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 気が付いた場所は、どちらかといえば群島かリィンバウムのどこかを思わせるような小村だった。

 戦災孤児の一人として私が引き取られた先には、同じ年くらいの穏やかな性格の男の子がいた。
 男の子の名前はエト。村には他にも同じくらいの年齢の子供が何人かいたけれど、騎士の子だというパーンがエトの一番の仲良しだった。
 エトは至高神ファリスに仕える神官となるべく修行を積んでいる子で、パーンは騎士を志して体を鍛えていた。治癒系と物理系ときたら魔法系かなぁ、とバランスを考えて、賢者の学院へ進んでいたスレイン宅へ忍び込んで私は魔術の勉強を進めていた。

 スレインが村で隠遁生活を送るようになってからは勿論、忍び込むなんてできなくて、正直に教えてほしいとまとわりついて押しかけ弟子の地位をもぎ取った。スレイン兄てば村の女の子に問答無用で魔法攻撃仕掛けてこようとするんだもの、つい流水の紋章で対抗しちゃったよ。おかげでその魔法は何だ、みたいに問い詰められてちょっと辟易した。エトを盾にして許してもらって、代わりにエトから説教を喰らった。
 のどかな生活だった。

 独り立ちしても良いくらいに成長して、つまりはそろそろどこかに嫁に行けと言われるくらいの年齢になって、私は冒険の旅に出るエト達にくっついて村を離れることにした。
 ゴブやホブゴブ程度で苦戦している彼らの事が心配だったし、仲の良いエト、パーン、スレイン兄がいなくなる村にあまり魅力は感じなかった。
 旅には他に、近くのマーファ神殿から攫われた侍祭を探すドワーフのギムも同行した。

 トラブルホイホイであるパーンの働きでハイエルフのお姉さまが仲間に加わり、胡散臭い盗賊のウッド・チャックも加わった。主要メンバー勢揃いで迎えたクエストは、攫われた侍祭ならぬ神聖王国ヴァリスの姫君を助け出す快挙となった。これをきっかけに、後に英雄戦争と呼ばれることになる動乱の真っただ中に飛び込んでいくことになったわけだけれど、私はどうにも乗り切れなかった。

 ハイエルフのディードには、私の隠し持つ力の事やペルソナの事が漠然と見えているようで常に警戒されていたし、フレイムのカシュー王や名だたる剣の使い手達からは、身のこなしが魔術師じゃないと興味を惹かれ、パーンよりも先に仕官の話を貰いそうにもなった。
 途中からは開き直って「戦う魔法使い」なんて未来の誰かさんが自称する名乗りをあげるようになったけど、もやもやする気持ちはずっと胸の奥にくすぶっていた。

 私は作戦の都合上、他のパーティメンバーとは別行動することが多くなっていった。
 その方が気楽だったし、フレイム騎士の剣技を眺めたりしていると気が紛れた。勿論、単独で与えられた仕事をこなしている間は集中せざるを得ず、余計なことを考えている暇もなくなった。

 だから私は、英雄戦争の終結間際にも、エトやパーン達とは離れたところに居た。
 父王を喪い悲しみに沈むフィアンナ姫を慰めるエトを、シャダムの後ろから見ていた。


「要するに、あなたは少し前までの私と同じなのね」
 久しぶりに合流したディードは私に溜息を吐いた。

「自分の気持ちに臆病になっている。本当はとっくに、気付いている気持ちに、ね」
 そんなことを言われても、どうしようもなかった。
 だから私は笑ってごまかして、カーラとの最終決戦に加わった。それがこのパーティでの最後のクエストになることを知っていたから。

 この戦いが終わったらほどなく、エトはヴァリスで神官王として推挙される。王妃はフィアンナ姫──それが正しいロードス島の歴史。それを覆す度胸を、私は持ち合わせていなかった。

 代わりに私がしたことは──

 仲間達一人一人の驚愕の顔をはっきり覚えてる。
 命を落とす運命だったギムは、紋章の力で存えさせた。戦いの行方がどうなるにせよ、私が全力で叩き折ったフラグの結果、私がこの場所に居られる時間は残り僅かと想像できたから、出し惜しみなくあらゆる力を使った。
 一番驚いていたのは、幼馴染の二人だった。スレイン兄はあまり驚かなかったけど。

 いや、彼らが驚愕したのはそんな事ではなくて。

「後始末はよろしくね?」

 すばしっこさが売りのウッドをすら出し抜いたことにほくそ笑んで、私はセルフオーバーコントロールを発動したままに、カーラの意識が籠ったサークレットを額に装着した

 肉塊の中に埋もれたサークレットを、流石のウッド・チャックも改めて額に嵌めようとは思わないだろう。
 私がしたことは、ウッド・カーラの暗躍を未然に防ぐことだった。



 私がしたことは、大好きな幼馴染達にこの上もないトラウマを刻みつける行為だった──


 真っ青な顔のエトを見て、初めてそんな単純な重罪に気付かされた。

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 葛葉寮内で片付ける問題の筈が、他人を巻き込む気満々のヒロイン達。さり気に七緒の行動を把握している飛鳥は敵に回してはいけない系風紀委員。どっちかって言ったら七緒の味方ですけどね。

 縁側で更新したのも婆沙羅だし、そろそろ違う系統のも更新したいなぁ……と思ったら、まっとうにストックがあるのはばさらん系ばかりだった

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「ちょっとそこのお姉さま♪」
 ユキヤが声をかけられたのは、一人で商店街を歩いているときだった。

「おもしろ~い相をしてるわね。まるでこの世界の外側を知ってます、みたいな珍しい気配」
 浮き浮きとした声の主は、一目でシルターン系の召喚獣とわかる容姿の少女。ユキヤが足を止めると、ばっと背後に構える物を腕で示した。
「ここで袖振りあったのも何かの縁! シャオメイちゃんの所で1つ運試しでもしてみな~い?」

 赤を基調とした派手派手しい建物。そんなものが路地裏に突然どでん、と存在するのだから、呆れてしまう。つい先日通りかかったときには、こんな目立つ建物は存在しなかった。

「お嬢ちゃんこそ、龍殺しとか何本も飲み干すうわばみの相が透けて見えるよ」
「ぎ、ぎくっ! シャオメイちゃんお子様だからわかんな~い! そ・れ・よ・り、当たるも八卦当たらぬも八卦、今なら特別お試し特価! で籤を引かせてあげちゃいますぅ」
「特価……なんだ?」
「そ! 大特価!」
 シャオメイはふふん、と胸を反らした。
「いつもならお題はおいし~い飴玉ひとつ! お願いするところなんだけどぉ、今回は特別、金平糖一粒で引かせてあげちゃう!」
「こ、金平糖……?」
 ユキヤが歪な笑顔になったのは、指定されたものが理解できなかったからではない。
 留守番しているコーラル達へのお土産にと、先ほど入手したばかりの物だったからだ。

──なんでわかってるんだ、このヒト……ていうかメイメイさん。

「えー、その……一粒、で、いいんだよね?」
「おーるおっけー、じゃ、こっちへどうぞ~」

 一人分ずつ小袋で買ったのであれば応じることはできなかった。が、量り売りでまとめ買いしたので一粒くらいなら問題はない。恐ろしいのは、それさえ見越したようなシャオメイの要求だった。
 ピンク色の金平糖を嬉しそうに口に運んで、シャオメイは見覚えのあるスクラッチ籤を一枚ユキヤに手渡した。
 ゲームの画面ではともかく、改めてリィンバウムでスクラッチ加工を目にすると異質である。ユキヤは深く考えないように思考に蓋をして、銅貨で適当に丸い銀色を擦った。

 結果は──

「……大当たりい~♪」
 カランカラン。
 他に誰もいないのにわざわざ鐘を鳴らしてシャオメイはユキヤを祝福した。

「え~と、今日の特賞は……黄太鳥の鞄ね♪」
「き、黄太鳥……!?」
 聞いたこともない生き物の名前。ユキヤは自分の知る限りのメイトルパの召喚獣を思い出し、次に、勢い余って思い浮かんだ胡麻通りの大きな黄色い鳥のイメージを頭を振って追い払う。いくらなんでもない、それはない。
 するとシャオメイは、得意げになって説明した。

「かつて名もなき世界に存在したっていう伝説の黄太鳥をヒントに作られた万能鞄よん♪
 黄太鳥っていうのはぁ、黄色くて太った鳥の事で、ギサ……ギザギザの野菜? とかそんな感じの名前のお野菜が好物なの! ふつうの消化する胃袋の他に、物を溜め込んでおける不思議な器官を持ってて、持ちきれない荷物の預かりサービスとかに使われてたらしいわ。
 一説によると、その不思議な器官は異次元に繋がっててて、他の黄太鳥との間で物の共有もできてたととか言われてるの!」
「それってまさか……デブチョコボ?」
「そうとも言うかもね。さっすがお姉さま素敵にも・の・し・りなんだからぁ♪」
「……(そうか、この人やっぱ何でもありか)」
 けたけた笑うシャオメイに、ユキヤはがっくりと項垂れた。

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 一人で泣いていた私は幼子で、たまたま通りかかった医者に拾われて養子となった。

 その世界ではあらゆる住民がデータベースに登録されていて、登録されていない人間は裏社会の中でも更に忌避される「人でなし」扱いだった。
 私は拾い主が変わり者の医者だったおかげで、年齢は若干細工されているものの、一般人としてデータベースに登録されることになった。
 私は毒殺された失敗を教訓に、普通の読み書きを学ぶ傍ら薬品に関する研究に没頭した。
 学校には通わなかった。

 年端もいかない子供がやることではなかったけれど、普通でない育ての親は、私の好きなように学ばせてくれた。その普通でない育ての親が医療系ハンターだと知ったのは、拾われてからゆうに十年は過ぎてからの事だった。
 まだ成長期とはいえ身体もだいぶ出来上がり、薬物に関する研究もだいぶ進んだ頃、彼は私にハンター試験の受験を勧めてきた。
 研究分野は裏世界から狙われるような危険な物──自身の身を守るためにも、今後の研究費用を確保するためにも、プロハンターになっておいて悪いことはない、と。

 私は勧め通りハンター試験を受験し、これまでの世界の経験を活かし一発合格を決め、うっかりと幻影旅団の誰かさんと知己を得てしまった。
 試験中のくじで一時期パートナーになってしまったんだからどうしようもない。

 ライセンス取得後その足で家にとって帰り、育ての親に念の師匠になるよう頼み込んだ。
 念を起すところまでは比較的簡単だったけれど、それをきちんとしたものにするまでにはなんと一年半も掛かった。成長速度鈍化のデメリットがこんなところで幅を利かせたらしい。
 開花した念の系統は操作系──私は最初に、自分の身体能力を向上させるための発を作り出した。
 制約や誓約についてはおいとくとして、その能力は「セルフオーバーコントロール」念の発動媒体は、BASARA者らしく天花六花にしておいた。

 シャルナークを始めとする幻影旅団からは度々狙われるようになっていたけれど、彼らが欲しがったのが単なる研究成果ではなくて研究者そのものだったおかげで、私の命は無事だった。
 過去の拷問史で登場した毒の調査だとか、盗み出した骨董品に含まれていた未知の毒物の解析だとか、ただ調べるだけの内容であれば多少は協力した。フィンクスがその未知の毒にうっかり侵されてしまったしまったときはもう……うん。流石に助けないわけにもいかないかと思って旅団のアジトの一つに大人しくついて行ったよ。
 そんなことを続けているうちにゾルディックからも声がかかるようになった。
 ちゃんと表の医療向きの製薬とか薬効の発表とかだってしてるのにだよ? お得意様が賞金首だらけっていうのは医者の養子としても医療系ハンターとしてもいただけない。

 あぁ、そういう連中ばかりじゃなくて、研究材料採取中にかの有名なジン・フリークスにも会った。
 あれはまだハンター試験受験前だったか後だったか。弟子が秘境の毒虫に噛まれたからって連れられて行った密林では、カイトが片手の指では足りない多種多様の毒物に当たって半死半生になっていた。毒虫に噛まれ、刺され、毒蛇に噛まれ、傷口から毒花の花粉が入り込み、更には毒草の汁が溶け込んでしまった水を口に含んでしまったらしい。あれは別の意味で苦労した。
 立ち直った後カイトがジンの弟子を辞めず、ハンター試験に合格してプロハンターになったのはある種の奇跡のように感じたよ。

 マフィアやらゾルディック家やらその他の暗殺稼業の連中やら、そうじゃなくても面倒な客だらけで疲れ果てる私に、クロロは「最初から旅団の専属になってしまえばよかったんだ」等とのたまった。絶対面白がっていた。

 この世界でのゲームオーバーも、やっぱりこの面倒なお客さん達がきっかけだった。
 彼ら同士の抗争に巻き込まれて、とばっちりでウヴォーギンの大声を浴びた。
 慌てていた私は周りに注意しないまま抗争圏から離れるためにセルフオーバーコントロールを発動してしまい──驚いた顔をしていたから、向こうに害意はなかったんだと思う。もしかしたら、私が動けないと思って、逃がすために操作媒体を打ち込んできたのかもしれない。

 でも。

 連続稼働時間10分が、この発の制約。

 発動中に他からの操作を受けた時には操作も記憶の読み取りもできないような肉塊となるのが、この発の誓約。

 私は彼らの目の前で、肉の塊になった。


 ほんの一瞬の出来事だった。

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 自室の床に寝そべって、八左ヱ門は懐から取り出した櫛を眺めていた。

 長い間大事に使われていたことがわかる、塗りの剥がれかけ、使い込まれた櫛。
 夕食の時に返しそびれたそれの、本当の持ち主はひわだ。

 雷蔵の髪を梳き終えるかいなかで倒れてしまったときに、彼女の手から滑り落ちた櫛。あの時の赤い顔と潤んだ瞳、ぶっきらぼうな対応は、高熱によるものだと把握した。それはいい。
 解せないのは、何故ひわの方が無理をして、バサラ技を連発したのか。疲労に苛まれた身体を圧して、三人の絡まった髪を梳き、一人一人の名を確かめたのか。

──雷蔵の名前を確かめるため……じゃあないだろうな?

 いくら似ているとはいえ、十年前では雷蔵もちんまいお子様だ。守役の可能性があるとすれば、雷蔵の親類縁者。けれどその程度の繋がりを測るためには身体を張り過ぎではないだろうか。
 八左ヱ門は目の前で見ている。雷蔵の名乗りを聞いた直後の、失望と安堵という共存しないはずの感情に揺らいだひわの顔を。
 守役の話を聞いた後のひなの反応にしても変だ。似ているだけの他人を見つけて、何故あそこまで衝撃を受けるのか──悟らせないようすぐ馬鹿騒ぎを演出したので、彼女達は彼等が違和感を覚えているのに気付いていないだろう。

──と思いたいけど、微妙か。兵助達は多少距離を詰めたようだけど。

 八左ヱ門は、別れ際のひわとの会話を思い出し顔をしかめる。

 「ひわ姐さん、俺らも名前で良いと思わない?」
  い組の二人がいつの間にか名前で呼ばれているのに気付いた三郎。自分と八左ヱ門とを指差して提案したのだが、
 「だがことわる」
 「一言かよ!」
 その前に覗かせた柔らかい微笑を何処に忘れたかという真顔でひわは却下した。

 「鉢屋は鉢屋の方が呼びやすい。竹谷は……八左ヱ門て長くて言いづらいからヤダ」
 「勘右衛門だって十分長いだろ!」
 「ちょっと!」
  槍玉に上がった勘右衛門が声をあげるが、ひわはちらっと彼を見た後、
 「長くないでしょう、勘右衛門は……そうだな。十数年後にどこかで無事に再会出来たなら考えても良いよ」
 「遅すぎだろ、どう考えても」
 「じゃあ三郎は?」
 お墨付きを貰った勘右衛門はのほほんと尋ねる。当の三郎は、肩を落とす姿勢の裏で、ひわの反応を伺っている。

 「鉢屋が何?」
 「いやあの、どのくらい経てば名前で呼ぶ気になるのかって話だろ」
  苦笑して、兵助。ひわは眉を寄せ、苦渋の顔付きになり、瞑目した。それを見たひなも何故か(彼女は最初から名前で呼んでいるのに)難しい顔をして顎に手を当てる。
 「おーい、もどってこーい」
  あまりにも間が長いので兵助は再び呼びかけた。ひわは苦い顔のまま、
 「想像もつかない。
  鉢屋は将来的な主君が大体決まってるでしょう。ある意味それに敬意を表しているってことじゃダメなの?」
「ひわ!」
 ひなは慌てたようにひわを呼んだ。

──大丈夫。
  ひわの口が音を立てずにひなへ告げた。

──大丈夫……何がだ?

 くるり、櫛の裏表をひっくり返す。
 皹が入ったのを補修した跡。着ていた衣は上質なのに、そこまでして使い続けるのは、どんな理由なのか──
 八左ヱ門が気になるのは、この櫛をどこかで見た覚えがあるからだ。
 彼女達──少なくとも、ひわは、この学園に関する何かを知っている。それでいて、隠している。先生方がそれに気付かないはずもないのに敢えて五年生長屋に放り込み、臨時講師の役割を与えたのは……

「ただいまーつっかれたよ!」
 ガラッと戸を開けて、同室の吹田新之助が現れた。
「おー」
 八左ヱ門はおざなりに返して櫛の検分に意識を戻す。それを遮ったのは、ひょこっと上から顔を覗かせた新之助だった。
「なんだよー、やっと実習から戻ったルームメイトにそっけなさ過ぎだろ!」
 言って、八左ヱ門の持つ櫛に目を留める。
「あれ? 何でハチが佐助先輩の櫛持ってんだ?」
「は?」
「は? て何だよ! なんか随分ぼろくなってるけど、それ、左助先輩が実習で使ってた櫛だろ? もしかして、俺がいない間に先輩来てたのかっ?
「うわっ、待て! 来てない来てない!」
 クワッと迫られ、八左ヱ門はゴロゴロ転がって新之助から逃れる。慌てて言い足せば、じゃあ何でそれを持っているのかとジト目を向けられる。
 八左ヱ門は新之助から十分な距離を取ってから睨み返した。

「つか、何で新が佐助先輩にこだわんだよ!」
「実習んときにイロイロ迷惑かけたのに、礼言う暇なく卒業しちまったんだもん! 利吉さんは卒業してからもよく来てくれるけど、佐助先輩は全然だろっ、やっと礼言えると思ったのに!」
「お、おーそうか」
 熱く語る新之助に八左ヱ門は引いた。眼に気迫が籠り過ぎて怖い。豆腐小僧の豆腐語りならもう慣れたが、同室五年目にして初めて目の当たりにする迫力だ。

 実習とはいえ、命を預け合うこの環境では、たまにこうして先輩や同輩への崇拝者が現れる。
 互いが学内にいる間は良い。けれど卒業してからも引きずるようだと、忍としては致命的だ。
 崇拝する相手と戦場で遭遇したら──佐助が新之助に顔を合わせないまま卒業したのも、それを懸念したからかもしれない。

 新之助は膨れっ面で八左ヱ門を睨む。
「で、何でハチがそれ持ってんの?」
「拾った。…………なあ、三年ろ組の四條畷先生って左助先輩の就職先知ってると思うか?」
「知ってるだろうけど聞いても無駄だよ」
 迷った上に新之助に尋ねるが、その前の答えが端的過ぎたからか返答は冷たい。
 そして何より、既に確認済みであることに八左ヱ門は戦いた。

 思い浮かべるのは、この櫛の所有者。
 疑わしさは拭えなくとも、新之助の八つ当たりに遭わせるのは気の毒に思えた。

「いや、そういや知らないなと思っただけなんだ。俺兵助に本借りるの忘れてたからちょっと行ってくるな」
 八左ヱ門は引き攣った笑みで新之助に告げると、じりじり出口へとにじり寄った。
「ハチ?」
「あと、小林先生が、戻ったら体育委員の壊した花壇の修繕で相談したいって!」
「まーた七松先輩かよ!」
 それは本当に今まで忘れていた伝言だった。けれどそのおかげで新之助の崇拝モードが解除され、八左ヱ門は寸でのところで追求を逃れたのだった。

 吹田新之助──緑化委員会委員長代行。

「で、俺らんとこ逃げてきたわけね」
 八左ヱ門が自室での出来事を伝えると、兵助は苦笑混じりの相槌を打った。
「新之助が佐助先輩に傾倒してるのは知ってたけどさー、三木ヱ門が照星さんに憧れてるようなもんだと思ってたよ」
 兵法書をパラパラとめくりながら、勘右衛門。
「田村の傾倒ぶりも相当だけどよ、新之助、あいつ佐助先輩の就職先判ったら、それが何処だろうと追っかけ就活やりかねん勢いだったぞ」
「まさか。大袈裟すぎじゃないか?」
「大袈裟なもんか! 佐助先輩の事問い詰めてくるときのあいつの目、マジヤバかったんだからな!」
「ほんじゃさ、佐助先輩仕えてる殿様が気に食わなかったら闇討ちで城潰そうとするとか?」
「今のあいつならマジでやる」
 八左ヱ門の断言に、兵助と勘右衛門は顔を見合わせた。

 それはあまりにも行き過ぎではないか──?

「けど、今までそんなそぶりなかったんだろ?」
「そもそも俺に佐助先輩との接点がねーよ。話出なきゃ知りようねぇだろ」
「佐助先輩は用具だったっけ」
「きっかけがなけりゃ表に出てこない執着、なぁ……で、これがきっかけ?」
 兵助は櫛の歯を爪で弾いた。
 ぺん、と間抜けな音が三人の真ん中に落ちる。
「確かに佐助先輩が女装の小道具にしてた櫛と似てる、気はする」
「でもそれにしちゃあ年季が入りすぎてない?」
 反対側から櫛を眺める勘右衛門。
「まあな。そう珍しいもんじゃないし、普通に考えりゃ偶然だろ。ただ、あいつらの素性が判らないからな。単純に無関係で切っても良いのかどうか……」
 八左ヱ門は腕組みした。

 櫛に見覚えがあったのは、新之助や兵助の言う通り、佐助が使っていたものと似ているからだろう。実習で使う程度の櫛だから、大した値打ちものでもなく、「似たようなもの」ならいくらでもありそうだ。けれど、それをバサラ者であるひわが持っていた──学園に持ち込んだというのは、何か裏があるのではないかと疑いたくもなる。
 卒業生である上月佐助がバサラ者であることは、接点の薄い八左ヱ門でも知っている。

「四條畷先生に聞くだけ聞いてみたら? 就職先教えてもらえなくても、櫛の事なら確認してもらえるかもしれないし」
「やっぱそれしかないか」
 勘右衛門の言葉に、八左ヱ門は溜息をついて肩を落とした。

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