身に付けなきゃいけないだろうな。
そう思い立ったことも、リィンバウムに来たからこそだ。
群島では、ジャックの存在を覆い隠すように流水の紋章を宿した。
おまけで旋風の紋章がついてきて、瞬きの紋章は趣味だ。
紋章師じゃない私に紋章を付け替える力はないから、これからずっと、この三つの紋章と共に生きてくことになるんだろう。
つまり──今度はジャックだけじゃなくこの紋章についても、うまく誤魔化す方法を探さなきゃいけないわけで。もっと上位の力とか言ってたら、逆に悪目立ちしてしまう。
殲滅者アシュタル? 聖鎧竜スヴェルグ? そんなん常駐させてたら余計警戒されるわ。
気のコントロール、ということで、その辺りはセイロン、シンゲンのシルターン組が力になってくれた。
お礼にはやっぱりおまんじゅうを所望された。やったねカトル! 群島のおまんじゅうは世界を越える評価だよ!
後半になると、巡りの大樹自由騎士団創成メンバーであるルヴァイドやイオスも参戦してきたので、すっかり大所帯になった。
あれ、こんな展開だったっけ? とか思わないでもなかったけど、本人達が良いと言うのだから大丈夫なんだろう。
魔力を抑える訓練も落ち着いてきたことだし、人数が増えたことで見直すことになった襲撃警戒班の当番ローテでは、前衛改め召喚師枠で組み込んでもらうことにした。
出来上がった当番表を皆に見せたら、いつの間にかユキヤ=見習い召喚師の称号は皆から忘れ去られていたらしく、ブロンクス兄弟にまで「あれ」なんて顔をされた。
確かに、標準装備が片手剣で鋼の軍団と物理で渡り合ったりもしてたけど、私、君達のお父さんの口利きで金の派閥に行ってたんだけどなぁ?
そして同じ頃に、もう一つの転機があった。
それは、ギアンの仕掛けてきた、マナ枯らしという病。生粋のリィンバウムの人間にだけは抗体がないという、ご都合主義的な病気。
トリップ時リィンバウムの存在ということになってる私の場合はどうなるかと思ったけれど、影響はなにもはなかった。マナ枯らしに苦しむ仲間達の介護や、不安がる若年召喚獣組を宥めて、解決策捜しに奔走する双子や成年召喚獣組をサポートするのが私の仕事になった。
双子には御守りのブレスレットがあったから、それで発症を免れたんだって思われてた。私には傍目なんの根拠もなくて、そりゃあ警戒して外には出さないようにするのも道理だった。
本当は、試してみたいことがあった。
けど失敗すると余計に苦しめることになるから実験台になってとも言えず、とばっちりを受けた赤き手袋の暗殺者でも町外れに転がっていたら、拾ってきて実験台になって貰おうかと考えていた。召喚術やリィンバウムの術では逆効果、なら、紋章術では──?
問題が解決した後でシャオメイに訊ねてみたら、やっぱり、回復するか悪化するか五分五分の確率だったろうって言われた。仲間で試さなくてよかった。
だから窮地を救ったのは、定石通り、双子の祈りがもたらした慈雨。
快癒の後で、ギアンから双子の素性──響界種であることを突き付けられ、仲間達の間には何とも言えないぎこちなくぎすぎすした空気が漂った。
その空気を和らげたがったのか、これまで敢えてスルーしてたものが飽和してしまったのか、私は「じゃあ何でお前は平気だったんだよ!?」と仲間達から総突っ込みを貰った。
私はものすごく大雑把に、私の置かれている境遇を明かした。
元々召喚とか名もなき世界とかの概念がある世界だ。私がその名もなき世界のどこかから不思議な力で生まれ直した(?)存在だとしても、そのせいで距離を置かれたり疑われたりすることはなかった。むしろ、そんな事かとがっかりされた。ちょっと理不尽。
まぁそれはそれとして。
それぞれの不安だとか葛藤を乗り越え、結束はむしろ強くなった。
諸々あって(狂血の呪いを掛けられたカサスに母なる海使ったら、思いがけず凶暴化が収まった。ちび共にむちゃ感謝された)和解したエニシア派ご一行を交えての最終決戦──フェアとエニシアの涙ながらの訴えとか、ライの激情を乗せた拳とかで見事ギアンを改心させることに成功した。
助っ人に現れた超律者がライフェア同様の双子だったことには驚いたけれど、とにかく大団円。
これで漸く家に帰れる──とは思わなかった。群島諸国での十年余りとリィンバウムでのこの十数年。経験した物事は、現代日本での「普通の生活」に帰ることへの自信を喪失させていたから。
いや、まぁ、家に帰ることに自信も何もないんだけどさ?
『ハッピーエンドを迎えた後、帰還を希望された方には元の世界・元の時間にお帰りいただけます』
それが字幕の告げる条件だった。
だとすれば、今望めば家に帰れる?
この血に塗れてしまった私が?
それよりもコーラル達の成長を見守ってリィンバウムに留まる方が幸せじゃないだろうか──
そんな風に迷っている間に、視界が暗転した。
「あ、来た来た」
三郎の灯した灯明に先導されてひな達が食堂にたどり着くと、入り口から顔をのぞかせた勘右衛門がほっとしたような笑顔で迎えた。
「あんまり遅いから見に行こうかと思ってたんだよ。三郎が何か迷惑かけなかった?」
「「…………」」
示し合せずともひなとひわは揃って無言で三郎を見つめる。
「失礼な奴だな! ていうかひなちゃんもひわ姐さんもその視線は何?!」
「やっぱり僕が迎えに行った方が良かった……」
「あー、ははははは」
肩を落とす雷蔵の横で兵助が苦笑いする。流石に可哀相になって、ひなは三郎を弁護する。
「長屋を案内していただきながら来たので時間がかかったんですよ」
「ま、騒ぎを起こしたんじゃなけりゃ何でも良いさ──ってあんたなんでそんなじゃらじゃらしてるんだよ?!」
目を剥いた八左ヱ門が見たのはひわだった。
彼の声に釣られて彼女を見た勘右衛門達もひきつった顔をする。
じゃらじゃら──確かにその形容が似合う首飾り。ひわは保健室では外していた装身具を全て身に着けて食堂に来ていた。
ひなは取り敢えず巾着に入れて持ち運んでいるが、表だって身に着けてはいない。
ひわは億劫そうに髪を掻き上げ、八左ヱ門と兵助、雷蔵の順に見てから口を開く。
「今はこっちの方が楽だから」
「は?」
「まあまあ、いいじゃん。とりあえず座って座って、食べながらでも話はできるんだしさ」
怪訝な顔の八左ヱ門をとりなして、勘右衛門が三郎達を空き席に促した。
食堂の中には他の五年生の姿はない。ひなとひわはそれぞれであたりを確かめてから、勘右衛門の勧めに従った。
今日の献立は豆腐の味噌汁と、油揚げと大根の煮つけだ。
全員が着席したところで、兵助の号令で食事が始まる。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
食べながら、と勘右衛門は言ったが、いざ箸を手にすると食べ盛りの少年達は食事を掻き込むことにより重きを置いた。つまりは、無言。
ひなとひわは彼らの様を目にして何とも言えない表情になり、互いが同じ顔になっているのに気付くと、どちらからともなく味噌汁の椀に口をつけた。
「……あ」
「流石ね……」
「流石って?」
早くも味噌汁のお代わりをよそってきた兵助がひわに聞き返す。その後ろから八左ヱ門が「兵助お前具の豆腐とりすぎ!」と文句を言ってきた。
ひわは箸ですくい上げた不揃いな豆腐の塊を口に押し込んで咀嚼、嚥下してから兵助に応じる。
「この年できちんと味の整った味噌汁を作れるのが流石」
「そりゃ、五年もやってればね」
「それはいいんだが雷蔵が作ると豆腐がやたらと歪なんだよな」
「雷蔵君は庖丁を使わず、木杓子で掬っているんじゃないですか?」
「ああ、うん。なんだか面倒で」
八左ヱ門の愚痴にひなが尋ねると、雷蔵の苦笑が返った。
「面倒って、おまえなぁぁ!」
「まあまあ、豆腐ならまだいいじゃん。この大根に比べたら!」
「あ、ごめん……」
笑顔の勘右衛門に赤面する雷蔵。
「今日は味付けを全部三郎に任せたから、僕はひたすら具材を切ってただけなんだ」
「そんなこったろうと思ったぜ」
八左ヱ門は大仰に息を吐く。三郎も苦笑して、
「二人にいきなり大味の飯を食わせるのは拙いだろうって気を遣ったんだよな」
「三郎!」
一気ににぎやかになった。
大騒ぎする少年達を余所に、ひなとひわは黙々と箸を進める。
本当は、ひなが声をあげたわけも、ひわが流石と言ったわけも他にあったのだ。ひなはそれが気になって、早く部屋に戻ってしまいたかった。
「竹谷、久々知──」
箸を置いたひわは、ぎゃんぎゃん騒ぐ八左ヱ門とマイペースに茶を飲んでいる兵助を小さな声で呼んだ。
「あ?」
「うん?」
二人が振り返ると、ついでとばかりに他の声も止んでひわに視線が集中する。ひわは眉を寄せたが、そのまま言葉を続けた。
「さっきはいろいろと世話をかけて……いや、助かったから、ありがとう」
「「──?!」」
「あー、ホントに二人名指しで言った! 勘右衛門はともかく俺とか雷蔵だっていろいろ頑張ったのに!」
虚を突かれた二人の向かいの席で口をとがらせて突っ伏す三郎。誰の目にもはっきりと拗ねた「ポーズ」だとわかる言動だが、勘右衛門にしてみれば納得がいかない。
「僕はともかくって酷くない?!」
「尾浜も、さっきは余裕がなかったら済まない。鉢屋には勿論ひなさん共々感謝してるよ?」
ひなも彼女に同意するように首を縦に振った。
「皆さんにいろいろ気を遣ってもらって、助かっています」
「そんな、気にしないでよ、ね? ねえみんな?」
「ああ──あんだけばっさりやられた後で却って気持ち悪ぃ」
「ハチ、こら、もう!」
三郎は勘右衛門達がまた騒ぎだす下で突っ伏したまま、ちろりとひわを見遣った。
ツンツン娘二人の僅かなデレに盛り上がっている三人は忘れているようだが、今のひわの台詞には欠けているところがある。
盛り上がりのきっかけを作ったひなにしても、ひわの意図を気にして、その横顔と空の食器の間に視線を彷徨わせている。
「あ、えーと、食器は今洗いに行くから気にしなくていいよ?」
どちらかといえば三郎とひなの空気に居心地の悪さを覚えたらしい雷蔵が、少々強張った笑みで言い出した。
「いや、そこでお前が抜けたらダメだって!」
三郎は小声で言って雷蔵の服を引っ張る。
「え? でも」
「でもも何もないだろー。ひわ姐さんツンでもデレでもいいから早いとこ済ませちゃって?」
「わけわからないこと言わない」
促されたひわはむっとするが、ひなにも三郎にもはっきりわかる──照れていると。
ひわは微かに頬を上気させ、視線を彷徨わせながら小さな声で言った。
「その……雷蔵、心配かけてごめんなさい」
「デレだ!」
「かんっぜんにデレだ!」
「すごいデレてるよ!! 信じられん!」
瞬間、兵助を始めとする三人はずささささっと身を引いて、一か所でひそひそとささやき合った。
直後、報復に対して身構えるのが彼等の日常を伺わせる。けれどひわはむすっとして彼等を睨むばかりで、代わりに雷蔵が失礼だと三人を怒鳴った。
勿論、彼等のからかいの標的がその瞬間雷蔵に移ったのは、言うまでもない。
「…………」
いつもならばからかいの輪に入っているはずの三郎は、何かいいたげな視線をひわに送った。
ひわはそれも黙殺する。
「だいたい雷蔵一人だけ名前呼びされてるしなー?」
「「なー?」」
「たまたまだよ、たまたま!」
息を合わせる三人に、顔を赤くした雷蔵は反論するが、
「ひわ姐さん」
「……何」
「保健委員長は?」
「善法寺でしょう?」
「起きて最初に会ったのは?」
「…………三反田」
「じゃあ──」
「三郎君」
雷蔵をからかうためと言うより、何かを確かめるようにひわに問い掛ける三郎を、ひなは遮った。
他の三人はまだからかっているだけだから良い。けれど三郎は目が笑っていない。
「どうしてひわさんはひわ「姐」なの?」
三郎の目がひなに移った。
話を反らそうとしているのはばれているだろう。
微妙な緊張状態は、じゃれていた四人にもすぐに伝わる。
「そーいやそうだよな」
ぽん、と兵助の打った手が、その場の空気を軽くした。
「まあ、気持ちはわかるけどね」
「え? なんで?」
雷蔵が勘右衛門に聞き返したのは、本心なのだろうがこの場合は自爆と言える。
「雷蔵」
「お前はいーんだよ、お前は!」
「最初の挨拶が三郎にはだいぶ効いたみたいだしなぁ」
勘右衛門はのほほんと言う。ガシガシと頭を掻いた八左ヱ門が、逆の手でひわを指差した。
「あの眉間に皺か無表情で、気にしてるところ指摘されてみろ! しかもそれをオブラートに包んで敢えて気にするなとか言われた日には、ごめんなさいと謝りたくなって来るだろう!」
「その割にハチも噛み付きまくるけどね」
「こらこら、人の心情捏造するな」
兵助と三郎からツッコミが入る。指を突き付けられたひわはまた眉をひそめていたが、その言い合いに参加する気はないようだ。
ひなはひわの表情を伺いながら、彼等の騒動をいつくぐり抜けようかと考える。
「だがしかしっ! 雷蔵、お前個人にはあの冷たく凍えた、作法委員会委員長、立花仙蔵先輩ばりの視線を向けられたことはない筈だっ!」
「あ! そうか立花先輩だ。ハチ良く気付いたな」
暢気な勘右衛門の合いの手に兵助は苦笑するが、素早く件の先輩の顔に作り替えた三郎は真面目な顔を作って八左ヱ門に告げる。
「八左ヱ門が私のことをどう思っているのか良く解ったよ。後を楽しみにしてくれたまえ」
「三郎っ!」
「だいたい自分がモテないからと妙齢の女性を無遠慮に指差すのは失礼だよ?」
「その顔で言われるとすっごいムカつくなあ!」
歯がみする八左ヱ門。矛先が少し逸れてほっとした雷蔵にも、三郎の口撃は続く。
「雷蔵も、女性からアプローチをかけられたときのあしらいがなっていないな。応えるか断るか……利用するのまでは期待しないが、進退ははっきりするべきだろう」
「ええっ?」
「いい加減にしな」
「おっと!」
三郎は寸でのところでひわの拳を避けた。
それからしてやったりの表情で、元の雷蔵と同じ顔に戻す。
「ひわ姐さんのそれは照れ隠し?」
ニヤリと笑う三郎の隣で視線をあちこちにさ迷わせている雷蔵。どの級友を見てもからかいの目をしているので、困ってしまっている。
ひなはひわを盗み見た。
まさか本当に照れ隠しだとはひなも思ってはいないけれど、雷蔵に対する扱いだけが違うのは確かだ。もしかしたら──とひなが思うことはある。それを聞きたくて早く部屋に戻りたいと思っていたのだ。ひわは一体、どんな切り返しをするつもりなのか──
ひなにまでじっと見られて、ひわは内心で舌打ちした。
「……雷蔵は、世話になった知り合いに雰囲気が良く似てるのよ」
「それだけ?」
些か拍子抜けした勘右衛門。兵助は、
「馬鹿だな、特別なヒトにそっくりってことだろ」
「あ、そっか」
「あ、そっかじゃないだろ」
勘右衛門に裏拳で突っ込む八左ヱ門。
三人のやり取りを無視してひわは続けた。
「十年近く前の事だから、ひなはよく覚えていないみたいだけど、私達の守役の一人だったから、ある意味特別でしょうね」
「え?」
ひなは思わず雷蔵を凝視した。
話の流れからそれは自然なことで、ひなの反応を見て三郎は肩の力を抜いたようだった。
けれどひなは彼等の反応に頓着する余裕はなかった。
──十年前、の、守役……雷蔵……
記憶にノイズがかかっているのは、幼かったからではなく、降り懸かった現実をどこかで認められずにいた代償だ。ひなは人の顔と名前がなかなか覚えられなかった。
その頃に守役として付いていたのは、基本的に草のものと呼ばれる忍。その頭領の年齢を思えば、「今」この場所で忍術を学んでいる少年が「そう」だったとしても不思議はない。
そして、同盟のために奥州に移ったひなと違って、留まったひわは彼等と長い時間を──深い信頼関係を結んでいる。仲間を見間違えるはずも、冷たく突き放すこともできるはずはなかった。
「確かに雷蔵なら良い守役になりそうだ」
「大雑把とか迷い癖さえなけりゃね」
「ていうか図書委員じゃ間違いなくお守り役だろ?」
「だよなー」
言葉の裏を知らない少年達が、三つ四つのお子様を想像して言い合うのは仕方がない。むしろひわならわざとそう思わせるように言ったのだろう。
友人達の、「よっ保父さん」という生温い笑みに逆らって、
「それ言ったらハチも兵助も委員長代理で後輩の面倒よく見てるじゃないか!」
「それとこれとは話が違うだろ」
「うちはホラ、むしろ二年の三郎次がしっかりしてるし、後輩といってもタカ丸さん年上だろ?」
「ハチが面倒見てるのは毒虫だもんなあ」
雷蔵の指摘は揃って却下された。勘右衛門の言葉に八左ヱ門は
「ほっとけ」
と顔を背ける。
「一度飼いはじめたからには最後まで面倒を見るのが人として当然だろう!」
「三郎!」
三郎がまた八左ヱ門の顔を作って格好つけるので、真似された方は身を乗り出して彼を怒鳴り付ける。
三郎は素早くまた別の顔を作った。
ふざける三郎を止めるのは、こうなると同じクラスの二人の役目になる。
ドタバタ騒ぐろ組の会話をBGMに、勘右衛門はこそっとひなとひわに近づいた。
「二人が雷蔵に打ち解けやすかったのはわかったけどさ、僕らにももっと気楽に接してくれたら嬉しいんだけどな」
「そーそー。講師やるなら贔屓はまずいだろ?」
二人の後ろからは兵助が。騒ぎを放置して皆の食器を集めて回る。
ひなとひわは目を瞬かせた。
「知っていたんですか」
「俺、火薬委員会委員長代理。コイツは五のいの学級委員長」
ニヤッと笑って兵助が告げれば、ひょい、と彼の持つ食器の上に椀を重ねて、勘右衛門がろ組を指差す。
「ついでに、ろ組の学級委員長が三郎。八左ヱ門は生物委員会の委員長代理ね」
「コラ、勘右衛門かさねすぎ!」
「各所属の代表者には先生方から話が伝えられたんだ。
大丈夫、兵助なら運べる!」
勘右衛門は無責任に兵助を励まして、更に皿を重ねた。
ひなはそれが気になって仕方がない。
「…………
…………
(少なくとも、この二人は知らない)
……善処する」
長考の後、ひわは頷いた。
「勘右衛門、さすがにそれは無理でしょう。兵助、崩れる前にそっち貸して」
「へ?」
「見てる方がハラハラするから。気楽にするのと全部甘えるのは違うでしょう?」
ひなは勘右衛門が兵助に押し付けようとした湯呑みを横から抜き取った。
それに同意を見せて、今にもバランスを崩しそうな兵助の手から三割程度の食器を奪い取るひわ。
兵助が間抜けた声をあげたのは、だがそれら手出しによるものではなく、
「あれ、ひわさん今名前……」
同じように驚く勘右衛門に奪い取った食器を押し付け、ひわは兵助から残りの食器の概ね半分を取り上げる。
「勘右衛門、洗い場はどこ?」
「えっと、あー、こっち……
じゃなくて!」
勘右衛門は先に立って歩きだし、すぐに足を止める。彼のノリツッコミに、攻防を続けていたろ組の三人も何事かと振り返った。
「ってか、あんたさっきまで寝込んでいた奴が何やってんだ!」
真っ先に反応したのは八左ヱ門。速攻でひわから食器を奪い取り、
「兵助、勘右衛門、お前らも気付け!」
い組の二人を怒鳴り付ける。二人は「あ……」と冷や汗を流した。
「悪い、忘れてた」
「うん、ごめん」
「自分だって忘れてたのによく言うよ」
「三郎っ!」
ボソッと呟く三郎に食ってかかる八左ヱ門を、慌てて雷蔵が押さえ付ける。バツが悪そうな勘右衛門と兵助に、ひわは気にするなと首を振った。
溜息をついたのはひなだ。
「人が悪いですよ、三郎君」
「鉢屋には先に話していた筈なんだけど」
「え?」
「ひわ姐さんが倒れたのは、場所と気が馴染む前に装具無しでバサラ技を連発したからなんだってさ。今は装具着けてるし、休んで気も調ったから、普通にしてる分には問題無し」
「何だよそれ」
八左ヱ門は拍子抜けした顔をした。
兵助も脱力した笑みを浮かべ、
「もしかして、さっき「こっちの方が今は楽」って言ったのは、このことだったり?」
「そう。だから勘右衛門も兵助も気にしないで良いよ」
「本当に無理なことならあたしが止めていますから」
「そっか。でも今日は僕らで片付けるよ、気が利かなくて御免ねー」
二人の肯定に、勘右衛門がほっとした笑みでひなの分の食器を取り上げた。
「済まない、助かるよ」
「ありがとうございます」
ほわほわした彼等の表情にほだされ、つい、ひなとひわの顔に微かな笑みが浮かんだ。
三郎の灯した灯明に先導されてひな達が食堂にたどり着くと、入り口から顔をのぞかせた勘右衛門がほっとしたような笑顔で迎えた。
「あんまり遅いから見に行こうかと思ってたんだよ。三郎が何か迷惑かけなかった?」
「「…………」」
示し合せずともひなとひわは揃って無言で三郎を見つめる。
「失礼な奴だな! ていうかひなちゃんもひわ姐さんもその視線は何?!」
「やっぱり僕が迎えに行った方が良かった……」
「あー、ははははは」
肩を落とす雷蔵の横で兵助が苦笑いする。流石に可哀相になって、ひなは三郎を弁護する。
「長屋を案内していただきながら来たので時間がかかったんですよ」
「ま、騒ぎを起こしたんじゃなけりゃ何でも良いさ──ってあんたなんでそんなじゃらじゃらしてるんだよ?!」
目を剥いた八左ヱ門が見たのはひわだった。
彼の声に釣られて彼女を見た勘右衛門達もひきつった顔をする。
じゃらじゃら──確かにその形容が似合う首飾り。ひわは保健室では外していた装身具を全て身に着けて食堂に来ていた。
ひなは取り敢えず巾着に入れて持ち運んでいるが、表だって身に着けてはいない。
ひわは億劫そうに髪を掻き上げ、八左ヱ門と兵助、雷蔵の順に見てから口を開く。
「今はこっちの方が楽だから」
「は?」
「まあまあ、いいじゃん。とりあえず座って座って、食べながらでも話はできるんだしさ」
怪訝な顔の八左ヱ門をとりなして、勘右衛門が三郎達を空き席に促した。
食堂の中には他の五年生の姿はない。ひなとひわはそれぞれであたりを確かめてから、勘右衛門の勧めに従った。
今日の献立は豆腐の味噌汁と、油揚げと大根の煮つけだ。
全員が着席したところで、兵助の号令で食事が始まる。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
食べながら、と勘右衛門は言ったが、いざ箸を手にすると食べ盛りの少年達は食事を掻き込むことにより重きを置いた。つまりは、無言。
ひなとひわは彼らの様を目にして何とも言えない表情になり、互いが同じ顔になっているのに気付くと、どちらからともなく味噌汁の椀に口をつけた。
「……あ」
「流石ね……」
「流石って?」
早くも味噌汁のお代わりをよそってきた兵助がひわに聞き返す。その後ろから八左ヱ門が「兵助お前具の豆腐とりすぎ!」と文句を言ってきた。
ひわは箸ですくい上げた不揃いな豆腐の塊を口に押し込んで咀嚼、嚥下してから兵助に応じる。
「この年できちんと味の整った味噌汁を作れるのが流石」
「そりゃ、五年もやってればね」
「それはいいんだが雷蔵が作ると豆腐がやたらと歪なんだよな」
「雷蔵君は庖丁を使わず、木杓子で掬っているんじゃないですか?」
「ああ、うん。なんだか面倒で」
八左ヱ門の愚痴にひなが尋ねると、雷蔵の苦笑が返った。
「面倒って、おまえなぁぁ!」
「まあまあ、豆腐ならまだいいじゃん。この大根に比べたら!」
「あ、ごめん……」
笑顔の勘右衛門に赤面する雷蔵。
「今日は味付けを全部三郎に任せたから、僕はひたすら具材を切ってただけなんだ」
「そんなこったろうと思ったぜ」
八左ヱ門は大仰に息を吐く。三郎も苦笑して、
「二人にいきなり大味の飯を食わせるのは拙いだろうって気を遣ったんだよな」
「三郎!」
一気ににぎやかになった。
大騒ぎする少年達を余所に、ひなとひわは黙々と箸を進める。
本当は、ひなが声をあげたわけも、ひわが流石と言ったわけも他にあったのだ。ひなはそれが気になって、早く部屋に戻ってしまいたかった。
「竹谷、久々知──」
箸を置いたひわは、ぎゃんぎゃん騒ぐ八左ヱ門とマイペースに茶を飲んでいる兵助を小さな声で呼んだ。
「あ?」
「うん?」
二人が振り返ると、ついでとばかりに他の声も止んでひわに視線が集中する。ひわは眉を寄せたが、そのまま言葉を続けた。
「さっきはいろいろと世話をかけて……いや、助かったから、ありがとう」
「「──?!」」
「あー、ホントに二人名指しで言った! 勘右衛門はともかく俺とか雷蔵だっていろいろ頑張ったのに!」
虚を突かれた二人の向かいの席で口をとがらせて突っ伏す三郎。誰の目にもはっきりと拗ねた「ポーズ」だとわかる言動だが、勘右衛門にしてみれば納得がいかない。
「僕はともかくって酷くない?!」
「尾浜も、さっきは余裕がなかったら済まない。鉢屋には勿論ひなさん共々感謝してるよ?」
ひなも彼女に同意するように首を縦に振った。
「皆さんにいろいろ気を遣ってもらって、助かっています」
「そんな、気にしないでよ、ね? ねえみんな?」
「ああ──あんだけばっさりやられた後で却って気持ち悪ぃ」
「ハチ、こら、もう!」
三郎は勘右衛門達がまた騒ぎだす下で突っ伏したまま、ちろりとひわを見遣った。
ツンツン娘二人の僅かなデレに盛り上がっている三人は忘れているようだが、今のひわの台詞には欠けているところがある。
盛り上がりのきっかけを作ったひなにしても、ひわの意図を気にして、その横顔と空の食器の間に視線を彷徨わせている。
「あ、えーと、食器は今洗いに行くから気にしなくていいよ?」
どちらかといえば三郎とひなの空気に居心地の悪さを覚えたらしい雷蔵が、少々強張った笑みで言い出した。
「いや、そこでお前が抜けたらダメだって!」
三郎は小声で言って雷蔵の服を引っ張る。
「え? でも」
「でもも何もないだろー。ひわ姐さんツンでもデレでもいいから早いとこ済ませちゃって?」
「わけわからないこと言わない」
促されたひわはむっとするが、ひなにも三郎にもはっきりわかる──照れていると。
ひわは微かに頬を上気させ、視線を彷徨わせながら小さな声で言った。
「その……雷蔵、心配かけてごめんなさい」
「デレだ!」
「かんっぜんにデレだ!」
「すごいデレてるよ!! 信じられん!」
瞬間、兵助を始めとする三人はずささささっと身を引いて、一か所でひそひそとささやき合った。
直後、報復に対して身構えるのが彼等の日常を伺わせる。けれどひわはむすっとして彼等を睨むばかりで、代わりに雷蔵が失礼だと三人を怒鳴った。
勿論、彼等のからかいの標的がその瞬間雷蔵に移ったのは、言うまでもない。
「…………」
いつもならばからかいの輪に入っているはずの三郎は、何かいいたげな視線をひわに送った。
ひわはそれも黙殺する。
「だいたい雷蔵一人だけ名前呼びされてるしなー?」
「「なー?」」
「たまたまだよ、たまたま!」
息を合わせる三人に、顔を赤くした雷蔵は反論するが、
「ひわ姐さん」
「……何」
「保健委員長は?」
「善法寺でしょう?」
「起きて最初に会ったのは?」
「…………三反田」
「じゃあ──」
「三郎君」
雷蔵をからかうためと言うより、何かを確かめるようにひわに問い掛ける三郎を、ひなは遮った。
他の三人はまだからかっているだけだから良い。けれど三郎は目が笑っていない。
「どうしてひわさんはひわ「姐」なの?」
三郎の目がひなに移った。
話を反らそうとしているのはばれているだろう。
微妙な緊張状態は、じゃれていた四人にもすぐに伝わる。
「そーいやそうだよな」
ぽん、と兵助の打った手が、その場の空気を軽くした。
「まあ、気持ちはわかるけどね」
「え? なんで?」
雷蔵が勘右衛門に聞き返したのは、本心なのだろうがこの場合は自爆と言える。
「雷蔵」
「お前はいーんだよ、お前は!」
「最初の挨拶が三郎にはだいぶ効いたみたいだしなぁ」
勘右衛門はのほほんと言う。ガシガシと頭を掻いた八左ヱ門が、逆の手でひわを指差した。
「あの眉間に皺か無表情で、気にしてるところ指摘されてみろ! しかもそれをオブラートに包んで敢えて気にするなとか言われた日には、ごめんなさいと謝りたくなって来るだろう!」
「その割にハチも噛み付きまくるけどね」
「こらこら、人の心情捏造するな」
兵助と三郎からツッコミが入る。指を突き付けられたひわはまた眉をひそめていたが、その言い合いに参加する気はないようだ。
ひなはひわの表情を伺いながら、彼等の騒動をいつくぐり抜けようかと考える。
「だがしかしっ! 雷蔵、お前個人にはあの冷たく凍えた、作法委員会委員長、立花仙蔵先輩ばりの視線を向けられたことはない筈だっ!」
「あ! そうか立花先輩だ。ハチ良く気付いたな」
暢気な勘右衛門の合いの手に兵助は苦笑するが、素早く件の先輩の顔に作り替えた三郎は真面目な顔を作って八左ヱ門に告げる。
「八左ヱ門が私のことをどう思っているのか良く解ったよ。後を楽しみにしてくれたまえ」
「三郎っ!」
「だいたい自分がモテないからと妙齢の女性を無遠慮に指差すのは失礼だよ?」
「その顔で言われるとすっごいムカつくなあ!」
歯がみする八左ヱ門。矛先が少し逸れてほっとした雷蔵にも、三郎の口撃は続く。
「雷蔵も、女性からアプローチをかけられたときのあしらいがなっていないな。応えるか断るか……利用するのまでは期待しないが、進退ははっきりするべきだろう」
「ええっ?」
「いい加減にしな」
「おっと!」
三郎は寸でのところでひわの拳を避けた。
それからしてやったりの表情で、元の雷蔵と同じ顔に戻す。
「ひわ姐さんのそれは照れ隠し?」
ニヤリと笑う三郎の隣で視線をあちこちにさ迷わせている雷蔵。どの級友を見てもからかいの目をしているので、困ってしまっている。
ひなはひわを盗み見た。
まさか本当に照れ隠しだとはひなも思ってはいないけれど、雷蔵に対する扱いだけが違うのは確かだ。もしかしたら──とひなが思うことはある。それを聞きたくて早く部屋に戻りたいと思っていたのだ。ひわは一体、どんな切り返しをするつもりなのか──
ひなにまでじっと見られて、ひわは内心で舌打ちした。
「……雷蔵は、世話になった知り合いに雰囲気が良く似てるのよ」
「それだけ?」
些か拍子抜けした勘右衛門。兵助は、
「馬鹿だな、特別なヒトにそっくりってことだろ」
「あ、そっか」
「あ、そっかじゃないだろ」
勘右衛門に裏拳で突っ込む八左ヱ門。
三人のやり取りを無視してひわは続けた。
「十年近く前の事だから、ひなはよく覚えていないみたいだけど、私達の守役の一人だったから、ある意味特別でしょうね」
「え?」
ひなは思わず雷蔵を凝視した。
話の流れからそれは自然なことで、ひなの反応を見て三郎は肩の力を抜いたようだった。
けれどひなは彼等の反応に頓着する余裕はなかった。
──十年前、の、守役……雷蔵……
記憶にノイズがかかっているのは、幼かったからではなく、降り懸かった現実をどこかで認められずにいた代償だ。ひなは人の顔と名前がなかなか覚えられなかった。
その頃に守役として付いていたのは、基本的に草のものと呼ばれる忍。その頭領の年齢を思えば、「今」この場所で忍術を学んでいる少年が「そう」だったとしても不思議はない。
そして、同盟のために奥州に移ったひなと違って、留まったひわは彼等と長い時間を──深い信頼関係を結んでいる。仲間を見間違えるはずも、冷たく突き放すこともできるはずはなかった。
「確かに雷蔵なら良い守役になりそうだ」
「大雑把とか迷い癖さえなけりゃね」
「ていうか図書委員じゃ間違いなくお守り役だろ?」
「だよなー」
言葉の裏を知らない少年達が、三つ四つのお子様を想像して言い合うのは仕方がない。むしろひわならわざとそう思わせるように言ったのだろう。
友人達の、「よっ保父さん」という生温い笑みに逆らって、
「それ言ったらハチも兵助も委員長代理で後輩の面倒よく見てるじゃないか!」
「それとこれとは話が違うだろ」
「うちはホラ、むしろ二年の三郎次がしっかりしてるし、後輩といってもタカ丸さん年上だろ?」
「ハチが面倒見てるのは毒虫だもんなあ」
雷蔵の指摘は揃って却下された。勘右衛門の言葉に八左ヱ門は
「ほっとけ」
と顔を背ける。
「一度飼いはじめたからには最後まで面倒を見るのが人として当然だろう!」
「三郎!」
三郎がまた八左ヱ門の顔を作って格好つけるので、真似された方は身を乗り出して彼を怒鳴り付ける。
三郎は素早くまた別の顔を作った。
ふざける三郎を止めるのは、こうなると同じクラスの二人の役目になる。
ドタバタ騒ぐろ組の会話をBGMに、勘右衛門はこそっとひなとひわに近づいた。
「二人が雷蔵に打ち解けやすかったのはわかったけどさ、僕らにももっと気楽に接してくれたら嬉しいんだけどな」
「そーそー。講師やるなら贔屓はまずいだろ?」
二人の後ろからは兵助が。騒ぎを放置して皆の食器を集めて回る。
ひなとひわは目を瞬かせた。
「知っていたんですか」
「俺、火薬委員会委員長代理。コイツは五のいの学級委員長」
ニヤッと笑って兵助が告げれば、ひょい、と彼の持つ食器の上に椀を重ねて、勘右衛門がろ組を指差す。
「ついでに、ろ組の学級委員長が三郎。八左ヱ門は生物委員会の委員長代理ね」
「コラ、勘右衛門かさねすぎ!」
「各所属の代表者には先生方から話が伝えられたんだ。
大丈夫、兵助なら運べる!」
勘右衛門は無責任に兵助を励まして、更に皿を重ねた。
ひなはそれが気になって仕方がない。
「…………
…………
(少なくとも、この二人は知らない)
……善処する」
長考の後、ひわは頷いた。
「勘右衛門、さすがにそれは無理でしょう。兵助、崩れる前にそっち貸して」
「へ?」
「見てる方がハラハラするから。気楽にするのと全部甘えるのは違うでしょう?」
ひなは勘右衛門が兵助に押し付けようとした湯呑みを横から抜き取った。
それに同意を見せて、今にもバランスを崩しそうな兵助の手から三割程度の食器を奪い取るひわ。
兵助が間抜けた声をあげたのは、だがそれら手出しによるものではなく、
「あれ、ひわさん今名前……」
同じように驚く勘右衛門に奪い取った食器を押し付け、ひわは兵助から残りの食器の概ね半分を取り上げる。
「勘右衛門、洗い場はどこ?」
「えっと、あー、こっち……
じゃなくて!」
勘右衛門は先に立って歩きだし、すぐに足を止める。彼のノリツッコミに、攻防を続けていたろ組の三人も何事かと振り返った。
「ってか、あんたさっきまで寝込んでいた奴が何やってんだ!」
真っ先に反応したのは八左ヱ門。速攻でひわから食器を奪い取り、
「兵助、勘右衛門、お前らも気付け!」
い組の二人を怒鳴り付ける。二人は「あ……」と冷や汗を流した。
「悪い、忘れてた」
「うん、ごめん」
「自分だって忘れてたのによく言うよ」
「三郎っ!」
ボソッと呟く三郎に食ってかかる八左ヱ門を、慌てて雷蔵が押さえ付ける。バツが悪そうな勘右衛門と兵助に、ひわは気にするなと首を振った。
溜息をついたのはひなだ。
「人が悪いですよ、三郎君」
「鉢屋には先に話していた筈なんだけど」
「え?」
「ひわ姐さんが倒れたのは、場所と気が馴染む前に装具無しでバサラ技を連発したからなんだってさ。今は装具着けてるし、休んで気も調ったから、普通にしてる分には問題無し」
「何だよそれ」
八左ヱ門は拍子抜けした顔をした。
兵助も脱力した笑みを浮かべ、
「もしかして、さっき「こっちの方が今は楽」って言ったのは、このことだったり?」
「そう。だから勘右衛門も兵助も気にしないで良いよ」
「本当に無理なことならあたしが止めていますから」
「そっか。でも今日は僕らで片付けるよ、気が利かなくて御免ねー」
二人の肯定に、勘右衛門がほっとした笑みでひなの分の食器を取り上げた。
「済まない、助かるよ」
「ありがとうございます」
ほわほわした彼等の表情にほだされ、つい、ひなとひわの顔に微かな笑みが浮かんだ。
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