管理サイトの更新履歴と思いつきネタや覚書の倉庫。一応サイト分けているのに更新履歴はひとまとめというざっくり感。
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初めて君に会ったのは雪の日の図書館。
同じ本に二人揃って手を伸ばしたなんて少女マンガみたいな出会いだった。
試験前、辞書に突っ伏して寝てしまった私に「ごめんね、閉館なんだ」ってすまなそうに声をかけてくれた君。
外に出たらまた小雪がちらついていて、「寒いね」ってどちらからともなく苦笑した。あの時二人で飲んだホットチョコレートの味は、焼けつくような暑い夏の日になってもまだ鮮明に覚えている。
君は元気にしてますか?
今でも目一杯迷って、悩んで、そして優しい笑顔でいてくれますか?
お題bot*(@0daibot)より
雪の日、図書館、チョコレート
同じ本に二人揃って手を伸ばしたなんて少女マンガみたいな出会いだった。
試験前、辞書に突っ伏して寝てしまった私に「ごめんね、閉館なんだ」ってすまなそうに声をかけてくれた君。
外に出たらまた小雪がちらついていて、「寒いね」ってどちらからともなく苦笑した。あの時二人で飲んだホットチョコレートの味は、焼けつくような暑い夏の日になってもまだ鮮明に覚えている。
君は元気にしてますか?
今でも目一杯迷って、悩んで、そして優しい笑顔でいてくれますか?
お題bot*(@0daibot)より
雪の日、図書館、チョコレート
部屋に差し込む光と、雀の声でひなは目を覚ました。ふと横を向くと、ひわの姿はない。
夜具がわりの着物は片付いており、既に起床していることが判った。
──まだ本調子じゃないのに……
眉をひそめて、ひなも支度を整える。
入口の引き戸を開けると、朝の空気が入るとともに、外をうろうろするひわの姿を見つけた。
「どうしたの? ひわさん」
「あ──ひな」
声をかけると、珍しく憔悴したようなひわの顔。
「見つからないの。ここに落ちてると思ったのに」
「て、何が?」
同じ場所にひなも降りる。途方に暮れたひわの視線は地面や叢を何度もさ迷って、そうしながら彼女は答える。
「櫛……」
「櫛?」
「あの……がくれた、……の櫛」
所々聞き取りづらいのは、ひわが屈んで叢を掻き分けたり、土を払ったりしながら喋るからだ。それこそ、着物が汚れたり爪の間に土が入り込むのを頓着する様子もない。
ひなは聞き取れなかった部分を脳内で補完して、
「あれ、まだ使ってたんだ?」
思い浮かべる事ができたのは、それがまだ二人同じ陣営にいた頃の出来事だったから。自分達の体感では、もう七、八年になるだろうか。それだけ古い櫛だ。
ひわは少しバツが悪そうに目を泳がせて、
「……れは、ぃぞぅが──」
「え、何?」
──びくっと二人揃って飛び上がった。
振り返ると、青の忍服を纏った少年が、目をぱちくりさせて二人を見ている。今度は雷蔵と三郎、どちらだろうか──ひなが迷っていると、ひわが答えをくれる。
「あ……雷蔵」
「う、うん、どうかした?」
おっかなびっくり尋ねるのは、どうやら確かに雷蔵らしい。ひわは彼の名を呼んだ後、遠くを見るような目つきで暫し黙り込んだ。
「あの、雷蔵君、ひわの櫛を知りませんか? 倒れた時に落としてしまったようで、二人で探していたんです」
ひわが言わないので、ひなが雷蔵へ問い掛ける。何処から聞かれたかわからないが、音に出したのが雷蔵の名前だけならば、昨日の出来事と結び付き、問題はないはずだ。
「え、櫛? うーん、ごめん、よく覚えていないや」
雷蔵は記憶を辿った後、首を振った。
「あの時近くにいたのはハチと三郎だし、二人のどっちかは何か見てるんじゃないかな」
「そうですね、ありがとうございます」
ひなは雷蔵の思いつきに頷いて礼を言った。ひわはまだ意識を遠くに飛ばしたままだ。
雷蔵はそれを気にするように窺い見て、
「それって、そんなに大事な物だったの?」
「ええまあ……」
ひなはひわにちらりと視線をくれ、肯定する。
「大切な思い出の品、だったと思います」
「そうなんだ。それはこまったね。食堂で会えるだろうから、二人とも井戸に回ってから食堂に行って訊いてみよう」
雷蔵は遠慮がちに笑いかける。
「そうね……」
ひわは上の空で呟いた。それから長屋の屋根を見上げて、
「値段も年季を考えても、壊したり無くしたりしても惜しくない物かもしれないけれどね、金銭的価値と個人の価値観は必ずしも一致しないから」
「えっ?」
驚く雷蔵にやっと視線が戻る。
「今はわからなくて良いよ──もしもがあったら、「後で」見てなさいって、そこいらに張り付いてる暇人に言っただけだと思ってて」
「え、そこいらって……」
ひなは弾かれたように辺りを見回した。
木々の影、屋根の上、縁の下、隣室の扉──そういえばそこが誰の部屋なのかまだ聞いていない──気配を探るが、ひなには誰がどこにいるのかわからない。
一方、雷蔵は苦笑いして肩を落とした。
「本当に気付いちゃうんだ? ひわさんてくのいちみたいだね」
「ワクワクして本気で隠れていなかったのは勘右衛門? でなくとも、あれだけガン見されてたら、気配に聡い人ならすぐ気付くでしょ」
ひわが睨むと、木陰と扉の影から楽しそうな勘右衛門と悔しそうな八左ヱ門が顔を覗かせる。
「いつの間に……」
ひなは驚いた。木の陰など、ひわは先程近くを探していたはずだ。その時に気付いていたなら、ひわはそれでも櫛の話を続けたろうか──雷蔵が現れた時の驚きは本当だったのに。
ひわは髪をかきあげようとして、その手の汚れに顔をしかめ、手首で落ちかかる髪を押しやった。
「愚問だよ、ひな。あれだけガサガサ捜し回ってるのに、曲がりなりにも忍び予備軍が出てこないほうがおかしい」
「あははー、何か一所懸命だったから、声かけにくくてさ」
勘右衛門に悪びれる様子はない。
「あ、ほら髪に泥ついちゃうよ」
懐から取り出した手ぬぐいでひわの額についた土を払うと、勘右衛門は彼女の手を取ってその汚れを拭き取りはじめた。
あまりにも自然な振る舞いに、ひわも暫しされるがまま勘右衛門の行動を眺めてしまう。
「……って! そのくらい自分でやるって!」
我に返ったひわは慌てて手を引っ込めた。爪の間はともかく、腕や手の平、指の土汚れはもうほとんど拭われている。
「ははは、ひなちゃんも、はい、濡れ手ぬぐい」
「えっ? あ、兵助君」
珍しいひわの反応を見ていたひなは、目の前に手ぬぐいを突き付けられ、ぎょっとした。
それがまたいつの間にか現れた兵助の差し出した物だったので、ひなの声も気が抜けてしまう。素直にそれを受け取ると、腕や手についた汚れを拭き取った。
「ありがとうございます」
「……りがとう、何処で洗えば良い?」
ひなが言うのに続けて、勘右衛門から手ぬぐいを奪い取ったひわもツンデレ気味な礼を述べる。
「じゃあ改めて、井戸に寄って朝ごはんに行こうか」
クスクスと雷蔵が笑って、手をあまらせた勘右衛門は指をわきわきさせた後でダランと腕を下ろす。
不覚を取った彼を、八左ヱ門が鼻で笑った。
夜具がわりの着物は片付いており、既に起床していることが判った。
──まだ本調子じゃないのに……
眉をひそめて、ひなも支度を整える。
入口の引き戸を開けると、朝の空気が入るとともに、外をうろうろするひわの姿を見つけた。
「どうしたの? ひわさん」
「あ──ひな」
声をかけると、珍しく憔悴したようなひわの顔。
「見つからないの。ここに落ちてると思ったのに」
「て、何が?」
同じ場所にひなも降りる。途方に暮れたひわの視線は地面や叢を何度もさ迷って、そうしながら彼女は答える。
「櫛……」
「櫛?」
「あの……がくれた、……の櫛」
所々聞き取りづらいのは、ひわが屈んで叢を掻き分けたり、土を払ったりしながら喋るからだ。それこそ、着物が汚れたり爪の間に土が入り込むのを頓着する様子もない。
ひなは聞き取れなかった部分を脳内で補完して、
「あれ、まだ使ってたんだ?」
思い浮かべる事ができたのは、それがまだ二人同じ陣営にいた頃の出来事だったから。自分達の体感では、もう七、八年になるだろうか。それだけ古い櫛だ。
ひわは少しバツが悪そうに目を泳がせて、
「……れは、ぃぞぅが──」
「え、何?」
──びくっと二人揃って飛び上がった。
振り返ると、青の忍服を纏った少年が、目をぱちくりさせて二人を見ている。今度は雷蔵と三郎、どちらだろうか──ひなが迷っていると、ひわが答えをくれる。
「あ……雷蔵」
「う、うん、どうかした?」
おっかなびっくり尋ねるのは、どうやら確かに雷蔵らしい。ひわは彼の名を呼んだ後、遠くを見るような目つきで暫し黙り込んだ。
「あの、雷蔵君、ひわの櫛を知りませんか? 倒れた時に落としてしまったようで、二人で探していたんです」
ひわが言わないので、ひなが雷蔵へ問い掛ける。何処から聞かれたかわからないが、音に出したのが雷蔵の名前だけならば、昨日の出来事と結び付き、問題はないはずだ。
「え、櫛? うーん、ごめん、よく覚えていないや」
雷蔵は記憶を辿った後、首を振った。
「あの時近くにいたのはハチと三郎だし、二人のどっちかは何か見てるんじゃないかな」
「そうですね、ありがとうございます」
ひなは雷蔵の思いつきに頷いて礼を言った。ひわはまだ意識を遠くに飛ばしたままだ。
雷蔵はそれを気にするように窺い見て、
「それって、そんなに大事な物だったの?」
「ええまあ……」
ひなはひわにちらりと視線をくれ、肯定する。
「大切な思い出の品、だったと思います」
「そうなんだ。それはこまったね。食堂で会えるだろうから、二人とも井戸に回ってから食堂に行って訊いてみよう」
雷蔵は遠慮がちに笑いかける。
「そうね……」
ひわは上の空で呟いた。それから長屋の屋根を見上げて、
「値段も年季を考えても、壊したり無くしたりしても惜しくない物かもしれないけれどね、金銭的価値と個人の価値観は必ずしも一致しないから」
「えっ?」
驚く雷蔵にやっと視線が戻る。
「今はわからなくて良いよ──もしもがあったら、「後で」見てなさいって、そこいらに張り付いてる暇人に言っただけだと思ってて」
「え、そこいらって……」
ひなは弾かれたように辺りを見回した。
木々の影、屋根の上、縁の下、隣室の扉──そういえばそこが誰の部屋なのかまだ聞いていない──気配を探るが、ひなには誰がどこにいるのかわからない。
一方、雷蔵は苦笑いして肩を落とした。
「本当に気付いちゃうんだ? ひわさんてくのいちみたいだね」
「ワクワクして本気で隠れていなかったのは勘右衛門? でなくとも、あれだけガン見されてたら、気配に聡い人ならすぐ気付くでしょ」
ひわが睨むと、木陰と扉の影から楽しそうな勘右衛門と悔しそうな八左ヱ門が顔を覗かせる。
「いつの間に……」
ひなは驚いた。木の陰など、ひわは先程近くを探していたはずだ。その時に気付いていたなら、ひわはそれでも櫛の話を続けたろうか──雷蔵が現れた時の驚きは本当だったのに。
ひわは髪をかきあげようとして、その手の汚れに顔をしかめ、手首で落ちかかる髪を押しやった。
「愚問だよ、ひな。あれだけガサガサ捜し回ってるのに、曲がりなりにも忍び予備軍が出てこないほうがおかしい」
「あははー、何か一所懸命だったから、声かけにくくてさ」
勘右衛門に悪びれる様子はない。
「あ、ほら髪に泥ついちゃうよ」
懐から取り出した手ぬぐいでひわの額についた土を払うと、勘右衛門は彼女の手を取ってその汚れを拭き取りはじめた。
あまりにも自然な振る舞いに、ひわも暫しされるがまま勘右衛門の行動を眺めてしまう。
「……って! そのくらい自分でやるって!」
我に返ったひわは慌てて手を引っ込めた。爪の間はともかく、腕や手の平、指の土汚れはもうほとんど拭われている。
「ははは、ひなちゃんも、はい、濡れ手ぬぐい」
「えっ? あ、兵助君」
珍しいひわの反応を見ていたひなは、目の前に手ぬぐいを突き付けられ、ぎょっとした。
それがまたいつの間にか現れた兵助の差し出した物だったので、ひなの声も気が抜けてしまう。素直にそれを受け取ると、腕や手についた汚れを拭き取った。
「ありがとうございます」
「……りがとう、何処で洗えば良い?」
ひなが言うのに続けて、勘右衛門から手ぬぐいを奪い取ったひわもツンデレ気味な礼を述べる。
「じゃあ改めて、井戸に寄って朝ごはんに行こうか」
クスクスと雷蔵が笑って、手をあまらせた勘右衛門は指をわきわきさせた後でダランと腕を下ろす。
不覚を取った彼を、八左ヱ門が鼻で笑った。
「え、何ちょっとそれ本気!?」
モニターの前で、彼女は期待を込めた声を発した。
──態々こんなところに引き込んで、冗談と言うのは大掛かりすぎだと思いますが。
やれやれ、と言いたげなペンギンのイラストから、皮肉げな文字が吐き出される。
──鈴木菊様。確かに当機関のvariabletravelに当籤されておいでです。
モニターとそれを乗せる台しかない、奇妙な空間だった。
椅子もなく、モニターは彼女の顔の高さなので仕方なく、立ったままペンギンの説明を眺めていた。
曰く、幸せ探しの異世界旅行権に当籤したのだと。
「異世界トリップってことは、向こうと釣り合う年齢に若返ったり、トクベツな力がもらえたりする感じ?」
──若返り……と気にされるほどのお歳ではないのでは?
「十三、四の子達から見たら二十歳過ぎてる時点でおばさんなの!!」
──つまり、そのような年齢層のお相手を希望されるということですね。理解しました。
「何かムカつくわね。例えばよ、例えば!」
──訪れていただく世界の状況に応じて、旅立たれた先の開始年齢は変更されます。少なくとも、現在の年齢より歳上からのスタートはございません。
「んー……場合によっては若返るってことね、ならいいわ」
──特殊能力についてですが、魔術師特性や剣士特性等を選んでいただけます。
「魔術師……? 何か打たれ弱そうでやだな。剣士とかって、脳筋職って感じだし」
──この二つは人気の定番特性なのですが……
「折角釣り合う年齢になるんなら、それを堪能できる設定が良いわね。どんな世界に行けるの?」
──……左様ですね、世界の片鱗を御覧頂く方が、特性付加の必要性をご理解頂けるやもしれません。
ペンギンは頭を押さえ、画面からフェードアウトした。
代わってモニタに映し出されたのは──
「決めた!」
彼女が叫んだ瞬間、見ていた映像は掻き消えて、再びペンギンが現れる。
「そういう世界なら、王道は決まってるじゃない!」
──と、仰られますと?
「学園の中のやさしいお姉さん! それっきゃないわ」
──家政婦属性やメイド属性を御希望でしょうか?
「は? 誰がそんな下働き」
──それではどの様な?
「だから、折角あんなステキな所に行けるんなら、みんなと平等に仲良くなりたいでしょ」
──……それは所謂、逆ハーレム属性ということでしょうか?
「そんな節操ないこと言わないわ。外に出る必要なんてないもの。学園の中──生徒と担任の先生方位までで良いわ」
──……生徒と、担任の先生方、ですか。
「あ、もちろん女の子は別よ。女の子達に囲まれたせいで仲良くなるチャンス持ってかれるなんてナンセンス」
──成る程。しかし、感情に作用する設定は、その他の特性よりも色々と制限事項がございます。
「例えば?」
──元々特定の相手と強い絆を持つ相手には殆ど効果がありません。
「……まあ、仕方ないわね」
──それから、特異な経験をしてきた者の中には、こちらの干渉に耐性をつけている場合があり、やはり効果は期待できなくなります。
「それってどのくらい? 流石に八割とか言われたら考えるわ」
──…………一割程度でしょうか。
「なら誤差と思って諦めるわ」
──そして、干渉を受けていない者との強い絆を想起させる出来事があると、効果が解けてしまう場合がございます。
「は? 何それどういうこと?」
──例えば、殴りあいで友情を確かめ合うケース等。相手が干渉の外にいる者であった場合、常日頃のコミュニケーションとして殴りあいを実行した後、干渉が解けてしまう事がございます。
「……両方が影響受けてたら関係無いわけよね?」
──……左様ですね。
「なら大丈夫でしょ。あ、影響解けたらどうなるの? いきなり嫌われとか両極端なのはやなんだけど」
──反動が起きるかどうかは夫々でございます。干渉エネルギーの総量は一定ですので、残りの対象への呪縛はより強まることもございます。
「ヘエええ。裏切り者が出た分!気持ちが高まるって感じ? そういうのも素敵かも!」
──そのほか、
「あ、もう良いわ、これ以上聞いても覚えてらんないし」
彼女はペンギンの台詞が出揃う前に手を払った。
「いっそ印刷して渡してくれない? あ、でも女の子とかに盗み読みとかされたくないからローマ字で」
──御希望でしたら、フランス語やドイツ語、アラビア語等にてお渡しすることも可能ですが……
「あんたね、私が読めないって解ってるでしょ!? いーのよ、ローマ字で!」
──これは失礼いたしました。では、此方に対象範囲だけご確認お願い致します。
慇懃に頭を下げたペンギンに代わって、対象範囲がカテゴリー表示で表された。彼女は満足そうに頷いて、承諾のボタンをタップする。
一気に排出された設定資料を手に、彼女の姿は消えてなくなった。
モニターの前で、彼女は期待を込めた声を発した。
──態々こんなところに引き込んで、冗談と言うのは大掛かりすぎだと思いますが。
やれやれ、と言いたげなペンギンのイラストから、皮肉げな文字が吐き出される。
──鈴木菊様。確かに当機関のvariabletravelに当籤されておいでです。
モニターとそれを乗せる台しかない、奇妙な空間だった。
椅子もなく、モニターは彼女の顔の高さなので仕方なく、立ったままペンギンの説明を眺めていた。
曰く、幸せ探しの異世界旅行権に当籤したのだと。
「異世界トリップってことは、向こうと釣り合う年齢に若返ったり、トクベツな力がもらえたりする感じ?」
──若返り……と気にされるほどのお歳ではないのでは?
「十三、四の子達から見たら二十歳過ぎてる時点でおばさんなの!!」
──つまり、そのような年齢層のお相手を希望されるということですね。理解しました。
「何かムカつくわね。例えばよ、例えば!」
──訪れていただく世界の状況に応じて、旅立たれた先の開始年齢は変更されます。少なくとも、現在の年齢より歳上からのスタートはございません。
「んー……場合によっては若返るってことね、ならいいわ」
──特殊能力についてですが、魔術師特性や剣士特性等を選んでいただけます。
「魔術師……? 何か打たれ弱そうでやだな。剣士とかって、脳筋職って感じだし」
──この二つは人気の定番特性なのですが……
「折角釣り合う年齢になるんなら、それを堪能できる設定が良いわね。どんな世界に行けるの?」
──……左様ですね、世界の片鱗を御覧頂く方が、特性付加の必要性をご理解頂けるやもしれません。
ペンギンは頭を押さえ、画面からフェードアウトした。
代わってモニタに映し出されたのは──
「決めた!」
彼女が叫んだ瞬間、見ていた映像は掻き消えて、再びペンギンが現れる。
「そういう世界なら、王道は決まってるじゃない!」
──と、仰られますと?
「学園の中のやさしいお姉さん! それっきゃないわ」
──家政婦属性やメイド属性を御希望でしょうか?
「は? 誰がそんな下働き」
──それではどの様な?
「だから、折角あんなステキな所に行けるんなら、みんなと平等に仲良くなりたいでしょ」
──……それは所謂、逆ハーレム属性ということでしょうか?
「そんな節操ないこと言わないわ。外に出る必要なんてないもの。学園の中──生徒と担任の先生方位までで良いわ」
──……生徒と、担任の先生方、ですか。
「あ、もちろん女の子は別よ。女の子達に囲まれたせいで仲良くなるチャンス持ってかれるなんてナンセンス」
──成る程。しかし、感情に作用する設定は、その他の特性よりも色々と制限事項がございます。
「例えば?」
──元々特定の相手と強い絆を持つ相手には殆ど効果がありません。
「……まあ、仕方ないわね」
──それから、特異な経験をしてきた者の中には、こちらの干渉に耐性をつけている場合があり、やはり効果は期待できなくなります。
「それってどのくらい? 流石に八割とか言われたら考えるわ」
──…………一割程度でしょうか。
「なら誤差と思って諦めるわ」
──そして、干渉を受けていない者との強い絆を想起させる出来事があると、効果が解けてしまう場合がございます。
「は? 何それどういうこと?」
──例えば、殴りあいで友情を確かめ合うケース等。相手が干渉の外にいる者であった場合、常日頃のコミュニケーションとして殴りあいを実行した後、干渉が解けてしまう事がございます。
「……両方が影響受けてたら関係無いわけよね?」
──……左様ですね。
「なら大丈夫でしょ。あ、影響解けたらどうなるの? いきなり嫌われとか両極端なのはやなんだけど」
──反動が起きるかどうかは夫々でございます。干渉エネルギーの総量は一定ですので、残りの対象への呪縛はより強まることもございます。
「ヘエええ。裏切り者が出た分!気持ちが高まるって感じ? そういうのも素敵かも!」
──そのほか、
「あ、もう良いわ、これ以上聞いても覚えてらんないし」
彼女はペンギンの台詞が出揃う前に手を払った。
「いっそ印刷して渡してくれない? あ、でも女の子とかに盗み読みとかされたくないからローマ字で」
──御希望でしたら、フランス語やドイツ語、アラビア語等にてお渡しすることも可能ですが……
「あんたね、私が読めないって解ってるでしょ!? いーのよ、ローマ字で!」
──これは失礼いたしました。では、此方に対象範囲だけご確認お願い致します。
慇懃に頭を下げたペンギンに代わって、対象範囲がカテゴリー表示で表された。彼女は満足そうに頷いて、承諾のボタンをタップする。
一気に排出された設定資料を手に、彼女の姿は消えてなくなった。
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